#4
今までで一番大きい母の歓声に、思わず笑ってしまう。そんな偶然に居合わせたことも「すごい」し、自分なんかが人を助けたことも「すごい」と思ったんだろう。和成は電話をしながらコーヒーを淹れた。
「最初救急車呼ぼうと思ったんだよ。でも前に母さんが何か言ってたの思い出してさ。女の人に聞いたらやっぱり、専用のタクシーがあるって言うから……早とちりしないで良かった、って思った。あんがとね」
『え、そんなこと言ったかしら? ……まぁそのときの状況や持病も関係してくるから一概には言えないんだけど、ちゃんと本人に確認をとったのは賢明ね。偉いじゃないの』
久しぶりに褒められた。内定をもらったとき以来かもしれない。
本当はこれを聞いてほしくて電話したのに、妙にこそばゆくて何度か仰け反り天井を見上げた。
『アンタがそんな場面に出会うのはもっとずっと先のことだと思ったけど……これもなにかの縁かもね。女の子に愛想つかされたのは悲しいけど、優しい息子を持って母さんは誇らしいわー』
「本当に思ってる?」
『あはは』
コーヒーを飲みながら、母の笑い声を聴く。久しぶりに緩やかな時間だった。
「そういえばさ、母さん、すっごい昔ドイツに行ったときのこと覚えてる?」
『え? 当たり前でしょ。私が連れて行ったんだから』
「良かった。川で思い出したんだけど……どっかの小さな川でさ、出産の手伝いをしたって言ってたよね。あれ、ほんと?」
他の者からしたら何てことない、わずかな沈黙。
だが、和成にとっては長すぎる沈黙だった。
『そんなこと言ったかしら……。聞き間違いじゃない?』
瞬時に嘘だと見抜いた。
理由はない。でも確信している。顔を合わせてないから尚さら、棒読みのような母の台詞に違和感を覚えていた。
ここでさらに追求したらどうなるだろう。少し想像してみたけど、やっぱりやめた。母が覚えてないと言ってるなら、そう信じるしかない。
ただ、もし本当に嘘をついていたとしたら……その理由は、自分が大人になってしまったからだ。
「……そっか。ドイツに住んでた女の人から面白い話を聞いたんだけど、……まぁそれはいいや。分かった」
あとは挨拶だけして切ろうと思った。しかし寸でのところで声が掛かる。
『和成。母さんはね……本当にたくさんの赤ちゃんが産まれる瞬間を見てきた。すごく驚いたこともあるし、泣くほど嬉しかったことも、……死にたくなるほど辛かったこともある。赤ちゃんは強いけど、この世界の何よりも弱い存在なの。だからアンタが無事に産まれてくれて本当に幸せだったわ。産まれてきただけで、本当に偉いのよ』
ひとつひとつを、拾い損ねないよう……気付けば真剣に耳を傾けていた。
声が途絶えてしまったことが惜しいとすら感じた。何故だろう。
「何だよ、急に。怖いし恥ずかしい」
『何が恥ずかしいのよ。何で息子っていうのは親の言葉が素直に入らないのかしらね』
「母さんが言うから怖いんだよ。多分、まったく知らない人が言ってたら何とも思わない。良いこと言うナー、とだけ思う」
赤の他人だから。きっと響かずに聞き流してしまうんだ。
母の言うことは偉大だ。良くも悪くも耳に残る。
『そうね……』
母の小さな呟きが聞こえる。
『そのドイツに住んでた人がどんな話をしていたのかは知らないけど。面白かったなら、アンタに子どもができたときに聴かせてやんなさい』




