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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
113/161

愛魂の流れを追って走るシモンは、流れが魔法使い塔に向かっていると感じた。

ジゼルを訪ねているということだから、コマリが魔法使い塔にいるのは正しい。

今頃はジゼルが留守であると、王族塔に戻ろうとしているかもしれない。

そう思ってもシモンは走ることをやめなかった。

無事な姿を確認するまでは安心できない。

この胸騒ぎが治まることもない。


馬を駆ればよかったと後悔しながら、

「グンネル、モアに魔法使い塔にいるコマリを守らせることはできるか?」

と振り返りもせずに尋ねると、思っていた声とは違った声が聞こえた。

「グンネルちゃんなら、頑張ってシモン君についていこうとしてたけど、ちょっと前に脱落してしもたで。執政塔から王族塔、王族塔からここまでほとんどペース変わらんと走ってるし、女の子にはキツイやろ。王族塔に戻ってエーヴァちゃんたちと、小鞠ちゃんが戻るん待っときて言うといた。せやし、お供はボクとゲイリーだけや」

背後に一瞬目を向ければ、確かにスミトとゲイリーしかいない。


「ならばスミト、おまえの精霊にコマリを守ってもらうことは可能か?」

「魔法使い塔のボクの部屋を訪ねてんやな。ええで、先に朧を飛ばそか――朧、出といで」

スミトの呼びかけに、狐目の男が宙に現れると梟に姿を変えて力強く羽ばたいた。

「小鞠ちゃんの護衛についてくれるか。ボクの部屋か、もしくは帰るとこかもしれん。探してな」

上空へ舞い上がる梟を目で追ったシモンは、すぐに視線を進行方向へ戻す。

目前に迫る塔の前に明かりが見え、人影があると気づいた。


近づくにつれ、月影と手前二人の持つランプの明かりから、それがリクハルドとトーケル、そして二人と対峙しているクレメッティだとわかった。

魔法使い塔へ流れる愛魂を受けていた手を思わず握ったせいで、水面を思わせる青い光が消えた。

シモンは三人のいる場所に勢いよく走り出て、鋭い眼差しでクレメッティを見据えた。

「コマリをどこへやった」

クレメッティがコマリを連れ去った確証はない。

しかし彼女が消えたことに対する焦りと不安から、言わずにはおれなかったのだ。


前置きもないシモンの言葉に、クレメッティの茶色の瞳がわずかに見開かれた。

驚きとそれ以上に動揺したように見えた。

一瞬の変化を見逃さなかったシモンに確信させる。

クレメッティこそがコマリを狙う輩だと。

そして消えたコマリは彼の手の中にいると。

血が沸騰したかのような激しい怒りが一気に湧き上がった。

「言え、クレメッティ!コマリをどうしたのだっ!!」


バサバサと左側で羽音がした。

思わずそちらを向いたシモンは、木々の茂る暗がりから人が現れたのを見た。

黒い装束に外套のフードまで被っていて顔が見えないが、剣を手にしていることはわかった。

シモンは反射的に腰に手をやり、丸腰であることを思い出す。

高く掲げた剣が一気に振り下ろされた。

とっさに身を引いたが浅かった。

剣の鈍い煌きがシモンの目を射た。

ガッ。

剣先がシモンを守る防御魔法に阻まれ敵が怯む。


その隙を逃さず、シモンは前に突っ込んだ。

勢いのまま拳を突き出したが避けられ、蹴りが顔に飛んでくる。

両手を交差して防御の姿勢をとったが、再び防御魔法が働き、相手の足がシモンに触れることはなかった。

防御魔法があるならば相手の攻撃を避ける必要はない。

攻めに切り替えたシモンは、右に左にと拳を突き出し、息つく隙を与えず蹴り技も加える。

シモンの早業ともいえる連続攻撃に、相手は剣をふるうことができずにいるようだ。

シモンの右足が相手の手首を蹴り上げ、剣が宙を舞った。

手を押さえる謎の黒装束にそのまま飛びかかり、腕を後ろに捻りあげて羽交い絞めにする。


頭からすっぽりと体を隠す外套ではよくわからなかったが、体格からすぐに男だとわかった。

喉にまわした腕で、息ができる程度に相手の首を締めつけると、苦痛の声があがった。

「おまえは誰だ!?」

「いっつ……国王は強さも必要って建前じゃないのか。さすが次期国王。騎士団員も真っ青な腕だな、こりゃ。まいった、降参だ」

フードの奥から楽しげな声が聞こえた。

両手をあげているのは敵意がないことを示すためだろう。

「シモン様!なんという無茶をなさるのですか」

リクハルドが青くなって飛んできた。

「そうですよ。こういうときはわたしにお任せください」

トーケルが困った顔で言ってくる。

締め上げていた男をトーケルに預けた。


「ついな。許せ」

「いや~、シモン君てほんまに強かってんわ。背ぇ高いし筋肉もあるから、体重もそこそこあるやろうに、ようあんなけ速う動けるなぁ」

そう言ったスミトの腕から梟が飛び立っていく。

先ほどの羽音は朧だったのかとシモンは気づいた。

敵の存在を知らせてくれていたらしい。

今度こそ魔法使い塔の上空へ飛んでいくのを目で追ったシモンは、ゲイリーがクレメッティを警戒しているのに気付いて、そちらへ眼差しを向けた。

「仲間がいたか。この者と二人でコマリを連れ去る手筈であったか?」

「そのような者は知りません」

この者のことは・・・・・・・知らぬ、な。ならばコマリの居所を知っているということか」

シモンが突っ込むと、クレメッティは口を噤んでしまう。

黒装束の男の出現に驚いて、思わず口を滑らせたといったところか。


シモンがリクハルドへ目を向けると、彼は頷いてクレメッティのほうへ歩いていく。

このままクレメッティと謎の装束男を捕まえて、黒幕を吐かせればコマリの憂いはひとまず消える。

(そうだ、コマリっ!)

のんびりしている場合ではなかった。

クレメッティが居所を言わないのであれば、自力でコマリを探さねばならない。

シモンが胸に手をあて愛魂を取り出しかけたとき、魔法使い塔から人が飛び出してきた。

誰もが一様に身構えたが――。


「あっ!トーケル様っ。それにリクハルド様も!助けてください。ケビッ……ケビがっ、監禁部屋に閉じ込められて」

若い女の声はマーヤだった。

彼女は上官の存在に安堵して涙を見せたが、シモンに気づき、そしてただならぬ雰囲気に立ち尽くした。

しかしすぐ側にクレメッティがいることに気づくと、顔色を変え叫ぶように声を張り上げた。

「クレメッティっ、監禁部屋にどんな魔法をかけたの!?ケビが閉じ込められておかしな物音がしたわ。ペッテルが助けに入るって……。――わたし、見たの。あなたが監禁部屋から出てくるところ。あの部屋にはなにか呪いをかけてあったの!?入った人は無事なのよねっ」

ボロボロと涙を流すマーヤを見つめるクレメッティは、冷めた目をして黙ったままだ。


シモンの側でふいに、ドカ、と音がした。

ハッとしてそちらを向くと、腹を押さえたトーケルがよろけていて、自由になった黒装束の男がクレメッティに向かって駆け出したところだった。

クレメッティを捕らえようとしていたリクハルドが魔法を放つよりも、男のほうが速かった。

隠し持っていたらしいナイフを手にリクハルドに切りかかる。

そこへゲイリーが割り込み、凶器を握る男の腕を掴んだ。

男は腕をとられた瞬間、ためらいもなくナイフを手放すと、背を丸めて身を屈め、強引にゲイリーを引き込んだ。

腕を引っ張られて前のめりになったゲイリーの首に両足を絡ませ、ブンと勢いのままに投げ飛ばす。

投げられた先にはスミトがいた。


「え、ちょぉっ」

スミトは手にしていたランプを投げ、とっさにゲイリーを受け止めたが、勢いを殺すことができなかった。

二人して地に転がる。

地面で一回転して素早く身を起こした黒装束の男は、今度はリクハルドに向かって石を投げた。

米神を打たれてリクハルドが痛みに声をあげる。

男はその隙を見逃さずリクハルドを蹴り飛ばすと、一足飛びにクレメッティの前に立った。

ぎょっとするクレメッティの腹に拳を振るう。

「っぐ……」

防御もできなかったのかクレメッティは呻いて意識を失った。


なんて速さだ。

ここまでの動きを見ていたシモンは、敵であることも忘れて男の動きに見入っていた。

おそらくはオロフぐらいしかこの男に対抗できまい。

黒装束の男は、膝から崩れるクレメッティを肩に担ぎ上げ、体を反転させた。

「待てっ!」

シモンが呼び止めると、奇妙なことに去りかけたはずの男が足を止めた。

「こいつのことは俺が片をつける」

「殺すのか?」

「――そう命令された」

「それは誰にだ?」

シモンの質問に男は答えないままジャリと土を踏んで去ろうとした。


「わたしが相手のときおまえは手を抜いたな。わざと捕まって、こうしてクレメッティを連れ去る機会を窺っていたのだろう。クレメッティを殺せと命じられているなら、わたしに襲いかかったりせず、隠し持っていたナイフを投げて、命令を遂行していればよかった。いまもクレメッティを気絶させて連れ去るという、殺すより面倒なことをしている」

「筋肉バカって王子じゃなさそうだな」

安っぽい挑発だった。

シモンは男の言葉を無視する。

「おまえはクレメッティを殺す気はない。違うか?――いったい何者なのだ」

「俺の名はパウリだ」

「パウリ?……とはクレメッティの使っていた偽名だろう」

シモンが言うと、男は微かに笑ったようだった。


「こいつは双子の兄の名を使ってたんだ。こうしてあんたたちに追い込まれる無能な奴だ。偽名もお粗末だと知れると思うが」

言いながら彼はフードを脱いだ。

その顔にシモンは見覚えがあった。

オルガに魔法石の指輪を渡したという男の人相書きに似ていたのだ。

「おまえがオルガに指輪を渡したというリキタロの貴族か」

「ふりをしただけで、元はリキタロの貧民だ」

「クレメッティとは本当に双子なのか?あまり似ていないが」

男は意外そうに眉をあげる。


「俺の言うことを信じるのか?」

「ここで嘘をついてなんの得がある?なによりおまえはクレメッティを助けようとしている。大切な弟だからだろう?」

く、と男が喉を鳴らした。

「幸せに生きてきたんだな、あんた。――俺はガキの頃、今の主に拾われた。一緒にクレメッティも拾われてたんだが、俺は死んだことにされてたし、お互いを会わせないようにされたから、クレメッティは俺が死んだと思ってる。俺はずっと待ってたんだ。いつか必ず自由にってな。いまがその時だ。だからこいつは連れていく」

「おまえが自由になるためにクレメッティを利用するつもりか?」

シモンの質問にパウリは口元を歪ませて笑うと、返事はないまま闇に紛れて消えてしまった。


シモンの元へリクハルドとトーケルが走り寄ってくる。

どうやら魔法使いたちが復活したことに気づいて、男は逃げたようだ。

戦闘だけでなく状況判断にも優れているとは。

「申し訳ございません、シモン様」

「わたしも不覚を取りました。すぐに奴らを追います」

リクハルドに軽く手をあげ、シモンはトーケルに首を振った。

「既にスミトとゲイリーが後を追ったようだ。おまえたちはわたしとともにコマリを――」

「あ、あのっ!トーケル様はわたしと一緒に来てくださいませんか!?」 

シモンの言葉を遮って、マーヤが大声を張り上げたため、三人は彼女へ目を向けた。

そういえば助けてくれと言っていたように思うが。


彼女はシモンの視線に怯んだ様子を見せたが、勇気を奮い立たせたのか先ほどと変わらぬ大声で言った。

「シモン様、ご無礼をお許しください。後で罰は受けます。ですからトーケル様はわたしと来てください。お願いします。ケビを助けてくださいっ。ペッテルだって、魔力を封じられてるのに監禁部屋に入るって……。あの部屋、変です。それにケビが引き込まれてすぐ変な音がしていました。わたしが監禁部屋に行こうって言っちゃったからこんなことになったんです。あの二人に何かあったら、わたし、わたし……」

話すうち感情が昂ったのかマーヤが再び泣き出した。

「マーヤ、その監禁部屋とやらからクレメッティが出て来たと先ほど申したな」

シモンが尋ねるとマーヤはびっくりしたような顔をしつつも即座に頷いた。

「は、はいっ!」

「部屋には呪いがかかっているのか?」

「わたしでは力不足でそこまではわかりませんが嫌な感じがしました」

涙を浮かべるマーヤが望みをかけるようにシモンを見つめてくる。


人に知られないように何かを隠すとき、人はどこに隠そうとするだろうか。

(誰も気にも留めないような場所、誰にも見えない場所……)

そして誰も近づかない場所。

監禁部屋などという場所に近づきたがる者はそういないはずだ。そんな場所からクレメッティが出てきたのならばそれは――。

シモンは近臣たちの名を呼んだ。

「リクハルド、トーケル!監禁部屋へ案内しろっ。おそらくコマリはそこにいる」





* * *





魔法で動く鎧の中にいる小鞠は、あらん限りの力で鎧の動きに抗っていた。

「んんーーー……っ!」

クレメッティが出て行ってしばらく経ったあと、知らない男性が部屋に入ってきた。

いや、入ってきたというよりは、勢いよく転がり込んできたと言ったほうが正しい。

部屋を見回し状況がつかめていない様子を見せたことから、自分の意思で入ってきたとは思い難かった。

そして彼が現われたとたん鎧が動き出し、剣を抜いて勢いよく斬りかかったため小鞠は驚いた。

冑は視界が悪く、部屋の様子がよく見えない。

少しあって男性の腕から赤い血が滴っていると気づいたときには、鎧が人へ斬りつけた驚きが恐怖に変わった。


クレメッティが作り上げた呪いの鎧は彼が言ったとおり、人を殺すために動いていると気がついたからだ。

しかも魔法使い塔のエントランスのときより動きが俊敏になっている。

どうにか自分に気づいてもらおうと小鞠は、猿轡を噛んでうーうーと唸り声をあげるが、彼は鎧から逃げるのに必死で、中に人がいると気づいてくれなかった。

そして今度はペッテルが部屋に入ってきた。

最初に入ってきた男性とは友人らしく、ペッテルは彼をケビと呼んでいた。 

鎧はペッテルとケビを侵入者と見なしているのか、執拗に二人を追い回した。

鎧の中で小鞠が振り回されるほど。


小鞠はなんとか彼らを守ろうとした。

声が届かないのならば、鎧の動きを止めるしかないと、鎧の内側で動きに抗う。

けれど小鞠の力では、鎧の動きを鈍らせることが精一杯だった。

男性に合わせて作られた鎧は大きく、重く、また体にあっていないせいで肌が擦れてあちこちが痛んだが、そのくらいしかできないのだ。

鎧が横に払った剣がペッテルの胸を狙う。

魔法で永久的に動く鎧と比べ、生身の人間である小鞠の体力は、そろそろ限界に近かった。

腕に力を入れて動きを止めようとしたが、思うように力が入らなくて腕がブルブルと震えるだけだ。

ザッ!

身を引いて避けたペッテルが顔を顰めた。

切っ先が皮膚を裂いたのか、赤い筋が胸に走る。


「痛ぇな、このやろ」

吐き捨てるペッテルがチラリと床に目を走らせた。

そこにはケビが倒れていた。

ペッテルとケビで協力して鎧の動きを止めようとしていたのは、小鞠も鎧の中で話を聞いていて知っている。

ペッテルが囮となり、ケビが自分の服で鎧の片腕を拘束したところまでは良かった。

ただ鎧は重量がある。

中に入っているのが女である小鞠だとしても、総重量は結構なもので、体当たりを食らったら、相手は相当なダメージを受けるだろう。

そしてその被害者がケビだった。


鎧が剣ばかりを振るっていたから油断していたようだ。

ケビは簡単に吹っ飛んで壁に激突し、そのまま脳震盪を起こして気を失ってしまったのだ。

鎧が意識のない彼にとどめを刺そうと近づくのを、ペッテルは注意を引きつけて止め、今は一対一で対峙しているところだった。

狭い視界から見えるペッテルの息があがっている。

鎧の中で小鞠も、必死で息を吸い込んでいた。

丸めた布と猿轡で口が塞がれ息苦しく、鎧は熱がこもるのか暑い。

鎧の動きに抗い続けたことで、彼女はびっしょりと汗だくの上、先ほどから酸欠状態に陥っていた。

少し前から頭が朦朧としてきている。


(ここで気を失っちゃダメ)

鎧が自由に動けるようになれば、それこそペッテルは殺されてしまう。

気力だけで小鞠はなんとか意識を保っていた。

バァンっ!!

突然、爆発が起こったように部屋の扉が吹き飛んだ。

驚いたペッテルが頭を庇って身を低くする。

その隙を逃さず鎧が剣を持ち上げた。

小鞠が懇親の力で動きを抑えようとするが、実際にはわずかも剣は動きを止めない。

鎧の振り下ろす剣がペッテルの首に食い込む――直前、見えない力が鎧に放たれた。


魔法石が小鞠を守るため防御魔法が発動する。

しかしそれはよほど強力な攻撃魔法であったらしい。

防御魔法越しにも衝撃が伝わり、鎧の持つ剣の狙いがペッテルから逸れて床を叩く。

室内に人が押し寄せてきた。

(シモンっ)

鎧の中から見えたシモンの存在に心底安堵し、けれど彼の目が部屋の奥へ注がれたことに違和感を覚える。

(なんで?シモン、わたしはこっち――)

彼の名を呼ぼうとしても、口の中に押し込まれた布が言葉を遮り無駄だった。

「コマリっ!」

部屋の奥を見つめるシモンが顔色を変えた。

(そうだ、クレメッティの魔法……)

シモンの目には倒れるルーヌが自分に見えているのだろう。


足を踏み出すシモンに鎧が切りかかった。

とたんにリクハルドとトーケルの魔法が、鎧に向かって放たれる。

けれど小鞠の魔法石の防御魔法がそれを阻んだため、動きは止まらない。

今度はシモンの首にある魔法石の防御魔法が働き、鎧の振るった剣は見えない壁を斬りつけただけだった。

それでも鎧はシモンへ剣を繰り出し続ける。

こんなに近くにいるのにシモンの目は、ずっと部屋の奥へ注がれたままだった。

(シモン……気づいて、シモン――)

リクハルドとトーケルの攻撃魔法が激しさを増す。

少しずつ小鞠を守る防御魔法が綻び始めた。

防ぎきれない空気の塊のような力が、鎧の手を叩き剣が床に落ちる。

(たぶん、痛い……のかな。でももう、ほとんど感覚がないや) 


全筋力を使って鎧の動きを止めようとしていたせいか、筋肉が悲鳴をあげていた。

おかげで攻撃魔法が当たってもあまり痛いと感じない。

鎧越しとはいえ本来ならば、激痛が走っていそうな攻撃だろうと思える。

なにしろ魔法が当たった籠手が歪んでいるくらいだ。

このまま鎧の中にいると気づかれないまま、殺されてしまうのだろうか。

ガツ、ゴッ、と鎧に当たる攻撃魔法が増えていく。

そのたびに鎧はよろめくが膝をつくことはなく、目の前にいるシモンに挑んでいくのだ。

「シモン様、ご辛抱を。防御魔法も長くはもたないでしょう。そのあと鎧を壊します」

リクハルドが言うのにシモンが頷くのを、小鞠はぼんやりと見ていた。

さっきまであんなに息苦しくて、体中がだるかったのに今は何も感じない。


(やっぱりわたし死んじゃうのかな……やだな)

シモンともっと一緒にいたかった。

せっかく異世界まできて彼と生きると決めたのに。

(どうしてこっちを向いてくれないの?おとなしく部屋にいなかったから怒ってる?)

小鞠の目から涙が溢れた。

「…………」

声にならない声でシモンを呼んだ。

鎧がシモンに手を伸ばしたせいで、小鞠の手も彼へと向かう。

シモン――。

ふいにシモンの眼差しが注がれた。

訝るような顔でこちらを見ている。

やっとこっちを向いてくれた。

ああ、もう少しであなたに触れられる。

しかし、彼女を隠す呪われた鎧の手では、彼の首にある魔法石に阻まれて、触れることも叶わないのだ。


「シモン様、何を!」

「近づいてはなりませんっ」

がし、とシモンの両手が冑を掴んだ。

そのまま力任せに上に引っ張られ、開けた視界に小鞠の目が眩んだ。

「コマリ!?」

冑を取ったことで呪いの魔法が解けたのか、糸が切れたようにブランと鎧の腕が下がって、動きが止まった。

シモンが小鞠の猿轡を解いてくれたため、彼女は押し込められていた布を吐き出し大きく息を吸い込んだ。

ゼエゼエと荒い呼吸音が響く。


「コマリ、コマリ?こっちをむいて。わたしがわかるか?」

「……シモ……」

「わたしがわかるのだな。怪我は?――どこにも怪我はないか?ああ、こんなもの、すぐに脱がせてやる。リクハルド、トーケル、おまえたちも手を貸せっ」

シモンたちの手で鎧を脱がされていく小鞠は下着姿だった。

ケビに声をかけていたペッテルは慌ててそっぽを向き、目覚めたケビも意識がはっきりすると、ぎょっとした様子で目をそらした。

そんな二人をマーヤが廊下へ引っ張り出す。


下着からのぞく小鞠の肌は鎧で擦れ、血がにじんでいた。

重い鎧から解放されたが、疲労のため立っていられなくて膝から崩れてしまう。

シモンが受け止めて床に座り込み、ひしと抱き寄せる。

「無事で良かった、コマリ……よく無事で――」

シモンの顔が泣きそうに見えた。

小鞠は力の入らぬ腕をなんとか持ち上げ、彼の頬に触れる。

「ごめん、ね……約束破って、また王族塔、出ちゃって。……シモンこそ、怪我ない?」

「わたしは大丈夫だ。わたしのことなど良い。コマリ、痛むところはないか?――ああ、このような」

頬に触れた小鞠の手を握ったシモンは、甲に赤紫の痣が浮かんでいるのを見て眉根を寄せた。


剣を取り落とすほどの魔法を受けたところだった。

他に鎧で擦れた擦過傷にも目を向けたシモンが、何度も痣を撫でるが小鞠には不思議と痛みはなかった。

というよりシモンに撫でられている感覚もない。

「痛く、ない……どこもひどく、ない。わたし、より……ルーヌ」

小鞠が視線を部屋の奥へ向けると、シモンも同じようにそちらを見た。

ルーヌはクレメッティに相当痛めつけられているようだった。

早く手当てをしなければ死んでしまうかもしれない。

「あれは、わたしに見える、魔法……ルーヌすごい怪我、してた――シモン、ルーヌ死んじゃう――」

小鞠の目尻から涙が零れた。

「ペッテルも怪我した、ケビって人も斬られて……なのにわたし、何もできなかった。鎧の動きを止めようとしても……魔法で動いてて……無理で――血が、出てたの。いっぱい。だから早く……皆をお医者さんにみせて」


小鞠の脳裏に死んだ父や母が浮かぶ。

そして傷だらけのヴィゴの姿が見える。

もう嫌なのだ。

あんな思いはもう。

「死んじゃ、やだ……誰かが、いなくなるの、もうやだ――助けて……シモン。皆を助けて」

視界がぼやけるのは涙のせいだろうか。

バサバサと羽音が聞こえた気がした。

黄色の瞳が覗き込んでくる。

「――――――」

シモンがなにか言っているが、よくわからなかった。

視界が白く霞んでゆく。

そこで小鞠の意識は途絶えた。




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