食い違い
「クレメッティ」
「だから俺はパウリだって――」
「違う、おまえはクレメッティだ。兄の人格が存在しているようなふりをしているだけで、実際はおまえが二役を演じている。人格破綻者を装っているのは、万が一おまえが捕まったときも、カーパ家に害を及ぼさないようにするためだろう。そうまでしてアンティアを守りたいのか」
「はぁ!?人格破綻者?なんだそれ?俺はもう死んでんだ。憑依だかなんだか知らねぇけど、どういうわけかクレメッティの中にいるんだよ」
見下ろされるのが我慢ならなくて、負けじと立ち上がる。
が、男の方が頭一つ分近く背が高く、肉体もがっしりとして大きかった。
「違う」
「しつけぇなっ!そこまで言うなら俺がクレメッティだっつう根拠を挙げてみろ」
また黙ってしまう男に苛立ちが募る。
「俺は、俺だ。頼りねぇクレメッティを俺がフォローしてやってんだよ。ずっとな」
「頼りない?」
「そうだ。クレメッティはアンティアを正妃にするってんで、異世界の女を始末したがってた。けど弱っちい体のせいで異世界に向けて魔法もろくに使えねぇし、あげくにぶっ倒れる。舞踏会じゃ同僚に犯行現場を見られちまうし、そいつを殺るのに最後まで迷いを見せやがった。だから俺が同僚の腹をぶっ刺してやったんだ。第一王子の愛魂相手を捕まえたときだって、魔法の使いすぎでへろへろになりやがるしよ。だから結局、俺が仕上げをやる羽目に……」
それまで饒舌だったクレメッティの言葉が途切れる。
(待て――あの夜、俺が鎧騎士と部屋に魔法をかけたんだったか?)
俺は魔法なんて使えたか?
脳裏に庭師小屋でのことも浮かんできた。
ヴィゴへの魔法攻撃を放ったあれは。
(どっちが……?)
額に手をやり混乱する頭を支えた。
「魔力があるのはクレメッティだろ。俺じゃない。俺はいつもクレメッティの補佐にまわってたんだ。こいつは頼りないから、ガキの頃から俺に迷惑ばかりかけてきた。あのときだってクレメッティに熱さえなきゃ……足だって痛めてなけりゃ、もっと簡単に役人から逃げられたんだ。こいつのせいで俺は矢を――」
そうだ。
矢から守ってやった。
俺のおかげでクレメッティは生きているんだ。
(ああ……わたしを庇ってパウリは幾つも矢を受けてしまった)
矢を番える役人と、雨で増水した川から聞こえた激しい濁流の音。
血に濡れた両手の赤さ。
パウリともろともに川へ飛びこまみ、冷たい水にもみくちゃにされた。
そしてパウリは消えてしまった。
「……わたしは……人殺しだ」
「何?」
虚ろなクレメッティの瞳はなにも映していなかった。
「おい」と肩を強くつかまれ、顔を上げれば男と目が合った。
「ぼうっとしてどうした?」
男の問いかけに、クレメッティの瞳の焦点が合い眉を寄せる。
「は?呆けてなどいるものか」
「今度はクレメッティか?ややこしいな」
「パウリは気まぐれなんだ」
「それがおまえのもつパウリの印象か。えらく好戦的な奴に演じている」
「演じる?何を言っている」
吐息とともに男が諭すような口調で言った。
「クレメッティ、もうやめろ。おまえも本当はアンティアがどういう女かわかっているんだ。だから「パウリ」の口を借りたときはあの女を呼び捨てにしている」
「パウリはアンティア様を誤解しているのだ」
「アンティアはあの美貌を使って人を魅了する。見せかけの優しさで絡めとる。まるで蜘蛛のように。そして自分の手は汚さず、惑わせた人間を使って目的を達するんだ。あの女が今一番欲しがっているのは正妃の座だ。いつか利用するため、誑かしておいたおまえに罪を犯させ、父親の策略すら計算に入れて、次期王妃に納まろうと目論んでいる。アンティアは父親の侯爵以上に野心家で欲深いぞ。おまえも薄々気づいているはずだ」
「アンティア様はそのような女性ではない。侯爵様に拾われたとき、傷ついていたわたしにお優しい言葉をかけてくださった。励まして、慰めてくれたのだ。あれほどに慈愛に満ちた方をわたしは知らない。人は愚かで弱い。きっとわたしたちを導く光となるために天が遣わしたのだ。あの方が国の母となればカッレラ王国は更に栄える。アンティア様も使命を自覚しているからこそ、正妃の座を望むのだ」
滔々と語るクレメッティの表情が一変する。
「だがそれをあの異界の悪魔がおびやかした。始末して何が悪い」
悪魔には、アンティア様の心を乱した報いを受けさせるつもりだった。
だから簡単に始末せず、嬲り殺しにされる方法を考えた。
シモン王子が魔法使い塔に来ていたから、きっと共にいたリクハルドとトーケルが、悪魔の入った鎧と対峙しただろう。
彼らは攻撃してくる鎧から王子を守るため、鎧を破壊しようとしたはずだ。
実力者たる彼ら二人で攻撃すれば、どれほど強力な防御魔法が施されていても、いつかは綻びる。
その後、鎧ごと切り刻まれたか、焼かれたか、潰されたか。
いずれにせよ、無残な死に様であったろう。
クレメッティの口の端に酷薄な笑みが刻まれた。
そんな彼を男が無言で見つめていた。
クレメッティは男の静かな双眸に、ダークブルーの瞳が重なって見えた。
どうしていまヴィゴを思い出すのだ。
あいつは仲間だと思った相手には非情になれない、甘い男だった。
だから死んだのだ。
「カッレラを出ろ、クレメッティ。それしかおまえの助かる道はない」
「アンティア様の幸せのためなら、わたしはどうなろうとかまわない」
「アンティアに死ねと言われたら死ぬのか、おまえは」
「それがアンティア様の輝かしい未来に繋がるのなら」
そう答えた瞬間、男の手がクレメッティの喉を押さえた。
圧迫するように徐々に力をこめられる。
引き離そうとしたがビクともしなかった。
「苦しいか?さっきおまえも俺を窒息させたが」
「報復、か?」
自分の声とは思えないへしゃげた声が出た。
窒息死させる前に喉を潰すつもりか。
「おまえがカッレラに残るというのなら俺は任務を遂行するしかない」
「では、やはり侯爵様はわたしを…消すおつもりなのか」
男は口の端を歪め、冷たく言った。
「おまえの始末を命じたのはアンティアだ」
「嘘をつくな。アンティア様が、……そのようなことを言うわけが、ない」
「おまえはどこまで――」
ふいに喉を圧迫する手が離れた。
咳き込みながらクレメッティはその場にへたりこむ。
頭にバサリと大きな布がかかった。
手で掴ん引き剥がすと黒い外套だった。
男が纏っていたものだ。
「もう少しすれば日暮れてくるだろう。闇に紛れて王都をぬける。それを貸してやるから顔を隠していろ」
「待て。話は終わっていない」
口から発した声が掠れていたが、ちゃんと音になって男に届いたようだ。
見上げた先で男の双眸と目が合った。
岩の裂け目から指す、赤みを帯びた陽光が男を照らし、今まではっきりと見えなかった顔が見えた。
年上だろうが大きく年齢は離れていまい。
黒に見えていた髪は濃い茶色だったようだ。
瞳は髪より薄い茶色だった。
力のある目が今日までの男の生き様を表しているようだ。
「話を続けたところでどうせおまえは俺の話を信じない。俺はおまえを国外へ逃がすことができればそれでいい」
「逃がす?」
「次期王妃を狙っていたのはおまえだと、既に王宮は承知しているだろう。カッレラにいればどうなるかわかりきっているだろうが。リキタロに戻るなり他の国へ行くなりすればいい。魔法使いなら食うには困らないだろう」
どうしてリキタロ出身だと知っているのか。
いや、この男は侯爵様から自分のことを聞いているのだ。
死の滝を越えてカッレラ王国に流れ着いたと侯爵様が話したのだろう。
それよりクレメッティは気づいたことがあった。
「カッレラに残れば殺すと言いながら、おまえからは殺気を感じない。首を絞めたのも脅しだろう。言葉と行動に矛盾がある。わたしを殺すつもりはないのではないか?おまえがわたしに向ける目は、死んだヴィゴに似ている。あいつも最後までわたしに殺意のこもった目を向けては来なかった」
「ヴィゴ?ああ、あの眼鏡の男。「犯行現場を見られた同僚」ってのがそいつか。侯爵家を離れてやっとできた仲間を殺すなんて馬鹿なまねをしたな」
「仲間?違う。孤立していては目立つから利用していただけだ」
「ヴィゴだけじゃなく、ペッテルやマーヤと四人でいるときのおまえは、けっこう楽しそうだったけどな」
ヴィゴだけでなくペッテルとマーヤの名前を出されて気づいた。
「いったいいつわたしを見ていた」
以前からこの男に見張られていたのか。
「王宮にはそうそう忍び込めないが、城下にいるときなら見放題だろ」
「侯爵様は最初からわたしを信用していなかったのだな」
「頭はいいかもしれないが……馬鹿だなおまえは」
残念だとばかりに首を振る男は、クレメッティの前に屈みこんだ。
「信用していないからとおまえを見張るくらいなら、最初からもっと信用のおける人間を、王宮に送り込めばいい。侯爵はおまえのことを忠実な男だと思ってるよ。なあ、ちゃんと俺の言ったことを聞いていたか?おまえの始末をつけるよう俺に命じたのはアンティアだ。マチルダを誑かしたおまえの存在が王宮に知られ、カーパ家との繋がりを調べられてはと危惧してのことだ」
一旦言葉を切り、男がクレメッティの肩を掴んで真顔になった。
「もう一度言う。国外へ逃げろ、クレメッティ。そしてこれまでのことは忘れて静かに暮らすんだ。アンティアはおまえが命を投げ打ってまで尽くす相手じゃない。人を導く聖女なんてのとは間逆の女だ。邪魔な人間は虫けらのように排除し、必要な人間だけを選別し側におく。だがそれも自分にとって利用価値があるときだけだ。無用となれば枯れた花と同じに抜き取られ、捨てられる。あれが王妃たる器のわけがないだろう」
人を花に例えられたため、ふとクレメッティは思い出した。
花を愛でるのが好きなアンティアのために、侯爵家の屋敷中に花が飾られていた。
ある日、廊下にある花をアンティアが活け直していたが、側で若い侍女が震え上がっていた。
数日後にはその侍女の姿を見なくなった。
クレメッティは、いやと思い直し、男の手をはたいた。
「それはよほどの無能だった場合だろう。先ほどからなんだ?公爵様を主とも思わぬ発言やアンティア様を貶めるようなことばかり言って。本当に公爵様の手の者か?わたしは一度たりともおまえを見たことがない」
「ガキの頃は会わせないようにされていたし、俺もずっと避けてたからな」
「嘘くさい言い訳だ。これ以上おまえの戯言につきあっていられるか」
立ち上がったところで、追いかける男に素早く手を取られた。
「放せ」
「パウリだ」
「はっ?」
「俺はパウリだ」
クレメッティの手を掴んだまま、男は上衣の襟首を引っ張って左肩を見せる。
岩の裂け目から差し込む日の光が肌を照らした。
引きつったような古傷にクレメッティの目は吸い寄せられた。
「背中やケツにまで矢傷がある。あれだけ矢を受けて、濁流に飲み込まれたんだ。自分でもよく生きてたって思う。ほとんど半分死にかけてたし、助かった後もしばらくは記憶がぶっ飛んでた。記憶が戻っておまえが生きてるってわかったときには、おまえはもう魔法使いとしての修行を始めていたし、近づける状態じゃなかったんだ。だから俺は自分も力をつけることにした。何もないガキのままじゃ、リキタロにいた頃のように地べた暮らしをするしかないし、それは俺たちの望んだ新し生活じゃないだろ?だが俺が思っていた以上に裏家業ってのは厄介で、簡単に抜けられなかった。前任者が死んで、やっと自由がきく身になったと思ったら、今度はおまえが王宮入りだ。しかもがっつりアンティアに心をつかまれてた。どうにか目を覚まさせようと機会を窺ってるうち、おまえは暴走してどんどん自滅していくし、いまやお尋ね者だ。ま、それは俺も一緒だがな」
少年の頃のパウリの顔など、もはやおぼろげだ。
男がパウリ本人かどうかすらわからない。
二人しか知らないようなことを話しているが、侯爵に拾われて目覚めてすぐの頃のことは、よく覚えていない。尋ねられるままにパウリのことを話したのかもしれない。
男はどこかからそれを知って、兄だと信じ込ませるために、本人らしく語っているのではないか。
(それにパウリはわたしと共にあるじゃないか)
だからこの男がパウリなわけがない。
男を凝視していたクレメッティから動揺が消えた。
「どこでその情報を得たのかは知らないが、おまえがパウリのはずがない。パウリはわたしと生きてきたのだ」
「まだ言うか。俺が死んだと思ったショックから、自分の中で共に生きていると思わないと、自分を支えられなかったんだろ」
「わたしが生きていることを天は許されたと、アンティア様はおっしゃった」
「アンティアは孤独につけこんで、おまえを支配するつもりだったからだ。長い年月をかけて、自分を崇拝するように仕向けていった。いまそれが呪縛となっておまえを縛っている。そんな歪な関係があるか?おまえだってどこかでおかしいと思っているからこそ、パウリとなって語るアンティアへの言葉すべてが、批判的で不信に満ちているんだ。いい加減自分を誤魔化さずに現実に目を向けろ。パウリは俺だ。死んでいない。こうして生きてる」
手首を握る男の手に力がこもった。
なにを言っているんだ、こいつは?
力が強い。
手が痛い。
「こっちを――俺を見ろ、クレメッティっ」
「パウリを殺したのはわたしだっ!わたしが殺したんだ!!」
クレメッティは強く男の手を振り払った。
「体が弱いわたしはいつもパウリのお荷物で、リキタロにいたあの日も季節の変わり目で熱を出した。わたしがいなければパウリは役人から逃げられたはずだ。わたしを庇わなければ矢を受けなかったはずだ。いつだって足手纏いで、肝心なときに千里眼も使えない役立たずで……わたしがいつも……いつも――」
「待て!俺はそんなの思ったこともないぞ」
頭の中で声がした。
そうだ、クレメッティ、おまえが俺を殺したんだ。
冷えた手に俺の血が温かかっただろう?
クレメッティはギクと顔を強張らせた。
両手が赤い血で濡れている。
震えながら頭を抱えた。
「あ、あぁ……すまない、パウリ。すまない」
声がわんわんという耳鳴りのように響く。
カッレラを出て全てを忘れ、静かに暮らす?
馬鹿を言うな。
俺を忘れることは許さねぇ。
次の瞬間、クレメッティの唇から零れ出た言葉は、ひどく悪意に満ちていた。
「クレメッティ――てめぇは俺に一生負い目を感じて生きてゆけ」
彼は自らが発した言葉に小さく頷く。
「おい……?クレメッティ?大丈夫か?」
こいつの言葉には耳を貸すな。
とうとうおまえは悪魔を始末したじゃないか。
邪魔者は消し去ったんだ。
大好きなアンティアがやっと王妃への道に一歩踏み出したろう?
「悪魔……始末…」
「悪魔?何を言ってるんだ、クレメッティ」
アンティアは今頃、歓喜に打ち震えている。
そして王妃の座につくため、次に打つ手を考えてるはずだ。
おまえはその指示を聞きに行け。
「……わかった、行こう……」
ふら、とクレメッティは歩き出した。
男が慌てて手を伸ばした。
が、肩に指が触れたとたん、
「っ!」
見えない力によって体が背後に吹っ飛んだ。
岩壁に激突して倒れる男を、冷たく一瞥したクレメッティが何事か呟くと、まるで靄がかったように姿がぼやけて見えなくなった。
入り口を塞ぐ木の枝や蔓を魔法で排除して洞窟を出る。
そして彼は森の中へと消えた。
* * *
洞窟の中で転がっていた男から声がした。
「生き別れた弟との感動の対面なんてのは期待してなかったが――あいつ、まったく容赦なしだな。痛ぇ、どっか骨に罅でも入ったか?」
地べたに大の字になって岩の裂目を見上げる。
さきほどのクレメッティは明らかに様子がおかしかった。
一気に真実を語りすぎたのかもしれない。
死んだと思った双子の兄が生きていたと言われても、にわかに信じられるものではないのだろう。
焦りすぎた、とパウリは顔を顰めた。
クレメッティが混乱して従ってくれなくても、力ずくでどうにかできると思っていたが。
(魔法使い相手はいつもと勝手が違う)
魔法で壁に叩きつけられたときはさすがに息が詰まった。
痛みはまだ鈍くあるがそろそろ動けそうだ。
パウリは呼吸を整え耳をすます。
クレメッティの遠ざかる足音も既に聞こえなくなっていた。
逆に誰かが近づいてくる気配もない。
森を捜索する兵たちは近くにいなかったようだ。
あれだけ騒いだのだし、近場にいたら見つかっていただろう。
ともかく今はクレメッティを追いかけよう。
そしてアンティアのような女のために、愚かな行為を繰り返すことをやめさせなくては。
ずっと決めていたのだ。
クレメッティだけは日のあたる場所で生きていけるようにすると。
泥濘の中にいるようなリキタロでの暮らしから抜け出して、まっとうな生活を弟にと……。
なのにまさか、クレメッティが一人生き残ったことに、負い目を感じていたとは思ってもみなかった。
それに体が弱いことをあそこまで気にしていたなんて。
クレメッティのことを足手纏いだ、お荷物だ、と思ったことは一度だってない。
むしろ一人だったらとっくに生きることを諦めていた。
大切な弟を守ると自分に言い聞かせていたからこそ、頑張れたし強くあれたのだ。
パウリは思わず拳を握りしめた。
妄執にとらわれて、罪を犯している弟の目を覚まさせなくてはいけない。
確かクレメッティは去り際に「悪魔」や「始末」と呟いていた。
悪魔というのはシモン王子の愛魂相手だろう。
彼女のことを「異界の悪魔」と言っていたから間違いない。
「他になにか言ってたな?行こうとかなんとか……どこへ行くってんだ?」
おそらくクレメッティは一昨日の夜、王子の愛魂相手を魔法使い塔で殺したか、死ぬような仕掛けをしたのだ。
だったら本当に死んだかどうか、王宮へ確かめに行ったのではないか?
第一王子の相手が死んだなら、いまごろ王宮は騒然となっているだろう。
それとも魔法使い塔へ駆けつけた王子が無事救出したかもしれない。
もし生きていたら、クレメッティは誰をどれだけ巻き込んでも、かまわず彼女を殺そうとする。
これ以上クレメッティに罪を重ねてほしくない。
パウリは身を起こし外套を羽織った。
背中が痛むが我慢できないほどではない。
洞窟の入口で森の様子を探り、人の気配がないとわかると素早く抜け出た。
傾いた陽射しが茜色に染まり始めていた。