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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
118/161

馬酔い

時間が惜しいこともありカーパ家までは馬車ではなく、また馬を飛ばすことになった。

王宮は広いので火急の折には馬を走らせることもある。

小鞠は知らなかったが、城下との出入用となる数カ所の門や、ほとんどの塔には伝令のための馬がいるのだそうだ。

特に囹圉塔はあってはならないことだが、「もしも」のとき用に駿馬が揃っていた。

王宮で働く者が馬に乗れる率が高い一番の理由は、緊急時に素早く対応できるようにするためだったようだ。


リクハルドとパウリが囹圉塔の馬を借りて、全員で出立する。

もちろん小鞠は囹圉塔へ来たときと同じく、シモンの背にへばりついてとなったが。

(まだ着かないの?……気持ち悪いよぅ)

城下を抜け郊外に出てからもう数十分は馬を飛ばしている。

貴族が住む地域なのか、広大な土地に豪華にたたずむ屋敷を幾つか過ぎ、それでもまだ目的地につかない。


太陽が沈んで、辺りの景色が見えにくくなっていた。

完全に日暮れてしまう前に、カーパ家へ辿り着きたいのだろう。

一行はかなり飛ばしている。

小鞠は乗り心地の悪いアトラクションに延々と乗らされている気分だった。

ガクガクと揺れる馬上、そして体調不良からくるひどい馬酔い。

シモンの腹に回した腕からともすれば力が抜けそうだった。

このままシモンの背中に嘔吐なんてことになったら大惨事になる。


魔法使いたちが灯した魔法の明かりを睨むように見つめ、小鞠は、ぐ、と口を真一文字に結んだ。

それからさらに数分経ち、やっと馬は速度を落とした。

敷地を囲う鉄柵の奥に屋敷が見え、開け放たれた門扉から少し離れた場所で完全に馬が止まった。

どうやらここがカーパ侯爵の屋敷らしい。


王宮の城壁は夜になると閉ざされるが、貴族宅は違うのだろうか。

それともまだ日暮れたばかりだし、完全な夜にならないと閉めないのかもしれない。

ここで馬を下りて屋敷まで歩くのだろう。

激しい胸のむかつきに悩むいまの小鞠には、屋敷までの数十メートルの距離がはるかかなたに見えた。

(もういっそ、我慢しないで吐けばすっきりするかなぁ)


馬上の小鞠が近くの草地に目を向けているそこへ、翼の音を響かせ梟が舞い降りてきた。

梟は人型に姿を変え宙に浮く。

式神、朧だ。

「オボロか。スミトとゲイリーはどうしたのだ?」

一瞬、身構えたシモンが剣から手を離した。

「ここにおるで。なんや朧、急にどないしてん」

茂みから澄人とゲイリーが姿を見せた。


そういえば昨日、目覚めたとき二人が見当たらなかったような気もする。

(そっか、カーパ侯爵のお屋敷を見張っていたんだ)

シモンの背中に凭れながら小鞠がぼんやりそんなことを思っていると、いきなり目の前に朧が顔を近づけてきた。

目が合った黄色の瞳の中で、瞳孔がキューと縦に細くなる。


【一昨日はきちんと確認する前に気を失われてしまったので、呪いの影響を色濃く受けていないかと案じておりました】

「あぁなんや、小鞠ちゃんのこと心配してたんか。熱出したって聞いたけど、たぶん鎧の中におったせいで、呪いにあてられたんやろ。昨日ゆっくり休んだんやな。元気になって良かったわ」

【修祓はされたようですね】

「しゅばつ?」

「お祓いのことや。穢れた体を清めたんやなって言うてんの。呪いの魔法て呪詛と似てるし、人体に悪い影響があるかもしれんて朧は思てたんやろ。で、小鞠ちゃん、誰にお祓いしてもうたん?カッレラの神官の人?」

「え?誰にも」


思い当たることがない小鞠が首を振ると、シモンが「ああ」と気づいて口を開いた。

「コマリ、あれではないか?夕方、王族塔で妖精に囲まれただろう。彼らは以前、魔物に毒された庭園を清めていたし、きっとコマリの体からも呪いの毒を浄化してくれたのだ。そうか、呪いとは魔物に毒された状態と同じであるのか。それは気がふれるほどの苦痛であると書物にあった。そのような辛い状態であったのに……やはり心配をかけまいと元気なふりをしていたのだな。気づかずすまなかった、コマリ」

心底申し訳なさそうな顔をシモンが向けてくる。

「熱が出ただけだってば」


昨日より、今の馬酔いの方が最悪だ。

まだ地面が揺れてる気がする。

何度も唾を飲み込んでいた小鞠は、もし乗馬を習うなら揺れない馬がいい、と視線の先にいる馬を見るともなく見つめた。

そして気づく。

少し皆から離れたところにいるその馬に、乗り手が見当たらない。


落馬した?

視線を巡らせ皆の顔を確認しながら、つまらないことを考える。

一人一人を順に見てやっと誰がいないのかわかった。

澄人とゲイリーに侯爵家の様子を聞いているシモンの服を、くい、と引っ張って注意をひく。

「ん?どうしたのだ」

「ねぇ――パウリがいない」

小鞠の視線の先を見たシモンが顔色を変えた。

皆の視線も一点に集まる。

ここまで共に来たパウリの姿は忽然と消え、彼の乗っていた馬だけが残されていた。

人間の視線に馬がブルルと鼻を鳴らし、首を振ると足で地面を蹴った。





* * *





外套のフードを深くかぶって部屋に入った瞬間、部屋の主はぎょっとした様子を見せた。

が、すぐに「ああ」と体から力を抜いて、テーブルにあるグラスに手を伸ばした。

「おまえか、パウリ。首尾よく事が運んだか王宮を探って来いと言っただけで、どうして二日も姿を消す必要があるのだ。おかげで代わりの者に探らせなくてはならなかったぞ、まったく」

琥珀色の液体を喉に流し込むと手酌でボトルから酒を注ぐ。

顔が赤いのはどうやら酔っぱらっているようだ。

「まぁ良い。今回限り許してやろう」

恩着せがましい言葉に僅かに顎を引いて見せた。

それはおそらく頷いたように見えたのだろう。


グラスを掲げて光彩を抑えた明かり玉に透かし、カーパ侯爵は上機嫌で言った。

「祝い酒を飲んでおったのだ。一昨日のことはまだ公にはされていないが、マチルダとオルガの両者が王宮に捕えられているようだ。舞踏会の件以降、シモン王子と異界の娘との仲を快く思わない者がいると噂されておったし、このことが広まれば噂が真実であったと公表することになる。そのせいか国王様でなく、シモン様が事件調査のすべてを取り仕切っておるそうだ。完全に異界の娘に骨抜きにされておるのだろうが……」


コマリの存在を苦く思うような表情を一瞬覗かせた侯爵は、すぐにそれを隠すと、一口酒を飲んでグラスの淵をなぞった。

「シモン様はどうやらマチルダとオルガを操っていた人物がいると――その人物がクレメッティであると思っているらしい。あやつを全ての黒幕として探している。クレメッティはわたしの命令も聞かず、好きに動いておったし尻尾をつかまれたのだろうよ。で、ありながらシモン様は王宮にいたはずのクレメッティを取り逃がしたのだから」

まだまだ詰めの甘いお方よ、と低く笑った。


「それともおまえのほうが王宮の兵たちより上手であるのか。クレメッティを助けた男がおるということだが、それはおまえであろう、パウリ?」

こちらに目を向けた侯爵に尋ねられたが返事はしなかった。

侯爵は豊かな髭を一撫でし、目を眇めた。

「おまえはわたしに忠実だ。クレメッティのことは何か考えがあってのことだな?」

眼光が鋭くなったのが分かった。

ここはうなずいておくのが得策だ。

コクリ、と先ほどとは違ってしっかりと首肯しておく。


「やはりそうか。まぁその話はあとで詳しく聞く。そんなことより、そろそろ一昨日の騒ぎについて王宮で評議するころであろう。いやもう終わったかもしれん。これでコントゥラ家、ミッコラ家の二家は完全に終わりだな。我がカーパ家と並び、三大貴族と称されておったのも過去のものとなる。これからはカーパ家が王国の貴族の中で、唯一最大の勢力となるのだ」

くつくつと愉しげに喉をならし、黒い笑みを浮かべるカーパ侯爵が再びグラスを傾けた。

酒が流れる喉が上下する。


「次期王妃の暗殺未遂計画が公表されたなら、側妃制度の復活を貴族会で提言するつもりだ。世継ぎを残さぬまま正妃がいなくなることも考えておかねばならぬとな。貴族会からの総意として王宮に具申すれば、国王様も無視はできまい。アンティアを側妃として王宮へやる日も近いか」

独り言にも似た様子で話しをしていた侯爵は、少しあって何かを思い出しように眉をあげた。

それはどこか芝居がかった様子だった。

「それまでにおまえは、アンティアと手を切っておけ」

「っ」

思いもよらなかった言葉に動揺したのが伝わってしまったようだ。


侯爵は鷹揚にグラスをテーブルに置いた。

口元に浮かんでいた笑みが消え、先ほど見せた狡猾さの滲む鋭い眼差しに変わる。

「気づかれていないとでも思ったか。我が娘ながらあの美貌と体だ。知れば溺れぬほうがおかしい。昼間から耽っておったこともあるだろう。若さよな。だがアンティアの相手はおまえだけではない。他にも手をつけておった男はおるぞ。そのすべてが遊びだ。紳士は淑女を妻とし、淑女は紳士を夫とするものと決まっている。あれの場合は王家へ嫁ぐのだ。そのように育てた。アンティアもシモン様の妻となるつもりでいるだろう。おまえごとき男が、叶わぬ夢は見ないほうがいい」


「……まさか」

信じられない話に眩暈がした。

「アンティア様がそのような女性であるはずが……」

声を発したせいで侯爵が眉を寄せた。

「なんだ?パウリではないのか?そういえば体も小さいような……――おまえは誰だ!?」

「父親のくせにあの方の尊さを何もわかっていない。男たちに無理やり汚されていたのを助けもしなかったのか。やはりおまえもアンティア様の輝ける未来に必要はない。嘘にまみれた業突く張りがっ!」

「その声、おまえまさか!?」


ソファを立った侯爵が外套のフードを乱暴にめくった。

驚愕に見開かれた目と視線が合う。

侯爵が握るフードを引き寄せた。

「やはりクレメッティ!どうしてここにおるのだっ。おまえがいることが王宮に知られれば、わたしとの繋がりが明らかになってしまう。おまえはわたしを……いや、カーパ家を破滅させるつもりか!?」

「うるさい」

クレメッティに触れる侯爵の手が見えない力に弾かれた瞬間、ゴキと鈍い音がした。

ぎゃあぁと悲鳴が上がる。

手首があり得ない方向に曲がっていた。


「わたしに触れるな」

「き、きさま……わたしにどれだけ世話になったか。その恩も忘れてこの仕打ちとは。おのれ」

しかし魔法を用心しているのか直に向かってくることはしない。

主の悲鳴を聞きつけた使用人が飛んできたらしく、扉が激しくノックされた。

「侯爵様、何事ですか!?侯爵様っ?」

「魔法使いを呼べっ!全員だ」

唾を飛ばして扉の向こうに叫んだ侯爵は、目を血走らせながらクレメッティを睨み付けた。

「このわたしに歯向かったのだ。生きて屋敷を出られると思うなよ」

「うるさいと言っている」


苛立つクレメッティが何事かを呟いた。

魔法陣が宙に現れ、直後に室内の空気が渦のように巻いて、侯爵に襲い掛かった。

風の唸りに掻き消え、侯爵の叫びは聞こえない。

天井まで吹き上がっていた侯爵が、魔法の霧散とともにドサリと床に落ちる。

着ていた服が襤褸布のように擦り切れ、口から血を流す侯爵の片足は捻じれていた。

小さくうめき声をもらしてはいるが、呼吸は頼りなく今にも事切れそうだ。


クレメッティは冷えた目で、虫の息の侯爵を一瞥して部屋を出ていく。

廊下ではちょうど魔法使いが駆けてくるところだった。

クレメッティの唇が動き、彼の前に魔法陣が現れた。

魔法使いたちの方でも魔法陣が浮かぶ。

互いの攻撃魔法がぶつかったとき、爆発のような音が響き渡った。





* * *





パウリが消えた。

シモンは理由を探すように考える。

隙をみて逃げたのか。

牢から出たくて、協力するふりをした?

けれどパウリがコマリの身を案じていたのは本心からのような気がする。

では単独でクレメッティを止めるつもりだろうか。


シモンは顔をあげた。

答えがわからないことを考えていても仕方がない。

こうなれば侯爵家の屋敷内をくまなく捜索するしかないだろう。

これでもし、クレメッティもパウリも屋敷にいなければ、後々厄介なことになるかもしれない。

一瞬そんなことがシモンの頭に浮かんだが、ここで二人を逃がすわけにはいかないと思い直した。

屋敷に踏み入った理由は後からどうとでも挙げればいい。


ただこれ以上コマリを伴うのはどうか。

乞われるままここまでつれてきてしまったが、場合によってはカーパ侯爵の抵抗に合い、剣を交えることになるかもしれない。

かといってこの場に残し、再びクレメッティに襲われることがないとも言えないのだ。

(護衛を充分に置いて、ここに残すのがやはり一番安全か……)

王宮魔法使いの三人と、もしパウリがクレメッティの味方をした時も考えて、騎士のオロフがいればなんとかなるだろう。


そう結論が出て、シモンは背中に凭れているコマリを振り返った。

同時にカーパ家の屋敷から、ドンと大きな音がした。

何頭かの馬たちが驚いて足を踏み鳴らす。

乗り手が「どうどう」と馬をなだめている中で、シモンの愛馬は警戒したように耳を動かしてはいたが、怯えた様子はなかった。

それを読み取った彼は、馬を操り屋敷に向かって走り出す。


「~~~っ!」

コマリが言葉になっていない声を発し、しがみついてきた。

彼女を驚かせてしまったとわかった。

すまぬと胸中で呟き屋敷を見上げた。

中で何か起こっている。

「シモン様!!」

テディの声が背後から聞こえた。

追ってきたようだ。

他の臣たちも続いているのか、シモンを止める幾人かの声があった。


また屋敷から音がした。

今度は立て続けに何度も。

シモンが屋敷の前で馬を急停止させると、腹に回っていたコマリの手がちょうど緩んだ。

鞍前に足を回してシモンは馬から飛び下りる。

「扉を破壊しろっ」

王宮魔法使いに命じ、馬上のコマリを降ろそうとしてぎょっとする。

彼女の体が傾いで落ちてきたからだ。

とっさに受け止めたシモンの耳にコマリの声が聞こえた。


「ごめ……ちょっと目が回って」

そう言って上げた彼女の顔から血の気が失せている。

「真っ青ではないか」

あかり玉のオレンジ色の光で照らされ、青白さが紛れていたらしい。

王族塔にいたときはこんなにひどい顔色をしていなかった。

やはりまだ体調が万全ではなかったのだと、シモンはコマリを連れてきたことを後悔する。

ここまでひた駆けた馬の背は激しく揺れ、乗り心地は最悪だったろう。


シモンは王宮魔法使いの三人とオロフを呼んだ。

「おまえたちはコマリを守れ」

「え?そんな、ここまで来たしわたしも行く。もう大丈夫だから」

「無理は禁物だ。それに中は危険かもしれないのだ。ここで待っていてくれ」

何か言いかけるコマリをグンネルに預ける。

口では大丈夫と言うコマリだが、やはりよろよろとしていて足がもつれたのか、オロフがグンネルの逆側からコマリの肩を支えた。


シモンが目で、コマリがついてくることを拒むと、彼女も自分の体調を隠しきれていないと分かったのか、開いた口からは結局、何の言葉も出てこなかった。

シモンがテディを呼んで屋敷に向かおうとしたところで、スミトにぐいと腕を引っ張られた。

「中のドンパチは大砲撃ってん違うなら魔法やろ。そんな屋敷に飛び込むのに魔法使いを連れて行かへんって、シモン君はアホの子かいな」

「阿呆……?」

いまだかつて言われたことのない言葉に呆然とする。

スミトはなぜか怒ったような顔をしていた。


「小鞠ちゃんが心配なんはわかるけどな、シモン君かて中で何が起こるかわからんやろが。きみを一人で護衛しなあかんテディ君の負担はどんなけのもんか考えてみぃ?それになぁ、ボクとゲイリーは完全に無視やん。そないに頼りにならんのか?」

「あ、すまん、忘れていた」

瞬間、「忘れてたんかい」と頭に平手が飛んできた。

周りの臣たちが仰天する中、シモンは打たれた頭をさする。

そうだった。

頼れる人間が二人も増えたのだった。


「ついツッコミ入れてもうたわ。シモン君、叩かれてなにニヤニヤ笑とんねん、気持ち悪いやっちゃなぁ」

「心強いと思ったのだ。わたしは良き友を得た」

友という言葉にスミトは機嫌を直してくれたようだ。

へら、といつもの気の抜けた笑顔に戻る。

「わかったらええわ。あ、偉そうなこと言うときながら、ボク、剣術は向いてないねん。やから小鞠ちゃんの護衛についとくわ。ゲイリーはフェンシングやっとったし、オロフ君から剣の指導も受けとるから大丈夫や。な、ゲイリー」

「さすがに騎士団員と同じとはいかない。あてにはするな」

ゲイリーが答えると、オロフが首を振った。


「下手な騎士気取りより腕が良いと思います。本格的に訓練すれば騎士団でもやっていけるかと。スミトの場合は人を傷つけるのを極端に嫌がるため防戦一方なのですが、一旦吹っ切ると今度は鬼気迫る勢いで攻撃をしかけ、相手を殺しかねません。ですからよほどのことがない限り、剣を握ることはやめておくよう申しました」

「鬼気迫る?軍神が如くか?それは逆に頼もしいが」

シモンの言葉に、スミトは「えーとぉ」と頬をかきつつ視線を泳がせる。


代わりにゲイリーが口を開いた。

「シモン、無駄に死人を増やしたくないならこいつは置いていけ。人を嬲って引き裂き、悲鳴を上げて許しを請うても、笑いながら切り刻む。そんな残虐非道極まりない闘い方をする。まぬけ面してボケているときはいいが、スイッチが入ると人が変わるんだ」

「人を悪魔みたいに言わんといてくれるぅ~?おまえかて敵には容赦も慈悲もあらへんやん」

スミトは口を尖らせてコマリの側に歩む。


どうやらスミトは内に残忍性を持っているらしい。

自覚があるなら制御する術もいつかは身につけられるだろう。

「ではコマリのことはオロフとグンネル、そしてスミトに任せる」

臣たちが二手に分かれたところで、コマリが「あの」と声をかけた。

「シモン、やっぱりわたしも――」

「小鞠ちゃん、そんなふらふらでついていけるわけあらへん。ここは辛抱するとこや」

スミトが厳しさを孕む声で言い切る。


シモンは屋敷に向けていた足を再びコマリに向けた。

「コマリは安全なところで待っておいで」

「……無茶しないでね」

スミトの言葉に俯いていたコマリが、顔を上げて微笑む。

笑っていても、心からではないのは明らかだ。

複雑な心情をそのまま映した表情に、この身を案じてくれていることを読み取ったシモンは、しっかりと頷いた。

「わかっている」

「皆も怪我しないで」

シモンは臣とともに、今度こそ屋敷へと歩き出した。




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