第9話 交渉
コラボ相手?
何言ってんだ。
一瞬何を提案されているか分からず、言葉に詰まる。
そんな俺に、如月オトメは「どうなの?」と詰め寄ってきた。
「悪くないでしょ、私の配信に出れるのよ?」
「何でそんなこと俺に頼むんだ。俺たちはこれから冒険者になろうとしてる、無名の新人だぞ?」
「言ってるでしょ。あなたたちがバズったって。あなたたちは数字になる。特にあの女の人。あんな派手な異能を使いこなす人は見たことない。きっと私と組めば有名になれるわ」
「別に俺たちは有名になりたい訳じゃねぇよ」
「でも冒険者稼業をやろうとしているということは、何か目的があるんでしょ? アーティファクト? それとも……お金?」
ピクリ、と反応してしまう。
そんな俺の反応を、如月オトメは見逃さなかった。
「お金が必要なのね? それで稼ごうとしてる」
「あんたには関係ないだろ。悪いけど、俺もう行くから」
俺がその場を去ろうとすると「教えて上げようか?」と背後から声をかけられた。
「冒険者としてどうやって活動すれば良いか、まだあんまりわかってないでしょ? 私なら全部教えてあげられる。どんな仕事が稼ぐのに効率が良いのかもね」
「本当か……?」
「もちろん、代わりに私の配信に出てもらう。あなたたちは私の配信に協力するの。そして私はあなたたちに情報を渡す。これでもダンジョン配信者としてはかなりの実績を持ってるからね。冒険者だけじゃなくて、ダンジョンの知識もそれなりに豊富だし。色々と教えてあげられると思うわ。悪い話じゃないでしょ?」
確かに悪い話ではない。
ただ、それより問題は九鬼が世間に知られることの影響だ。
正直俺の顔が割れようがどうでも良いが、九鬼の噂が広まると色々と面倒なことになりそうな気がする。
「すこし考えさせてもらっても良いか? お前の目的は俺じゃなくて九鬼――女の方だろ? なら、俺の一存では決められねぇ。相談してから決めたい」
俺が言うと「それもそうね」と如月オトメは頷いた。
「じゃあ早速、今からあの女の人の家に行きましょ」
「はぁ!? 何でだよ!」
「だってあなた、何だかんだ言って後回しにして話を流す気でしょ? それに私、こう言う話はすぐに決めたい性分なの」
「マジかよ……」
どうやらこっちの魂胆などお見通しらしい。
のらりくらりと躱そうと思ったが、如月オトメの表情は真剣だ。
本気らしい。
……逃げるか?
「言っておくけど、逃げたらどうなるか分かってるわよね? 同じ学部の学生を敵に回したくないでしょ?」
「くそ……」
諦めるしかないみたいだ。
半ば強制的に大学を抜け出すことになった俺は、如月オトメを連れて自宅へと戻る。
講義もサボる羽目になったし、今日は厄日だな。
「近所に住んでいるかと思ったら意外と遠いのね」
「あいつ、俺の家にいるからな」
「同棲してるの!?」
「色々あんだよ、事情が」
電車に乗る間も微妙に周囲から視線を感じた。
俺が大して知らなかっただけで、どうやら如月オトメは相当な有名人らしい。
チャンネル登録者数五百万人は伊達じゃないのだろう。
気を重たくして家に戻ると、九鬼がソファに寝転がりながら映画を見ていた。
自由に出入りしていいとは言ったが、もはや家人よりくつろいでやがる。
「おぉ、アキヒト。帰ったか。早かったのう」
呑気にソファに座ってこちらに手を振る九鬼。
その背後に見えるゲートが視界に入り、何となくカーテンを閉めた。
九鬼の耳は狐耳だし、おまけに和服姿に尻尾まで生えているが。
もはやこれを誤魔化すことは無理だろう。
「どうしたんじゃ、急に」
「ちょっとな。それより、お前に会いたいってやつを連れてきたんだ」
「儂に会いたい?」
「私よ」
俺の後ろからひょこりと如月オトメが顔を出す。
如月オトメを見た九鬼は、目を丸くしていた。
「お主は昨日の……」
「どうも。私は如月オトメ。守森屋くんとは同じ大学なの」
「それは知っておる」
「あなた、昨日もヘンテコなコスプレしてたけど、今日も同じ格好なのね」
「のう、アキヒト。これはどういうことじゃ?」
「実は――」
九鬼にことの経緯を話す。
俺の冒険者業の手助けをする代わりに、彼女の動画に出演する条件を提示されていると。
その話を聞いた九鬼は、何でもなさそうに答えた。
「別に構わんのではないか」
九鬼の言葉に如月オトメは目を輝かせる。
「本当に良いの?」
「構わん。どの道、儂にできるのはダンジョン探索の用心棒だけじゃからのう。冒険者として活動するのには、色々と手続きがいるのじゃろう?」
「まぁそうね」
「ならば、アキヒトには相談役が必要じゃ。それをお主が担うのなら、儂は特に気にはならん」
「あなた、結構話せるじゃない!」
「おい、九鬼」
俺は思わず九鬼の裾を掴む。
「本気かよ? 訳分かんねぇやつらに見られんだぞ」
「それはお主の尺度じゃろう。儂にとって人間など些末な存在。ましてその場にいる訳でもないのじゃろ? 気になる方がどうかしておる」
「そりゃそうだけどよ……」
「コハルもよく一人で奇妙な踊りを踊っておるではないか。この小娘が言っておるのは、いわばあれの延長じゃろ?」
確かにそうだ。
でも俺が気にしているのはそうじゃない。
「アキヒト」
そんな俺の考えを読んだかのように、九鬼が言う。
「お主、儂のことを心配しておるのか?」
図星だった。
九鬼は魔物だ。
それもただの魔物ではなく、人語を解する魔物なのだ。
今はまだその正体を知られていないが、今後如月オトメの配信に登場することになれば必ず魔物であることがバレる。
そうなれば、彼女がどこかの組織に捕まる可能性だってあるのだ。
俺が浮かない顔をしていると、どこか嬉しそうに九鬼は笑みを浮かべた。
「お主は心配性じゃのう。そして優しいやつじゃ。儂を恐れるやつは居ても、気遣うやつはおらん」
「九鬼……」
すると九鬼はそっと俺に耳打ちした。
「ようはその動画とやらに儂が映らなければ良いんじゃろ?」
「そうだな」
「なれば心配するでない」
「本当に大丈夫かよ?」
「儂を誰じゃと思うておる? 九尾の狐の九鬼じゃぞ? 昨日は遅れを取ったが、二度も不覚を取るわけがない」
どう言う意味だ?
俺が怪訝に思っていると、九鬼はニッといたずら小僧のよう悪い顔をした。
「安心せえ。あの小娘に儂を撮影するなぞ不可能じゃ」




