僭越ながら
「は?一ヶ月帰らない?」
王城の神祀殿に入り異世界と連絡を取った魔法使いリクハルドは、魔法陣の中に見えるテディの言葉に思わず声をあげた。
息子が后を連れ帰ったならさっさと王位を譲り、王妃と隠居生活と称して世界を旅しようと、ウキウキと旅行計画を練っている王になんと報告すればいいのか。
ついでに言えば王付きの魔法使いとして長年王に使える父も、そろそろ若い世代にとつい昨日、王子が王位を継承する時に、リクハルドへ家督を譲ろうと言ってくれたばかりだ。
(ああぁ、出鼻を挫かれると親父はすぐ臍を曲げるからなぁ……八つ当たりされる)
そして、おそらく王は不機嫌になるだろうし、王妃は夫との旅行が先送りにされて拗ねるだろう。
結婚して何十年と経つが仲の良いご夫婦だから。
そんな王と王妃を見て王夫妻命の父は、また機嫌が悪くなり嫌味の一つや二つや三つ、ちくちくと自分に言ってくる。
ああ、間違いなく。
王と王妃と父親の三人の顔を思い浮かべたリクハルドは、胃が痛みそうになって思わず腹を押さえた。
テディによるとシモン様は一ヶ月異世界に留まり、その間に愛魂の対となる女性を落とさなければいけないらしい。
どうしてそんなややこしい話になっているのだろう。
気に入ったのなら無理やりにでも連れ帰ればいいものを。
シモン様は誠実な人柄をした良い方だ。
王たる資質も申し分ない。
相手の女性も最初は嫌がったとしても、きっと将来的にはこちらにきてよかったと思うはずだ。
なにより后ともなれば苦労知らずではないか。
「コマリ様は堅実安定が何よりもお好きな方だ。贅沢は人を堕落させ、そして破滅させるとおっしゃる。そんなものでは釣られないだろう。だから金貨もほしがらないのだ」
そう言ってテディは笑う。
その様子から察するに、彼はシモン様の后となるはずのコマリ様という女性を快く思っているらしい。
シモン様に忠誠を誓い、王子に近づく者はまず疑えと言い切る。
そのテディが珍しいことだ。
それだけでリクハルドはコマリという女性に興味を持った。
今わかることは、魔法使いが充分揃うこちらから数人がかりで異世界へ金貨を送るより、異世界から金貨を戻す方が更に魔力が必要であるのに、金貨を送り返せと難儀なことをさらりとおっしゃる女性だということだ。
魔力を増幅させる魔法石を使ったとしても、今日もまた自分をはじめとする魔法使いたちは疲労困憊となるだろう。
「こちらの世界はわたしたちの世界とは違った魔法を使っている。魔法石もなく魔法使いもいないようだから、難しさがわからなくても仕方がないだろう」
リクハルドはまたも驚いた。
テディがシモン以外の人間の肩を持ったからだ。
シモン様は別として、自分にも他人にも厳しいテディにそこまで言わせる女性なのか、コマリ様というお人は。
それに異世界にはこちらと違う魔法があるらしい。
魔法使いたる自分からすれば、今後の魔法研究のためにもどのような魔法かぜひ知りたい。
「こちらの魔法の仕組みは魔力のないわたしにはわからないが、コマリ様はわたしたちの世界ではなかなかお目にかかれない女性だ。おそらくコマリ様の態度を見て不敬であると顔を顰める者もいるだろが、わたしにはいっそ清清しく思えるほど男前な方だぞ」
「男前?」
それは女性に使う形容ではない。
ただ目の前の魔法陣に映るテディは何かを思い出したのか楽しそうだ。
そんなテディを見つめながらリクハルドはコマリ様に早く会ってみたいものだと思った。
シモン様、一ヶ月の間に必ずやコマリ様を落としてください。
次にシモン様から連絡があったときは、僭越ながら応援していますと告げてみよう。
* * *
異世界との連絡を終えたリクハルドは大量の金貨を目の前に、はぁと疲れた溜め息を吐いた。
やはり異世界からこちらへ金貨を戻すのは随分と魔力を消費した。
周りを見れば他の魔法使いたちも青色吐息といった風情だ。
これはシモン様たちをこちらへ戻すのは容易ではないだろう。
(我々魔法使いの体力を万全にしておくことはもちろんだが――質のいい魔法石を補充せねば)
部下に今ある魔法石の数の確認と上質の魔法石の補充を命じた。
そしてリクハルドは部下からとんでもない報告を受ける。
大きさ、質ともに最高といえる魔法石が一つ消えていると。