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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
116/161

タンデム

小鞠が呪いの鎧から助け出されて二日が経った。

王宮医師には休養をと言われたはずが、特に眠いこともなくてベッドの上でぼんやりとしていた小鞠は、レースのカーテンを半分ほど開けた窓の向こうで、淡い光が揺れていることに気がついた。

太陽の光が茜色に変わってきたとはいえ、外はまだまだ明るいため豆電球のような輝きは目立たなかったのだ。


庭に続く窓から見えるのは森の守護者たる小さな妖精たちだった。

一人寝室で休む小鞠に気づいてもらおうと、列を成して「の」の字にぐるぐると動くのは、まるで出来すぎたパフォーマンスのようだ。

気が塞いでいたはずの彼女は妖精の動きに、つい笑みを誘われて頬を緩めた。


そんな小鞠の体のあちこちには包帯が巻かれている。

体に合わない鎧のせいで擦りむいた肌には傷薬が、そして守護魔法の綻びで魔法が当たった肌には、腫れを治める薬が塗られているためだ。

妖精の側へ行こうと履物をつっかけた小鞠は、全身が痛んだため顔を顰める。

怪我のせいもあるが、呪いの鎧の動きを無理に止めようとしていたせいで、そこら中が筋肉痛だったのだ。


痛みにうーと唸り声をあげて、小鞠はゆっくりと窓まで歩く。

鍵を開けて一歩外へ出ると熱を感じさせる風が押し寄せてきた。

寝室は魔法で涼しいが、外はこんなに暑かったのか。

彼女は太陽を探すように思わず空を仰いだ。

すると上空に妖精たちが集まって小鞠の視界の前を飛び回る。


王族塔にかけられた魔法で、建物の近くには寄って来られないのか、一定の距離を保っているようだ。

気づいた小鞠が数歩ほど歩み、石床を過ぎて土を踏んだところでやっと、小さな光がふよふよと近づいた。

そして小鞠の体に巻かれた包帯のあたりを、行ったり来たりと飛び回る。

「もしかしてわたしの怪我を知って、心配してきてくれたの?」

小鞠が尋ねると、妖精たちは目の前に集まって一様に頷いた。

そして彼らの中から黒とオレンジの妖精が飛び出て、黒い方が棹立ちになり、その前でオレンジが弱々しく怯えるふりをした。

オレンジの妖精は鬣や背中の羽根の様子からして、以前小鞠の役をした妖精に思えた。


(んん?今日はなんのコントなの?)

小鞠が見守る中で、黒い妖精は居丈高な様子でオレンジの妖精を苛める。

オレンジの妖精はぶるぶると震えていたが、やがてばったりと倒れてしまった。

そこで妖精の寸劇は終わったのか、黒とオレンジの妖精は仲間の元に戻ると、全員が小鞠に擦り寄ってきた。

なんとなくわかった。

「わたしが苛められて怪我をしたって聞いたの?」

うんうん、と妖精たちが頷いている。


彼らは人と話をしないはずだし、誰に聞いたんだろう?

王宮で一昨日のことが噂になっていて、それを聞いたのだろうか?

それとも王宮には目に見えないだけで妖精や精霊がたくさんいて、仲間同士なんらかの伝達方法を持っているのかもしれない。

ともあれ怪我を知ってお見舞いに来てくれた優しい妖精たちに、小鞠は心が慰められる思いがした。


「ありがとう。昨日はちょっと熱を出したけど微熱程度だし、今日はもう平気。怪我もすぐに良くなるわ」

本当に?と言うように彼らはじーっと小鞠を見つめてくる。

邪気のない瞳に言葉が続けられなくて、小鞠は誤魔化すように庭の中央にある噴水まで歩いた。

後ろを妖精がついてくる。

小鞠は水溜の淵に腰掛けると、飛沫が落ちる水面を眺めた。

妖精たちも周りにちょこんと並んで、水面を覗き込んでいる。

澄んだ水は雫に波紋を描き、水鏡映る彼女の顔はゆらゆらと形を結ぶことはない。


昨日、目覚めたとき、たくさんの人が小鞠の身を案じて集まってくれていた。

臣たちや侍女たちだけでなく、国王や王妃、それにシモンの弟妹もいて、みんなをどれだけ心配させたのかわかった。

そのあとシモンと二人になったときに全部聞いた。

いや、クレメッティから聞いたことを、小鞠が問いただしたというべきか。


「誰かに殺したいほど疎まれるっていうのは、正直きついね」

ポツリと言った小鞠の言葉に、妖精たちは一斉に彼女を見上げた。

カッレラに来てからの窮屈さにやっと合点がいった。

自分はただ守られていただけなのだ。

クレメッティに指摘された通り何もわかっていなかった。

そう思うと情けなさと悲しさとそして憤りも感じた。


シモンはずっと犯人を捜していたらしい。

言えなかったのだと話す彼に、どうしてと言いかけた言葉を飲み込んだ。

それほどに自分は幼いからだろう。

シモンに甘えて、与えられる優しい世界しか見ていなかった。

怪我をしたペッテルやケビ、そして重傷に見えたルーヌも無事だったそうだ。

事故で死んだと思っていたヴィゴも生きていて、死んだことにしたのは彼を守るためだったらしい。

ヴィゴにはジゼルとサデが看病のため付き添っていた。

シモンが頼んだのだそうだ。


小鞠は何か事が起こるたび、落ち込んだりただ泣いていただけなのに、シモンはどうすればいいか考え動いていた。

「もっとしっかりしなきゃね」

揺れる水面に指先を伸ばすと、思いのほか水が冷たかった。

少し身を乗り出して噴水の水溜をのぞき込んでいた小鞠は、目頭が熱くなってきたため歯を食いしばる。

(なんで涙が出てくるの?これじゃわたし、ほんとに子どもだ)

ぐら、と小鞠の体が傾いだ。

水に頭から突っ込む寸前、腹に回った腕に後ろに引っ張られた。

ふわりと体が浮き上がる。


「何をしている」

届く声から相手がシモンだとわかった。

事件の指揮を執るため、寝る間も惜しんで執政塔へ詰めているが、時間を作ってはこうして様子を見に来てくれた。

今日も昼頃に一度顔を見せてくれた。

熱は下がったし、もう元気だと言ったのに、また来てくれたのだろう。

腹に回されたシモンの腕に力がこもる。


「何をしているのだ、コマリ」

「ちょ……足浮いてる。シモン放して」

「馬鹿な考えを改めるまで放さぬ」

「馬鹿な考え?」

「この世界に絶望したのならわたしに言えばいい。入水自殺など許さない」

自殺と聞いて小鞠は反射的に後頭部でシモンの顔を打っていた。

「あっ、つぅ」

シモンの手が緩んだことで地面に下りると、小鞠は振り返って彼の胸倉をつかみよせた。


「誰が入水自殺するって!?命を軽く扱うなって言ってるわたしが、自分の命を粗末にするような奴に見えんのっ?」

言い捨ててシモンを突き放すと、小鞠は噴水の水にばしゃんと頭を突っ込んだ。

水溜の淵に並んでいた妖精たちがびっくりして宙に飛びあがる。

冷えた水が頭に上った血を冷やしてくれるようだ。

小鞠は閉じていた目を開けた。

泣き言はやめる。

弱いなら強くなる。

めそめそ泣いてばかりいちゃ、余計にシモンが自分を守ろうとするだろう。


「だからどうか折れない心をください」

なにに祈るのかわからないまま口にした声は、水中では音にならなかった。

願いは泡となって水面に上る。

それを横目で追った小鞠は、顔をあげるとぶるんと頭を振った。

流れる雫を拭って、痛そうに鼻を押さえているシモンに向き直る。

「冷たい水で頭を冷やしたかっただけよ。いろいろ考えすぎて頭がぱんくしちゃいそうだったから、全部一度洗い流したかったのっ!今度わたしを見縊ったら頭突きじゃすまさないからね。わかったか、馬鹿シモン!!」


水を滴らせたまま睨み上げると、目を見張っていたシモンが、やがて可笑しそうに笑いだした。

「なんと勇ましく雄々しいのだ。男であれば世に名を馳せる名君たるや、と思わせる」

小鞠を抱き寄せ、両頬を挟むと顔を覗き込んでくる。

「ああコマリ、また惚れ直したぞ」

すりすりと頬ずりされて小鞠は逃げた。

「もう、まだ怒ってるんだから。っていうかシモンまで濡れちゃう」

「濡れるくらいどうということはない。そんなことよりコマリが元気になってくれて、わたしは嬉しい」 

全力で尻尾を振っているような、喜びを全身で表されて小鞠は怒っているのも馬鹿らしくなった。

久々にワンコシモンを見ている気がする。

赤くなっている鼻先を小鞠はそっと撫ぜた。


「ごめん、痛かったでしょ」

「鼻血が出るかと思った」

鼻血をたらすシモンを想像したらよけいに笑えた。

あははと声をあげる小鞠の周りに、妖精たちが集まってピョンピョンと飛び回った。

「彼らもコマリが元気になって喜んでいるようだな」

「いきなり大声を出してびっくりさせたね、ごめん」

妖精たちに譲るようにシモンが小鞠から離れると、彼らは小鞠を囲むようにして輪になった。

するとどこからともなく不思議な音が聞こえてきた。

柔らかで素朴な音色はどこかで聴いた懐かしさだった。

(リコーダー?に似てるような気がする)


よく見れば妖精たちが歌っているようだ。

高く低く温かなハーモニーは小鞠を包んで流れていく。

戸惑いながらふとシモンを見つめると、彼もまた驚いたように小さな妖精を見ていた。

(これがこの子たちの声?)

歌で会話するとボーが言っていたし、なにか話しかけてくれているのかな。

言葉ではなく音楽として聞こえてくる妖精たちの声に耳を傾けるうち、小鞠は笑顔になった。

胸の奥から元気が湧いてくる気がした。


歌い終わった妖精たちは小鞠の頭上でクルクルと旋回したあと、天高く舞い上がって王宮のどこかへ飛んで行ってしまった。

すぐにシモンが近づいてくる。

「なんだったのだ、いまのは。森喰――守護者はいったい何をしていたのだろうか」

「何か話しかけていいてくれたみたいだけど、妖精の言葉はわたしにはわからないから。でもなんだか胸が弾むし、落ち込んだわたしを励ましてくれたのかも。短かったけど、あの子たちの歌声って素朴で優しかったね」

「歌声?彼らは歌っていたのか?わたしにはなにも聴こえなかったが」

「え?リコーダーみたいな音色の音楽が聞こえてたでしょ」

「りこだあ?」

「あ、えっと縦笛ってわかる?」

ああ、と頷くシモンは首を傾げながら腕を組んだ。


「わたしには風の音しか聞こえなかったぞ?そのわりに周りに流れる風を感じないし、木々の梢が揺れるでもないからおかしいとは思ったが――もしかすると彼らに認められた人間しか、彼らの本来の声は聞こえないのじゃないか?他はわたしが聞いたような風の音を聞くだけなのだろう」

「それってわたしがあの子たちとちゃんと友達になれたってこと?だったら嬉しいなぁ」

今度ボーを訪ねて、彼らの言葉を教えてもらえるよう頼んでみようか。

言葉が音楽ならばメロディーを覚えれば挨拶くらいできるかもしれない。

(ボーに首飾りやイヤリングのお礼も直接言いたいし)

手紙は送ったがやはり直接礼を言うのが礼儀というものだろう。


そこへ、部屋の方からシモンを呼ぶ声がした。

見ればテディが急ぎ駆けてくる。

真剣な表情に何かあったと小鞠が思ったところで、テディは彼女の髪がびしょ濡れであることに気づいて顔色を変えた。

「コマリ様、何事かあったのですか?」

「え?あの、これは自分で噴水に頭を突っ込んでね。理由は~、えーと、暑かったから、かな?」

冷静になってみると、キレて怒鳴って噴水に頭を突っ込んだなんてイタイ人すぎる。


ニヤニヤ笑いが意地悪いぞっ、シモン。

赤鼻ワンコのくせに。

小鞠がしどろもどろに誤魔化すとテディはほっとした様子になった。

「クレメッティが現れたのではないのですね?」

クレメッティの名が出たことで、シモンがすぐさま反応した。

「なぜここでクレメッティの名が出てくるのだ。まさか王宮に現れたのか!?」

「いえ、クレメッティではなく奴の兄が、シモン様にお目通りを願って参りました」

「一昨日の夜の男――パウリか?」


「そのようです。わたしは一昨日、パウリを見ておりませんので、顔を知るリクハルドと確認しましたところ、間違いないそうです。今は囹圉塔に幽閉しリクハルドが監視しています」

「捕えられると知りながらわたしに会おうとしたのか?なにかよほどの話があるのだろうか?」

クレメッティが、兄を名乗るパウリという男に連れ去られたことは、小鞠も聞いている。

だからこそ彼女も、シモンと同じ疑問をもってテディを見つめる。

「それは……」

テディは言いづらそうな様子になり、けれど少しあって迷いを捨てると口を開いた。

「パウリが申すには、クレメッティが再びコマリ様を狙ってくるだろうと」


もう今までのように隠し事はしないでほしいと願ったのは小鞠だ。

そのためテディは正直に話したのだろう。

しかし自分を殺そうとした者に植えつけられた恐怖は、気の持ちようでどうにかなるものではない。

再び狙われると聞いて、小鞠は体温が一気に下がったような気がした。

思い出された恐ろしさに震えが走る。

小鞠が顔を強張らせたことに気付いたシモンは、視線を合わせるように屈んで彼女の掌をとると、頼もしく笑った。


「コマリには何人も近づけはしない。護衛も今より増やそう。今度こそわたしがコマリの憂いを晴らすから安心しておいで」

そして小鞠を抱き上げると部屋に向かって歩き出す。

「わっ、な、なに?」

「筋肉痛だと言っていたではないか。まだ体が痛むのだろう?部屋までわたしが運ぶ。湯に入って濡れた髪を洗うといい」

部屋に先回りしたテディが浴室への扉を開け放った。

脱衣所に降ろされた小鞠の頬をシモンが撫ぜてくる。

「わたしは囹圉塔へ行かねばならない。帰りは遅くなるかもしれないから先におやすみ」


軽く唇を触れさせるシモンが、扉の向こうで待つテディを振り返った。

このままシモンを行かせてしまっていいのだろうか。

(強くなるってさっき思ったばっかりでしょ)

今のままじゃ一昨日のことを思い出す度に、恐怖に怯えていかねばならない。

それは心が折れてしまうことと何が違うだろう。

小鞠はぎゅと拳を握った。

「待ってシモン。わたしも一緒に行く」

シモンは耳を疑うような顔をして、こちらに向き直った。


「ここで何も見ないままいたら、この先わたしはずっとシモンに守られてるだけになっちゃう。それじゃダメだから」

「だが共に行けば、これ以上傷つくことがあるやも……」

「かもしれない。でもわたしに向けられるものは、わたしが受けとめなきゃいけないと思う。だからシモンはわたしの隣にいてくれる?辛いことや悲しいことは半分……抱えてもらっていい?」

日本で風花を見た日、小鞠が菊雄と冠奈に言った台詞をシモンは覚えていたらしい。

小鞠の決意を感じ取り彼はしばらく葛藤していたようだ。

瞼を閉じて黙していたが、目を開けた時には、迷いを消し去っていた。

「テディ、しばし外で待て」

短い応えとともにテディがいなくなると、シモンは小鞠の手を引いて鏡の前に立たせた。


持ち手のついた筒を手にすると「温風」と声を発した。

すると筒から温かな風が出て、小鞠の髪をなびかせる。

これはシモンが、日本で見たドライヤーをヒントに作らせた魔法アイテムだった。

筒の中に木で作ったプロペラが入っていて、吹き出す風の温度も、冷風や微風と変えられる。

こちらに来た当初、髪を乾かすのも一苦労だったが、マジックドライヤーを使うようになってからは格段に楽になった。


「囹圉塔までは馬で行く。コマリはこれを」

シモンがクローゼットから出してきたのは小ざっぱりとしたシャツとズボンだった。

シモンのものなので大きく、腰を紐で縛り、袖や裾を何度も折り返す。

不思議なのは、最初ぶかぶかのシャツを羽織った小鞠を見て、シモンが「なんとも……」と言ったっきり黙ってしまったことだ。

サイズの合わない男物の服を着ているのが、あまりに不恰好に見えたのだろうか。

隣の部屋に控えていたエーヴァたち侍女が、寝室から現れた小鞠を見て目を白黒させていたから、やはり相当おかしいのかもしれない。


シモンと並んで廊下に出ると、テディとそしてグンネルがいた。

髪を束ねたグンネルはコマリ同様パンツ姿であったが、自分の体に合った物を着ているせいか小柄ながら勇ましく見えた。

腰に剣を佩いているのも凛々しさを増している。

テディから受け取った剣を腰に下げるシモンに、「わたしも」と小鞠は言ったがあっさり却下されてしまった。

なんでよう、と拗ねた素振りでグンネルへ視線を向けると、彼女は王宮に仕える身として多少剣の心得があると微笑んだ。


素人が箔を付けようと、剣士の真似事をするのは大怪我のもとということらしい。

女剣士にちょっと憧れたのに。

王宮で働く者は皆、剣術ができないとだめなのかと思ったがそうではなかった。

グンネルのように剣術をこなす女性は王宮でも一割にも満たないらしい。

王族塔の外にはオロフとトーケルによって馬が用意されていた。

シモンは黒い馬だ。

小鞠を待つ間に準備をしてくれたのか、馬の鞍は二人乗り用になっている。


「あれ?シモンの馬は青い毛なんじゃないの?」

本人からそんなことを聞いた気がする。

シモンの目の色にあわせたのかな、って思ったから間違っていないだろう。 

「青い毛?」

一瞬考える素振りを見せたシモンは、すぐにああと笑った。

「青毛と言ったから誤解したのか。青毛とは黒い馬を言うのだ。青みを帯びた毛をしているだろう?」

「えー?白い馬を白馬って言うんだから、黒い馬は黒馬って言ったりしないの?」


ん?そういえば青毛の馬の話をしたのって――。

シモンに青毛の馬のことを聞いたとき、何をしていたか思い出した小鞠は、慌てて「青っぽいね~」と彼の話に合わせて馬を見つめた。 

こちらの世界の馬は、小鞠がテレビでよく見たサラブレットのように細くなく、全体的に大きくて力強い。

狩りや長距離移動の手段に使われるため、持久力に優れているのが最大の特徴で、性格は温和だが勇敢でもあるのだそうだ。


おっかなびっくり近づくと、シモンに手を握られ鼻先に近づけられた。

こっちが緊張していると敏感に感じ取るらしい。

匂いを嗅がせて安心させるのだということだった。

「よろしくね」と声をかけてそのまま鼻に触れると、きれいな瞳が瞬いてわずかに鼻を押しつけてきた。

シモンによると、なつっこい性格で人が好きということだった。


いよいよ囹圉塔へ向かうため小鞠が馬に乗せてもらう側で、グンネルが軽やかに馬に乗る。

「馬にも乗れるんだ。格好いいなぁ、グンネル」

先に馬に跨ったシモンが足場に上った小鞠を、馬の尻側へ引っ張り上げた。

「職種にもよるが、王宮で働く者は馬に乗れる者が多いな。こんなふうに塔から塔へ移動したり、仕事で地方へ出向くこともあるから乗れたほうがいいのだ。剣術はともかく馬ならば習えばいい。コマリ、少し急ぐから今から喋ってはダメだ。舌を噛む。振り落とされないよう、わたしの腹に腕を回してしっかりしがみついているのだぞ」


小鞠はシモンの背中に張り付いて頷く。

お姫様が王子様の前に座り、ラブラブで乗馬を楽しむなんていうのは、映画やお伽噺に影響されすぎていたようだ。

考えてみれば騎手の前に人が乗れば視界が悪くなる。

馬をゆっくり歩かせるならともかく、走らせるとなれば良好に前が見えないといけないのだろう。

(なんだかバイクのタンデムみたい)

これはこれでアリかな。

なんて思っていた小鞠だが、馬が走り出したとたん、心の中で叫んでいた。


(ひぃーーーー!がっくんがっくんなるぅ~)

馬の乗り方を知らない小鞠は揺れを上手く逃すことができない。

また普段より体調が良くないのも災いしたようだ。

囹圉塔へ着いたときには、激しい縦揺れに目が回る寸前だった。

(お尻が痛いし、気持ち悪い……うぅ……酔ったかも)

馬酔いなんてあるのか。

揺れるたび馬の背にお尻をぶつけたし、鞍があったとしても馬だって痛かったのではないだろうか。


自分からついていきたいと言ったのに情けない。

それでなくとも筋肉痛で歩くのがゆっくりになる小鞠に、周りがずっと歩調を合わせて歩いてくれているのだ。

ああもう、ダメダメすぎる。

馬酔いは絶対黙っていよう。



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