握る殺意
意識が朦朧とするなかクレメッティは聞いていた。
言い争う声がする。
「なにをする気だっ」
「離しなさい」
アンティア様の声だ。
「このままじゃクレメッティはずっとわたくしに付き纏うのでしょう!?」
付き纏う?
何をおっしゃっているのだ。
「屋敷中の人間が魔物に襲われている。その魔物を召喚したのがクレメッティよ。カーパ家はクレメッティに脅されて、彼に従っていただけ。クレメッティは野心家で、わたくしをシモン様の后にして、陰から王宮を支配する気でいたの。そんなクレメッティを諭したお父様に逆上し、彼は屋敷に魔物を放った。わたくしはそう王宮に証言するわ」
そんな……アンティア様はわたしをずっと励ましてくださった。
アンティア様だけがわたしの味方であるはずだ。
「あんたがどういう女だろうが、過去のこいつに生きる希望を与えたことに変わりない。あんたのために生きてきたこいつを殺そうとするなんて、そんな残酷なことをしないでやってくれ」
この声には覚えがある。
王宮で捕まりかけたところに乱入してきた男のものだ。
アンティア様を「あんた」呼ばわりするとはなんと不敬な。
そもそもなぜこいつがアンティア様の部屋にいたのだ。
「淑やかなカーパ家ご令嬢。慎ましくたおやかなレディ。それは誰のこと!?」
ああ、アンティア様がお怒りになっている。
このように感情を露わにした声は初めてだ。
「カーパ侯爵の娘はこうあるべきと、虚像の淑女をわたくしに押しつけてきたわ。わたくしはそれを演じされられたのよ」
だが、なぜそこまでお怒りに?
声が遠く途切れがちでよく聞こえない。
「皆がわたくしにだけ望むのはおかしいわ。わたくしだって望んでいいはずでしょう?……決めたのよ。淑女を演じる代わりに好きに生きようと……――人心を操るなんてコツをつかめば簡単なことだった」
いけない。
気をしっかり持たねば。
このまま意識を失ってしまうわけにはいかない。
おそらくこれは夢ではない。
「……そのうちに気がついたの。王国の母になれば国をも操れる。それはなんて魅力的な遊びかしらって」
遊び?
おかしい。
アンティア様は先ほどから何をおっしゃっているのか。
傲慢で棘すら感じる声音は、わたしに語り掛けてくださるときと全く違う。
これがあのアンティア様なのか?
いま話していることが本音であるならば、アンティア様はわたしを疎んじていたと?
「俺は自尊心を満たしてもらった記憶はないがな」
「おまえはわたくし自身で愉しませたはずよ」
そしてこの男には自ら身を預けたというのか!?
「俺は情夫ってところか。その役はクレメッティにさせてやりゃよかったんだ」
いいや違う、アンティア様は天の使者だ。
こいつが清らかなアンティア様を辱めていたのだ。
たったいま、わたしを侮辱する発言をしたことからもわかる。
死んだパウリの名を語るような、嘘をつき慣れた下劣な輩なのだ。
ならば育ちのいいアンティア様を、甘言で唆すことなど容易くできよう。
(こんな男が、パウリを名乗るなど……)
クレメッティは無理やり瞼を開けた。
今日までの無理が祟って弱っていたところに、また魔力を消費したため体は鉛のように重い。
なんとか動こうとする彼の指先に固いものが触れた。
手にヒヤリと冷たい金属の感触を確かめ、形を探り握りしめた。
男の背中は無防備にこちらに向けられていた。
クレメッティは獲物を握る手に力を込めた。
* * *
「探していた者たちすべてがここに揃っているようだ」
室内に入ったシモンはその場にいた三人を素早く観察した。
ここはアンティアの私室だろう。
部屋の主たるアンティアは無事だ。
床にへたり込んでいるが怪我はしていない。
彼女から少し離れてパウリとクレメティがいた。
二人も床に膝をついている。
パウリの手には血に濡れた、小さなナイフのようなものが握られていた。
ということは、クレメッティがどこか刺されたのだろう。
先ほどの争ったような音はそのためか。
見ればクレメッティの顔色はひどく、病的に青白い。
それにどこか苦しげだった。
「シモン様!お助けくださいませっ」
アンティアが甲高い声で訴え、駆け寄ってくる。
テディが素早く動いて、シモンに飛びつくのを阻止した。
「離しなさい。わたくしはシモン様に助けを求めているのですわ。おまえごときがわたくしに触れるなど、許されることではないのよ」
「ご無礼を。ですがわたしはアンティア様をお守りしたのです。いまはシモン様の邪魔をなさらないことです」
テディの言葉にアンティアがシモンを見た。
目が合った瞬間、彼女は表情を強張らせ、慌てて顔を伏せる。
どうやらいま、自分は視線を合わせることもできぬほど恐ろしい顔をしているらしい。
頭の片隅でそんなことを思いながら、シモンはクレメッティへ視線をかえした。
胸に渦巻くのは激しい怒りだ。
コマリの体だけでなく、心にまで深い傷を残したこの男を許せる気がしない。
状況を把握するため冷静に努めているつもりで、シモンはクレメッティに飛びかかりたい衝動を必死にこらえていた。
報復を望むのは違うと言ったコマリは正しい。
頭では分かっていても、今のシモンには感情をコントロールするのは難しいことだった。
ぐ、と拳を握りしめたところで、立ち上がったクレメッティが興奮ぎみにシモンへ言った。
「シモン様、やっと悪魔の幻惑から覚めたのですね」
「なに?」
「アンティア様が本当の魂の対となるお方だと気づかれて、お迎えにいらっしゃったのでしょう?このときをどれほど心待ちにしていたか。アンティア様、邪魔な悪魔は消え去ったのです。さあこれでもう、アンティア様の光り輝く道を遮るものはございません。太陽王の伴侶となってわたしたちをお導きください」
クレメッティの言葉は、シモンの怒りの炎に油を注いだようなものだった。
「ク、クレメッティ、おまえはなにを言ってるの……ひっ」
シモンの様子を窺い見たアンティアが、恐れをなしたように口を噤む。
「悪魔とはもしや、コマリのことを申しているのではあるまいな」
自分でもこれほど低い声が出るのかと思うほどの声が出た。
ギロリとクレメッティを睨めつけると、彼は恐れるよりも戸惑った様子を見せた。
「まだ悪魔に惑わされておいでなのですか?ではあれは生きている?いや、ならばアンティア様をお迎えにいらっしゃるはずが……そうか、長く幻術をかけられていたせいで混乱なさっているのか。シモン様、あれは異界の悪魔でございます。シモン様の愛魂の示す先を歪め、本来の魂の対となるアンティア様に成り代わり、カッレラ王国を乗っ取るつもりだったのです。シモン様の本当のお相手は、天より祝福をうけた聖なる使者、アンティア様です。アンティア様こそがカッレラに住まう人々を幸福に導く、慈悲深き国母となられるお方なのです」
滔々と話すクレメッティはまるで芝居役者のように、大仰な仕草でアンティアを指し示した。
その顔には一片の疑いもない。
本気で信じているのだ。
それがわかってシモンは驚く。
この思い込みを妄執と片付けてしまっていいのだろうか。
(だがクレメッティにとっては、それこそが唯一の道理……なのか?)
ここまで彼を歪めたものとはいったいなんだ。
「おまえの一存で動いていたのか?それとも侯爵の命令か?」
「天の意思です。天は悪魔により歪められた道を正しき道に戻すため、わたしに使命を与えたのです。あの日、天はアンティア様を通じて、悪魔を滅ぼす絶好の機会が訪れると、わたしに告げられました。そしてその通り、悪魔の守りは手薄になり滅びたのです」
話から察するに「あの日」とは、コマリを拉致した一昨日の夜のことを言っているのだろう。
「ほう。アンティアを通じて、な」
シモンが呟くと、アンティアが蒼白になった。
「で、でたらめです。この者はすべてをわたくしのせいにして罪を逃れようと――わたくしをシモン様の元に嫁がせて、陰から王国を操ろうと画策していたのですわ。ですからコマリ様のことが邪魔で、ずっと付け狙っていました。父はそんなクレメッティを止めようとしておりましたが、とうとう今日、逆上したクレメッティは屋敷に魔物を放ったのです。カーパ家はずっとクレメッティに支配されていました。魔法の腕はうちの魔法使いの誰よりも確かですから、わたくしたちは恐ろしくて逆らえず……本当です、シモン様。信じてください」
「アンティア様?なにをおっしゃっているのですか?わたしに野心などございません。魔物のことは、今日まで彼らに苦しめられてきたアンティア様をお救いするためです。あれらは消えて当然なのです」
「わけのわからないことを言わないでちょうだい。わたくしも魔物の餌にするつもりだったのでしょう!?わたくしのためと言って罪を逃れようとしているのね。なんて卑劣なこと。シモン様、早くこの者を捕えてくださいませ。そして逃げましょう。魔物が屋敷にいるのです。ここは危険ですわ」
アンティアの放つ言葉にクレメッティの顔が、みるみる強張っていくのをシモンは見ていた。
「アンティア様は自ら進んで……望んでいたのですか?ではやはり、望んで奴らと……この男と」
迷うよう忙しく動いていたクレメッティの眼差しが、未だ床に座るパウリに向けられた。
(なんの話だ?)
シモンには見えない話もパウリには通じているようだった。
顔を歪める様子からそう気づいた。
「嘘だ、あれは侯爵の作り話で……ああいや、こいつが……そう、そうだ、こいつがアンティア様を騙していたんだ。アンティア様は聖なるお方。ああ、嘘だ、嘘だ……人を操るなど……周りを欺くような方では――」
「クレメッティ、おまえ、さっきの俺とアンティアの話を聞いていたんだな」
独り言を呟いていたクレメッティが、ハッとパウリを凝視した。
落ちくぼんだ目が血走っている。
「だったらわかったろ。アンティアは天の使者なんかじゃない。シモン王子の后の座を欲したのは、人や国を操って遊ぶつもりだったからだ。そのために父親である侯爵の野心や、お前の忠誠心を利用した。侯爵の動向を知るために、俺には体を差し出していたんだ」
「お黙りなさい、パウリっ」
アンティアが声を荒らげた。
そんなアンティアを見て、パウリは薄く笑いながら立ち上がった。
「よかったじゃないか、アンティア。あんたの相手をしてたやつらは俺以外、すべてクレメッティが始末してくれたようだ。淑女でいなきゃいけないあんたを、将来脅かす者はいなくなったぞ」
「黙りなさいっ!シモン様、この者たちはわたくしを陥れるために、妄言を吐いているのですわ。お耳を貸さないでください」
「妄言だとは言い切れまい。侯爵がクレメッティと密かに連絡を取り合っていたことは、すでに調べがついている」
シモンの台詞にアンティアは、ああと怯えたように声を漏らし、震える手で唇を覆った。
見る間に瞳いっぱいに涙が溜まった。
「まさか、お父様……いいえ……いいえ、シモン様。お父様が――父が悪事を働くはずがありません。先ほども申しました通り、野心に満ちたクレメッティを止めようとしていただけです。父は身寄りのない彼ら兄弟を引き取りました。主人と使用人という立場上、二人が父の手の者と見えてしまうのは仕方がないことでしょう。でも違います。絶対に違います」
ここにきてカーパ家は潔白だと言うつもりか。
屋敷に魔物がいることを知るアンティアは、両親が既に亡いとわかっているのだろう。
ならば侯爵たちの自白を懸念する必要はない。
白を切りとおして己だけでも罪を免れようというわけか。
必死に涙をこらえ耐えるように俯く姿は、嘘だとわかっていても父親を信じて疑わない健気な娘に見える。
なるほどとシモンは合点がいった。
これは確かに騙される者は多いだろう。
シモン自身、長い間アンティアのことは噂通りの、貴婦人の見本のような女性だと思っていた。
「ではアンティアは侯爵の謀を知らぬと申すのか?」
「父に企みなどありはしませんのに、なにを知るというのですか?父に話を聞けば――ああ、そうだったわ……魔物が屋敷にいるのだわ。シモン様、父や母は無事でしょうか?ここへ来るまでにお会いになりませんでしたか」
そこへ、ハ、とパウリの乾いた笑いが響いた。
「たいした役者だな、アンティア。泣き落としとは」
アンティアが瞳いっぱいに涙を浮かべ、パウリをきつく見据えた。
「パウリ、お父様の世話になって生きながらえたくせに、恩を仇で返すとはこのことだわ。何の恨みがあって先ほどからお父様やカーパ家を貶めようとするの?」
「俺はさっきから、あんたがどれだけ性悪かって話しかしていない。話をすり替えて、お家の擁護に走ってるのはあんただ。――おい、クレメッティ。いいかげん目ぇ覚ませ。この女はすべての罪をおまえになすりつける気だぞ」
パウリの目線を追って、シモンもクレメッティをみれば、彼はまだ混乱した様子だった。
「本当に、おまえはパウリなのか?」
「だからずっとそう言ってるだろうが」
「だが誰もおまえが生きてるとは……――アンティア様!アンティア様はパウリがいなくなって、落ち込むわたしを励ましてくださいました。天に選ばれ生かされたのがわたしだと、そうおっしゃいましたよね?」
「は?なにを突然……」
「言ったはずだ!」
「だ、だからなんだというの?」
「しかしあなたは先ほど、侯爵様は身寄りのない兄弟を引き取ったと……わたしと彼を兄弟と言ったのです」
クレメッティのただならぬ雰囲気に圧倒されたらしいアンティアが頷く。
「だからそれがいったい何なの?」
その瞬間、ゴオッと風が鳴ってアンティアが吹き飛んだ。
壁に打ちつけられた彼女は、空気の圧力に抑えつけられているのか、もがきながら苦しげに呻く。
「う……っぅう」
口から血が流れた。
「すべて嘘だったということか……微笑みも優しさもすべて計算されていた……わたしは利用されていただけ。そう……そうかわたしを……――俺を、切り捨てるのかアンティアぁ!」
シモンが動いたのは反射だったかもしれない。
風の刃がアンティアを襲う寸前、彼女の前に立ちはだかっていた。
首にある魔法石の防御魔法が発動する。
風の刃はシモンを傷つけることなく霧散した。
目を剥いたクレメッティが怒りに任せて叫ぶ。
「どけぇっ!」
「どかぬっ!!」
負けぬ大声で怒鳴り返したシモンはクレメッティを睨みつけた。
シモンの防御魔法の影響か、アンティアを押さえつけていた空気の圧力が消え、彼女は床に倒れた。
テディがアンティアの元へ走る。
「これ以上人が殺められるのを見過ごすわけにはゆかぬ。まだやるというならわたしが相手だ」
苛立つクレメッティから、ちっ、と舌打ちが聞こえた。
「正義感の強いこった。さすが民に大人気の王子は違うねぇ。でもいいのか?あんたの大事な未来の王妃を俺に狙わせ、殺すよう命じたのがアンティアだ。憎いだろう?切り刻んでやりたくはないか?だから俺がかわりに殺ってやろうってんだ」
王宮魔法使いとしてのクレメッティは、王子であるシモンに対しては礼儀正しく、目立つことのない地味な男だった。
けれど今は口調が変わり、血走った眼をギラつかせて、手を出せば噛みつく野獣のごとく豹変していた。
信じていたアンティアに裏切られ、怒りに暴走しているのだろう。
だとしても、有無を言わせず相手を殺そうとするクレメッティは、人として持つべき倫理が欠落している。
同じようにカーパ侯爵に拾われたパウリは、まっとうな生き方をしていなかったのだとしても、おそらく善悪の区別はついていた。
(この違いはどうして生まれた?)
シモンは、ちら、と気を失っているアンティアを見た。
「アンティアは?」
「無事です」
容体を見ていたテディの返事に黙したまま、シモンは再びクレメッティに向き直る。
アンティアが人を操って遊ぶというのが本当なら、おそらくクレメッティは犠牲者なのだろう。
兄をなくした喪失感につけこまれ、心を捻じ曲げられていったのだとしたら……。
それはなんと残酷で人でなしな所業だろうか。
(だが……だとしてもクレメッティはやりすぎた)
コマリをしつこく付け狙い、拉致した挙句に殺そうとした。
そしてこの屋敷の惨状もまた、彼が引き起こしたのだ。
同情すべき点はあっても、罪は罪として償わねばいけない。
「おまえの恨みを晴らすために、わたしを利用しないでもらおう。アンティアの罪は法の下で裁く。そのためにはおまえの証言が必要だ。そしておまえ自身も裁かれなければならぬ」
「そりゃつまり、処刑されるってことだろ。なら、はいそうですかって捕まる馬鹿はいねぇよなぁっ」
唾を飛ばしながら言ったクレメッティの顔色が変わった。
足元に魔法陣が浮かんだからだ。
「っ……動けない!?――リクハルド、てめぇの仕業か!」
赤毛の魔法使いが不敵に笑う。
「敬う気持ちもなく礼を尽くされるより、今のほうがいっそ清々しい。が、シモン様への暴言は許さん。魔法の腕に覚えがあるのなら、わたしと魔法比べでもしてみるか?そら、わたしの魔法を破ってみろ」
「隙をついて仕掛けるなんて汚い真似しやがって」
「陰からコマリ様を狙っていた姑息なおまえが言えるのか?――シモン様、クレメッティはこのまま拘束いたします」
「ああ」
リクハルドに頷いたシモンは、クレメッティが向ってくるかと、とっさに剣に添えていた手を離した。
こちらはもう問題ない。
緊張を緩める。
あとは魔物か。
そう思ってシモンが部屋の入口を見ると、ちょうどひょことコマリが顔を出したところだった。
離れたところで待つように言ったはずが、扉近くまで来て中の会話を聞いていたらしい。
騒ぎが収まったため、様子を見ようと顔を覗かせたといったところか。
そういえば屋敷の前で別れた時は、体調が優れぬため歩くこともままならなかったはずだ。
なのに今はずいぶんと顔色がよくなっている。
これはいったいどういうことなのか。
(まったく。元気になると少しもおとなしくしていない)
だが自分を見て安堵の様子を見せられては怒ることもできない。
オロフがとめるのも聞かず部屋に入ってくるコマリを、シモンは苦笑でもって迎えるしかなかった。
「出る幕じゃないって言われるかもだけど、どうしてもクレメッティに伝えなきゃいけないことがあって。いい?」
「いいも何も、もう部屋に入ってきているではないか」
少し身を引いて促すと、コマリは「ありがとう」と言ってから、クレメッティの前に立った。
表情が硬いのは、自分を殺そうとした男に恐怖心があるからだろう。
シモンは何かあればすぐにコマリを守れるよう彼女の隣につき、傍らではオロフが油断なく腰の剣に手を伸ばす。
クレメッティはリクハルドの魔法で動けないまま、驚愕した様子でコマリを凝視していた。
「なんで生きてるんだ」
コマリからすぐに返事はない。
やはり怯えがあるのだ。
シモンは彼女がこくんと唾を飲み込むのを見た。
意を決したように口を開く。
「強運なの、わたし。それはクレメッティもわかってるでしょ?わたしが日本――異世界にいた時から狙ってたんだし。で、そのどれも失敗したでしょ?」
「ふん、じゃあ捕えられた俺を見て笑いにきたか。それとも恨み事をぶつけんのか?」
「どうしてそう尖ったことばかり言うの?そんなだから誤解されちゃうのよ。友達思いな優しい面もあるでしょう」
「はぁ?俺に友達なんていねぇよ」
「ヴィゴのことで落ち込んだくせに」
ヴィゴの名を聞いたクレメッティが言葉を詰まらせた。
それを動揺と見たらしいコマリは、逆に強気の態度を見せる。
「ヴィゴは生きてるからね。大怪我だったけど生きてるの」
「――それを俺に言ってなんだってんだ」
「え?だってクレメッティ、すっごく後悔してたみたいだから。なのにわたし、ひどいことを言って追い打ちをかけたでしょ」
「は、そういうことか。結局あんたが楽になりたいだけだろ、それ」
クレメッティの口元が意地悪く歪む。
「俺を責めたことをなかったことにしたいんだ。おきれいなお姫様でいるために。この偽善者が――」
ガッと鈍い音がして、クレメッティが床に倒れた。
シモンが力任せに殴ったことで、クレメッティを縛するリクハルドの魔法が解けてしまったようだ。
「これ以上コマリを侮辱するならその首、即刻刎ねてやろう」
腰から抜き放った剣の切っ先をクレメッティの首につきつけた。
こらえていたはずの怒りが、コマリへの暴言をきっかけに一気に噴出していた。
この男には罪の意識も後悔もない。
誰も信じていない。
だから向けられる優しさを、平気で踏みることができるのだ。
底光りする眼差しを向けて凄むシモンに、クレメッティは臆することなく「ハハ」と笑い出す。
その笑いに虫唾が走るほどの不快感を覚えた。
「太陽と称される王子もこういう顔すんのかよ。こっえぇーな。俺殺されんの?罪状は「コマリ様」への侮辱罪とか?」
「よほど死に急ぎたいとみえる」
柄を握るシモンの手に力がこもった。
剣を払えばたちまち絶命するだろう。