降順
俺がこの高層マンションに越してきたのは三日前。ここに来る前は汚いボロアパートに住んでいたのだが、立ち上げた会社が軌道に乗り金銭的余裕が出来たこともあり、この家賃十三万の高級マンションに越してきたのだ。
初めてこの部屋を見たときの興奮は、とても一言では言い表せない。直感的に“成功者に相応しい”、そう思った。まさに運命の出会いだと思った。
だが、今はここに越してきた事をひどく後悔している……。
越してきた初日のことだった。夕方近くまでかかった仕事がやっと一段落してマンションへと向かい、まだ荷解きも済んでいない部屋のベランダに出てタバコを吸っていた時、ふと目の前を何かが通り過ぎて行った。真下に向かって……。
何事かと身を乗り出して下をのぞき込むと、案の定、人が落ちていた……。とっさに上の階の方に振り返ると、白く細長い、生気の無い手がありありと見て取れた。血の気が引いた俺はすぐさま警察に電話した……。
警察を呼んで小一時間が経過し、現場検証が済んだとかで目撃者の俺が呼ばれた。だが落ちた男は〈事故処理〉されていた。あの、ベランダから突き出た白い手を見たと言ったのにもかかわらず……。何度も異議を申し立てたが、警察は聞く耳を持ってはくれなかった。
その次の日は休日で、荷解きをする予定だったが気味の悪い〈手〉が頭から離れず、一日外出をして気分転換を図った。夜の七時頃にマンションの玄関の前に立ち、オートロックの暗証番号を入力している時だった。
ドサッ
何かが地面にぶつかる音が聞こえた……。振り返る勇気が俺にはなく、足早に部屋へ上がり、ビールを飲んですぐさま床についた。
そして次の日、朝一番の訪問者が、決定的な死刑宣告をもたらした。
「朝早くにゴメンなさい、でもどうしても伝えなくちゃと思って……。次はアナタが死にますよ。ボクは向かいのマンションに住んでるんですが、見たんです、上の階の人達を突き落とした白い手を……気をつけてください、二件とも事故で処理されたそうですし、きっと人間の仕業では……」
そこまで話すと、その青年は何かに驚いて、一目散に逃げて行った。
何か異様な雰囲気が漂う部屋を見回すと、ベランダのガラスが開いていた。
今ではここに越してきた事を後悔している。
何か抗えないような、誰かが背中を押しているような……。
宙に浮いたと気付いて身を翻すと、いつか見た白く細長い手がベランダから突き出ているのが見えた。
2007/5




