#6
娘は見慣れない景色に上機嫌で、ずっとスキップしている。反対側では妻が、不思議そうに首を傾げた。
「あぁ……ごめん。ちょっとだけいいかな?」
「当たり前でしょ。私達は連れてきてもらったんだから」
妻は微笑んだ。謙虚なところは出会った頃からまったく変わらない。
変わらないことの尊さを感じ、感謝する。できれば走り終わるその時までこの気持ちを忘れずに。
二人の小さな温もりを抱きながら、果てなく続く青空を見上げた。
「あら、良いところね!」
妻は風で乱れた前髪を掻き上げた。黄金色の景色が一面に広がっている。以前来た時はもっと荒れた地面が露になっていたが、十年ちょっとで麦畑はずいぶん拡大したようだ。娘は楽しそうに麦穂を突っついている。
「こらこら」
妻が制するのを尻目に、畑を横断している川を眺めた。
ここは前から面白いほど変わらない。それにまた、何故か安心した。
水は相変わらず濁って、中は見えない。和成は近くまで寄って屈み込んだ。
川辺りはせいぜい足が浸かる程度の水深だ。手を入れ、水中の小石を何個か拾う。
「なあに、良いものでもあった?」
妻が笑って隣に腰かける。
欲しいものや大切なものは、案外この石ぐらい小さくて、簡単に掌から零れ落ちる。だけど後悔しないよう、小さな喜びに目を向けていこう。
「別に。昔、ここで不思議なことがあってさ」
「えー! なに、聞きたい!」
意外にも彼女は興味津々で食いついてきた。存外女性というのはミステリアスな話が好きなんだろうか。
「でも言うほどのことでもないかも」
「ちょっと、そこまで振っておいて言わないのはズルいわよ!」
彼女は不満げに頬を膨らませる。けど話したらもっとご機嫌を損ねそうだ、と内心苦笑した。
昔、ここでとても綺麗な少女と出会った。彼女から小さな石をもらったんだ。
ただそれだけのお話。一瞬で終わるから子どもを寝かしつけることもできない。
いつか自分の子どもに話そうと思っていたけど、歳をとるにつれ気持ちが薄れてしまった。これは人に話すにはあまりにつまらなくて、そして愛しい話なんだ。
数年前にも一度ここへ来て、確かに命を繋げた。
「水鈴は?」
「すぐそこで麦畑を見てる」
和成は太陽が燦然と輝く空を見上げて微笑んだ。
ここはいつまで経っても変わらない。人を迎え入れる、小さな小さな川だ。




