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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
11/161

裸の王

子どものように目を輝かせて電車に乗るシモンとオロフはやはり乗客の目を引いた。

魔法の国には電車だってないだろうからね。

でもそんな舐めまわすような目をして車内をうろつかないっ!

不審者に見えかねないでしょうが。


小鞠がおとなしくしてと止めていると、近くにいた学校帰りの女子高生たちが「ほら、注意してるしやっぱマネージャーじゃない?」と話しているのが漏れ聞こえた。

いいよ、もう。

芸能人のマネージャーで。

世間の目は正直だ。

自分と彼らじゃこんなにもつりあわないと言ってるのに。

(お后様なんて冗談じゃないっつうのよ)




そんなわけで最寄駅に降り立った時小鞠は心底ホッとした。

「ここから歩いているとバイトの時間に遅れてしまうのでわたしは自転車で行きますね。二人は家に――」

「一緒に行く。それにここからコマリの部屋までの道がわからない」

はぁ、さいですか。

好きにしてと小鞠は自転車置き場へ向かう。

そこへゴゥと突風が吹いて直後、頭上でガキンと金属音がした。

ガキッって何の音?

上を向いた小鞠は駅前ビルの看板が落下してくるのを見た。


(は?看板が落ちてる?)


思考停止。


「危ない、コマリっ」

強い力で後ろに引き寄せられた瞬間、今まで自分が立っていた場所にバアンと看板が落ちてきた。

周りで悲鳴が沸き起こる。

え、あの、レンガ舗装されたはずがレンガが砕けて看板もへしゃげてますが。

というかあの場に立ってたら砕けていたのは自分の頭――。


思った瞬間、小鞠はカクンと足の力が抜けた。

「コマリ、大丈夫か?」

倒れそうになる彼女をシモンが抱きしめる。

思わず彼の服を握り締めていた。

「あそこ、に、立ってたら……し、死んでた――」

自分の言葉に震えが走る。

周りに人だかりができ始めていた。

小鞠は我に返ってシモンとオロフの手を引っぱる。

きっと警察が来るはずだ。


(逃げなきゃ)


携帯電話を取り出す人が見えて彼女は急いでその場を走り去る。

「ちょっと、あなた!怪我は!?」と現場を目撃していたらしいおばさんの声が聞こえたけれど、気づかないふりをした。




「コマリ、ちょっと待て。コマリっ」

いつもより厳しい声音とともにシモンが立ち止まる。

手首を引っぱられて同じように立ち止まった小鞠は、肩で息をしながら彼を振り仰いだ。

「警察がくるから逃げないと」

「もう充分離れた。というよりわたしたちのことはいいのだ。それよりもっと自分の心配を――」

ふわりとした感覚に気づいたときにはシモンの腕の中にいた。

抱き潰さない程度に力がこもって安堵の声が耳に届く。

「よかった、無事で。本当に――怪我はないか?」


そう言って覗き込んでくるシモンの頬に赤い痕が走っている。

看板が落ちた時、砕けたレンガか看板の破片が飛んできたのかもしれない。

「血が――」

小鞠が手を伸ばすとシモンは顔を引いて彼女の指先から逃げた。

「コマリの手が汚れる」

反射的に小鞠は彼の頬を両手で挟んで引き寄せた。


「わたしを助けてくれた時に怪我をしたんでしょう?手当てぐらいさせて。ごちゃごちゃ言わないでおとなしくしなさいっ」

「――はい、コマリ」

よし、おとなしくなった。

怒鳴られて笑顔になるこの人の感性はわからないけど。

小鞠はカバンを探り絆創膏をポーチの中から引っ張り出す。

もしものときように絆創膏は持ち歩いているのだ。

ポケットティッシュで滲む血を拭い、ぺたりと絆創膏を貼る。


「これでよし」

「ありがとう、コマリ」

にこにこと嬉しそうな顔で微笑むシモンに頷くコマリだったが、礼を言うのは自分のほうだったと彼の目をまっすぐに見つめた。

「わたしこそ助けてくれてありがとう。シモンがいなかったら死んでたわ」


あれ、なんだかシモンが驚いた顔をしてる?


「ああ、やっとわたしの名を呼んでくれたな!コマリに呼ばれると特別な名に思える」

ガバァ、と抱きつかれて小鞠は身動きが取れなくなった。

うっ、さっきより力が強いです。

動けないってば。

助けてとオロフに目で訴えたがさりげなくそっぽを向かれた。


それにしても名前ってなに?

そんなことを気にしてたのか。

またシモンに耳と尻尾が見える気がしてクスと小鞠は笑ってしまう。

(やっぱりシモンってなんかちょっと可愛いかも)

そんな彼女の笑顔を見てシモンが息を詰めたのがわかった。


「コマリ、ああもう本当になんて可愛い」

うちゅ、と頬にキスされて小鞠は一瞬停止した。

そして反射的に平手を繰り出す。


ぱちんっ!


頬を叩いたとたんオロフが目を剥き、叩かれたシモンも驚いた顔をしている。

「頬にキスぐらいでシモン様に張り手など――」

「頬にキスぐらいじゃなぁいっ」

こういうことは最初が肝心なのよっ。

甘い顔をすればつけあがる。


「ここは日本だ。挨拶にキスする国じゃないのっ!このセクハラ王子ぃ~」


「セクハラとは昨日マスターキクオからも聞いたがどういう意味だ?」


「性的嫌がらせってことですっ」


「嫌がらせ?わたしがコマリにそんなことをするはずがない。これは愛情表現だ」


「された本人が嫌がってたらセクハラなの、バカ王子」


「コマリ様、いくらシモン様の正妃になられる方でもこの暴言の数々はさすがに目に余るものがあります」


「うるさいっ!王子だからって何でも許されるはずないでしょうが。そういう勘違いしてると誰もついてきてくれない裸の王様になっちゃうんだからね。どんなに身分がある人だって悪いことをしたら叱られなきゃいけないの。わかったかっ!!」


小鞠の剣幕にシモンとオロフは同時に頷く。

わかりゃあいいのよ。

よしとばかりに歩き出す彼女の背後でぼそぼそと声がした。


「オロフ、裸の王とはなんだ?」

「わかりかねますがおそらく王の傍若無人な振る舞いは、いずれ国を破産させるということでは?だから着る物がなくなったのでしょう」

「なるほど。立場ある者は身分に胡坐をかいてはいかんとう教訓なのだな」


うん、まぁそういう解釈もありだよね。

シモンが魔法の首飾りでこの世界の文字を読めるようにすると言っていたし、今度子供向けの童話や物語を図書館で借りてこよう。

で、それを読んで王子たる自分の立場を思い出してさっさと異世界に帰ってください。


小鞠は二人の会話は聞こえないふりをした。




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