曇った目
来たな、皐月満留。
やっぱりと小鞠は思う。
ゼミの間中、チラチラと彼女は何度もシモンとオロフを見ていたからだ。
振り返って小鞠は引きつった。
ゼミの他の子もいますけど。
そういやゼミ生みんな美形外国人に興味深々で、好奇心塊の目を二人に向けてたっけなぁ。
「もぉう、コマちゃんったらシモン君とオロフ君を一人占めしちゃうんだからぁ」
いえ、そんなつもりは毛頭ないし。
ただいろいろ突っ込まれて異世界人とバレるのが嫌なだけだから。
オロフは王子たるシモンが「君」付けで呼ばれることに渋い顔をしたが、シモンが小さく首を振ったため、不承不承というように開きかけた口を噤んだ。
「近くのお店でお茶でもしながらシモン君たちの国のお話聞きたいなってことになったのぉ。ね、みんなで行かない?」
行きたくないっ。
そうはっきり言えたらいいんだけどなぁ。
でもそのせいで来週からゼミでハブかれるのやだなぁ。
や、勇気を出せ。
シモンたちのことで何かボロがでるのは困るんだし。
「あの、ごめんね。これからわたしバイトがあって」
「そうなのぉ?じゃあ残念だけどコマちゃん抜きで行くしかないかぁ」
全然顔が残念そうじゃない。
むしろ喜んでるっぽいですが。
満留がシモンとオロフの手を取って引っぱる。
「行こっか」と小首を傾げて笑顔を向けるその顔は、男ならメロメロになるのだろう。
現にゼミの男の子たちは彼女の微笑みに鼻の下が伸びている。
「すまないがわたしはコマリの側を離れたくないので遠慮する」
シモンがやんわりと満留の手を振りほどくのに倣うように、オロフも「わたしもお二人の側におります」と彼女につながれた手を解いた。
その瞬間、満留の顔に屈辱の表情が見えた気がした。
だがすぐに取り繕って笑う。
「えぇ~?シモン君ってコマちゃんの彼氏ぃ?」
「口説いている最中なのだ。そのためにここに来たのだから」
きゃぁ、と満留以外の周りの女の子が声を上げる。
「いいなぁ」「わたしも言われてみたい~」という横で、男の子たちも「うっわ、外人って愛情表現ハンパね」「佐原にも春が来たじゃん」とニヤニヤ笑っている。
この馬鹿シモンっ。
みんなの前でなんてことを言いやがるか。
一ヵ月後、異世界へ帰るんでしょうが。
余計な波紋を広げるなぁ。
わたしは目立たず騒がれず平穏無事に堅実安定生活を送りたいの。
恋人は異世界の王子じゃなくこの世界の普通の人がいい。
ちょっと欲を言えばミネ先輩のようなかっちょ可愛い人が好みだけれど。
(うわーん、このこと絶対ミネ先輩の耳にも入るぅ)
「邪魔しないからねー」と笑顔で去っていくゼミの友人たちに手を振る小鞠は、ハァと大きく溜め息を吐いた。
まあいい。
皆で仲良くお茶会は避けられたんだし。
「コマリはもしかするとミチルが苦手か?」
「えっ?なんで?」
「いや、なんとなく。わたしはあのような裏表のある者は好きではないから同じではないかと。愛魂の対となる相手とは人の好みも似るのだ」
「裏表って――気づいてたんですか?」
「わたしは立場上、腹の読めない相手ともつきあわなければならないからな。人を見る目は自然と鍛えられる。――と偉そうなことを言えるほどわたしもそこまで見る目があるわけではないのだが、あの娘はわかりやすすぎる。なぁオロフ」
シモンがオロフに目を向けると彼はあっさり頷いた。
「己の欲を満たすために笑顔で人を貶めるタイプでしょうね。ただ感情的で計画性があるようには見えませんから、注意なさればそこまで害はないでしょう」
「えーと、でも男の人はああいう可愛いタイプって好きでしょう?」
「コマリのほうが数百倍も可愛い」
いやそれは愛魂とかいうので目が曇ってるの。
シモンの言葉はあっさりスルーして、オロフはどうだろうと小鞠が従者を見れば、彼はにこやかに言い切った。
「体目的なら――という程度ですね、わたしは」
はぁ、まあ、好みではないことはわかった。
でも歯に衣を着せようよ。
そんな男の本音は聞きたくなかった。
ははは、と乾いた笑いで歩きだす小鞠の隣にシモンが並び、少し後ろからオロフがつき従う。
「昨日も後ろからついてきていましたけど一緒に歩いたら駄目なんですか?」
「わたしはシモン様の護衛ですから」
ついオロフに質問したらそんな返事が返ってきた。
「あの、でも気になるのでこういう広い場所では隣に並びませんか?」
小鞠の言葉にオロフは奇妙な顔をした。
えー、何か変なことを言ったかなぁ。
「良い、オロフ。ここではわたしも周りの者と立場は変わらないのだ。そのように扱え」
あ、なるほどです。
シモンは王子様でした。
オロフにとってシモンは王の息子。
次期国王。
一介の騎士団員とでは身分が違いすぎるってやつね。
恐縮しつつもオロフは小鞠との間にシモンを挟むように並んだ。
が、シモンが首を振る。
「おまえはコマリの向こう側だ。姫を守るのは男の務めだろう」
いやだから「姫」は違うってば。
庶民だからね。
なのにシモンとオロフに挟まれてしまった。
美形外国人に挟まれてお姫様扱いって、女の子なら憧れるシチュエーションのはずが、実際されるとこんなにもいたたまれないものなのですね。
ああ、道行く人の視線が痛い。
(わたしだってこの二人に不釣合いだってわかってるからぁ)
針のむしろの思いで駅に辿り着き、シモンとオロフの切符を買って彼らに手渡すと変な顔をしている。
電車という乗り物に乗るのに必要だと伝えた小鞠は、つい疑問が口をついた。
「あのぉ、大学までいったいどうやって?どうしてわたしのいる場所がわかるんですか?」
「コマリの愛魂と引き合うから大体の方角がわかるのだ。それを頼りに歩いていたら親切な者がジドウシャでここまで運んでくれた」
それ、絶対女性だよね。
「よくわかったな。コマリの住む国は親切な者が多い。心豊かで平和だ。カッレラ王国もかくありたいな」
平和なのはおまえの頭だっ。
それは下心ありありで近づいてきてるんだってば。
さっき少しは人を見る目があるようなことを言ってたくせに、思いっきり騙されかけてるじゃないの。
「もういっそ、その親切な方の中からあなたのお后を選んでください」
「何を言うのだ。コマリ以上に素晴らしい女性はこの世に存在しないのに」
ねぇ、言っていいかな。
この人の目って本当に曇っていると思う。