#8
泉純は馬鹿にしたりすることもなく、小石を掌に乗せてまじまじと眺めている。
「これは……石ですね」
「ね。まったく、何で宝石なんかに見えたんだか」
「和成さん、これを十年以上捨てずに持っていたんですか? ずっと大切に、肌身離さず」
鞄に入れて持ち歩いているから、彼女の言う通りだ。
「何でですかね。やっぱり俺にとっては唯一の思い出だし、人からもらった物ってのは本当だから。御守り代わりに持ってます。面接試験の時とかポケットに入れてると、すごく勇気をもらえたんですよ」
もちろん心の持ちようだと思うけど、この石の存在は大きかった。きっと元カノに言ったら呆れられるか弄られるかで終わっていたこと。けど泉純はその石を大切そうに両手で包み、それから自分の手に握らせてくれた。
「とっておきの秘密、教えてくれてありがとうございます」
火照った世界を冷ますような宵風が吹く。それを知らせるように、泉純の長い髪も揺れた。
「ところで……和成さんは、今幸せですか?」
「え……」
唐突、且つ抽象的な質問をされて困惑する。
「幸せ」ほどアバウトな存在も少ないと思う。不幸でさえなければ幸せだと言う人もいるけど、その線引きは、第三者には決して理解できない。
「幸せ……ですね。多分。彼女にフラれても、仕事で忙殺されても。俺より不幸な人生を送ってる人もたくさんいるだろうし」
そうだ。何でもない日々が幸せ、って耳にたこができるほど定番のキャッチフレーズじゃないか。
しかし彼女は俺の心を見透かしたように微笑んだ。
「本当に? 人と比較する必要はないんですよ。もし仮に比較するのなら、それは過去の自分と、です。十年前の貴方が今の貴方を見たら、幸せな日々を過ごしてる、と思えますか?」
「……」
十年前の自分。働くことなんて想像もできなかった頃。
憧れの生活が何なのかも分かっていなかったと思う。そんな状態で大人の「幸せ」など分かるはずもない。
「幸せ……じゃないにしても、やっぱり不幸ではないと思います」
ネクタイの結び目がやたら苦しく感じた。軽く緩めて前方に向き直る。
隣を見てないのに、泉純はまた笑った気がした。
「それを聞いて安心しました。でももし困ったことがあれば、何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます。……俺も」
駅の改札口で別れた。彼女の後ろ姿が見えなくなるまで馬鹿みたいに突っ立って、似たようなアナウンスを何回も聞いた。




