#3
『あの、以前あそこでピアスを見つけてくださった方ですよね。あの時もちゃんとした御礼ができなかったので……本当に、本当にありがとうございます』
こんな偶然があるなんて、と二人して驚いた。
もう三ヶ月も前になるか。彼女は以前も会った、川沿いでピアスを落とした女性だった。
あの時も具合が悪そうだったけど、あれは妊娠中の体調不良だったようだ。
成り行きとはいえ二度、同じ女性を助けたのはすごい奇跡だ。
『おかげさまで赤ちゃんも元気です。本当にありがとうございました』
あの時は必死だったけど、女性の嬉しそうな声を聞いてほっとした。大袈裟に考えると、ひとつの……いや、二つの命に関わることをしたんだ。
電話を切り、静まり返った自分の部屋で息をつく。
一時間にも満たない出来事だったけど、プレッシャーはすごかった。母はいつもあんな緊迫感の中仕事していたのかと思うと、改めてその偉大さを思い知った。仕事だから自分とは違い、ひとつひとつの作業に重い責任が伸し掛る。
「……」
わずかに迷った末、スマホのアドレス帳を開いた。ま行じゃなくて、その手前。は行の一番先頭にある、“母”と記された電話番号に掛ける。
三コールを過ぎた時に駄目かと思ったが、スマホを耳から離す瞬間声が聞こえた。
『もしもし? 和成、どうしたの?』
母の声だった。慌てて姿勢を正し、スマホを耳に宛てがう。
「あぁ、久しぶり。今忙しい?」
『ううん、ちょうど仕事から帰ってきたところ。久しぶりじゃない、なにかあった?』
「特にはないんだけど……」
大切な用があったわけじゃないので、話題作りに頭をフル回転する。本題に入る前の雑談を交わした。仕事はまあまあ。自炊も真面目にしてる。彼女とは最近別れた。
母はうんうん相槌を打ち、たまにえー、とかまったく……と呆れ返った声を出す。不思議と電話越しでも、母が今浮かべている表情が分かる。こう言ったらこんな反応をするだろうな、ということも。
「あ。……そうだ、この前すごいことあったんだよ」
『すごいこと? なになに』
「帰り道、川沿いで蹲ってる女の人がいてさ。聞いたら陣痛がきてるって言うから、病院まで付き添ったんだ」
『あら! 何それ、偉いじゃない!』




