#2
大学のサークルで一緒だった彼女。周りが酔った勢いで「付き合っちゃえよ」コールを飛ばし、自分も彼女も酔った勢いで本当に付き合ってしまった。でも喧嘩をしたことはないし、それなりに良い関係を築けてると思っていた。それは自分の一方的な勘違いだったのか。
「考え直す気は……ない? ちとせ」
「……ごめん、ない。それにさ、和成にはもっと良い人がいると思うんだよね。私より和成を大切にしてくれる女の子が。私和成のことあまり大切にしてこなかったじゃん? それも良くなかったと思うし」
いや……大切にされてなかった実感はない。素で気付かなかった場合どうしたらいいんだ。
「和成、毎日すごい疲れた顔してるよ。ちょっと休んでみなよ」
過去に戻れるなら戻りたい。
そう望む間にも時間は進む。今日も終わりが近付き、人は疎らになる。
目の前にできた空席を見つめ、飲みかけのワインを口にした。飲み切ってからようやく重い腰を上げる気になり、レストランの外へ出た。意外なことに会計は彼女が全て済ませていた。
今日は風に当たりたい気分だ。多少時間はかかるが、いつもは自宅の最寄り駅からバスに乗るところを歩いて帰ることにした。
賑やかな駅から遠ざかり、オレンジ色の街灯が並ぶ川沿いを歩く。たまにジョギングしている人を見かけるぐらいで、他に歩いている者は自分以外いない。
休む。休む、か……。
そりゃ俺も、仕事も何もかも投げ出して離島にでも移りたい。けど現実はそうもいかないだろ。
川のせせらぎを聞くのは素直に気持ちが良かった。住宅街とも言えない、至る所に小さな畑が点在する土地。普段歩かないから気付かなかったが、川から蛙の鳴き声も聞こえた。
のどかだ。自分の荒れた心情とは正反対の静寂。
小さい頃は地元の川でよく遊んだ。ひとりで水深のある川まで行ってザリガニや沢蟹をとったものだ。今思うと何もなくて良かったけど、子どもの好奇心は計り知れない。
ふと、いつかの稲穂の光景が頭をよぎった。見知らぬ土地。濁って中が見えない川面。
髪の長い不思議な少女。
「あのー……」
「えっ?」
小さいが、確かに聞き取れた声掛け。見ると、一体いつからいたのか、ひとりの女性が蹲るようにして道端にいた。
そんな状態の人を見ることがあまりないので、一気に血の気がひいて駆け寄る。
「ど、どうしました? どこか具合でも……っ」
「あ、大丈夫です。最初は立ちくらみがしたんですけど、今はすっかりおさまって。……でもその拍子にピアスを片方落としちゃったみたいなんです。探しててもずっと見つからなくて。ちょうど貴方が今いるところに転がってないかな……と思って」
彼女は和成の足元を指差す。
「あぁ! すいません!」
慌てて後退り、周りに目を凝らす。成り行きとはいえなにかの縁だ。若い女性だし、こんなところでひとり探させるのも忍びない。
「俺も探しますよ」
「えっ、でも」
「大丈夫ですよ。ここ街灯も少ないし、危ないですから」
スマホのライトを点灯し、注意しながら地面を照らしていく。柵の周りに生えている雑草が邪魔だったが、車道よりも川沿いを探した。下へ転がり落ちていたら望みはないと思ったが、数分後に小さく光るものを見つけた。
「これは違います?」
「あっ! これです、これ! 良かったぁ~……本当にありがとうございます!」
女性はピアスを受け取り、本当に大事そうに掌に包んだ。
青い石がついていた。高価なものならサファイアだろうか。
でも見つかって良かった。確かにこれだけ小さいと、昼間でも探すのは困難だ。
「あの、本当にありがとうございます。お礼になにか……」
「そんな、大丈夫ですよ。それより具合の方が心配で……ひとりで帰れそうですか?」
「はい。おさまってしまえば何てことないので。それより本当にありがとうございました」
「なら良かった。じゃあ、お気をつけて」
彼女にこれ以上気を遣わせても悪いと思い、早々に歩き出した。ふと後ろを振り返ると、女性は深々とお辞儀をし、和成とは違う道へ曲がって去って行った。
とりあえず良かった。
最悪な一日だったけど、最後に良いことをした気がする。ポケットの中に入っている、御守り代わりの小石を握り締めて空を見上げた。
空には強く輝く一等星が浮かんでいた。




