#5
まさかいきなりそんな話をされるとは思わなかったので、虚をつかれた気分だった。しかし彼女は返答など期待してない様子で肩を竦める。
「ごめんなさい。この国の人には、この国の人なりの悩みがあるんですよね。過労、虐め、貧困、性的被害に育児に介護疲れ。どこの国にも存在して、私の職場にも診察に来る方がいます。それでも街中に立って大勢の人を見ていてると、何だか分からなくなるんです」
「ええと……貴女は、日本の方……ですか?」
彼女は真面目な話をしているのに、何とも間の抜けた質問をしてしまった。言ってから少し後悔したが、彼女は申し訳なさそうに笑った。
「あ、日本人です。ただ子どもの時から海外で過ごすことが多かったので」
「あぁ、そうなんですね」
それなら納得だ。
和成はあまり自身のことを話さなかったが、元村は自分のことを積極的に話してきた為会話が切れることはなかった。
十代は親の仕事の関係でヨーロッパを回ることが多かったと言う。中でも長く居たのはドイツらしく、そこでも新たな共通点が生まれた。
「へぇ、すごい。俺外国で唯一行ったの、ドイツですよ。あまりにも昔のこと過ぎて、もう全然覚えてないんですけどね」
「あら! でも嬉しい。旅行ですか?」
「えぇ、母が行きたがってて、それで一緒に連れていかれたんです。……そういえば何か面白いこと言ってたなぁ。母は、昔ドイツの川で出産のお手伝いをしたことがあるんですって。向こうのジョークであるんですかね、アハハ」
酒のせいもあり、今まで誰にも言わなかった思い出を打ち明けてしまった。
元村は依然として笑顔を保っていたが、時が止まったかのようにピクリとも動かない。眉も、唇も、指も。美しく象られた人形のように和成を見つめていた。
「あの、元村さん?」
「あっ。すいません、そういう……ジョークは聞いたことありませんね。でも、逸話ならありますよ。ほとんど空想上の伝説ですけど」
彼女は急に声を潜め、とっておきの秘密を教えるように人差し指を唇に当てた。
「ドイツに限らず、そうですね、ヨーロッパの一部や北欧にも、川や湖等の淡水にはある妖精が棲んでいます。彼らは普段は深い水底に建てた宮殿に暮らしています。ですが時折気まぐれに地上へ出向き、人と話したり市場で買い物したりするんです」
「え。人と同じ姿をしてるんですか?」
「いえ、水中にいる時は似ても似つかない、恐ろしい姿をしてるそうです。でも人に化けることが可能なんですよ。時には小人や子馬になることもできます。すごいでしょう?」




