#3
いつもより険しい顔の母が小走りでやってくる。宝石は咄嗟にポケットの中に隠した。
「何してたの?」
そう訊かれ、彼女のことをどう説明しようか迷った。でも、母はドイツ語が話せる。自分より大丈夫だと思って川の方に振り返った。
ところが、そこには誰もいない。
先程と同じく、濁った水が流れるだけだった。
「どうしたの。何か面白いものでもあった?」
呆れ顔の母。自分でもどうしたらいいのか分からなかったが、ひとまずかぶりを振った。
その後は母に手を引かれて川を後にした。
ちょうど帰国する日だった為、タクシーに乗って空港へ向かった。
少女のことが気になる。でも何となく、このことは誰にも言ってはいけない気がした。
宝石も母に見せたら取り上げられてしまう気がして、ずっとポケットの中で握りしめていた。冷たくひやりとしたそれは、やがてつるつるした手触りからざらざらした感触へと変わった。それに気付いたのは帰りの飛行機に乗っている最中だ。
隣を見ると母は小さな寝息を立てていたので、そっとポケットの中の手を取り出した。
すると掌に乗っていたものは自分が想像していたものとはまるで違った。
少女からもらった美しい宝石などどこにもない。何の変哲もない、黒い小石だったのだ。
その時は本当にパニックになりかけたし、寝てる母を叩き起して真実を語りたい衝動に駆られた。
けど母の性格からして、冗談を言ってるのだろうとあしらわれるような気がしたから、何とかその場は落ち着いて堪えた。
穴が空きそうなほど見つめてみても、小石はいつまで経っても小石のまま。段々、自分が小石を宝石だと見間違えたんじゃないかと疑問に思った。
でもやはり違う。これを受け取って喜んだとき、少女も心底嬉しそうに微笑んだ。とっておきのお宝を見せた時みたいに、誇らしげに。




