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第30話 オトメの気持ち

「あぁ、よく食ったのう。アキヒトめ、ますます料理の腕を上げておる」


 EDGEでアーティファクトの一件を終えた日の夜。

 風呂でアキヒトが湯を浴びる音を流し聞きしつつ、儂が狐の姿でソファに座っておると、「ねぇ、九鬼ちゃん」とコハルが声をかけてきた。


「どうした、コハル?」


 コハルの表情は浮かない。

 そう言えば、夕食の時もずっと元気がないように見えた。


「ちょっとお兄のことで相談があって。今日のお兄の様子、どう思った?」


「そうじゃのう……」


 目を真っ赤に腫らしながらアーティファクトに触れるアキヒトの姿を思い出す。

 その姿はまるで憑き物が落ちたようにも見えた。

 そんなアキヒトの姿を見るのは初めてじゃった。


「やはりまだ辛そうではあったな。両親と別れを果たしたんじゃ。無理もあるまい」


「私もそう思う。ただ、もう一つ気になったことがあって……」


「ダンジョンに入るのを辞めたことか?」


コハルは頷く。


「お兄はたぶん、本当はダンジョンに潜りたいんだと思う」


 アキヒトが冒険者を辞めると言った時、明らかにコハルの表情は陰っていた。

 何か引っかかっていたのは明白じゃった。

 ただ、儂は少なくともアキヒトからダンジョンに入りたいと聞いたことはない。


「どうしてコハルはアキヒトがダンジョンに潜りたがっていると思うんじゃ?」


「ダンジョンに入ってた時のお兄は、生き生きして見えたから」


「生き生き……?」


「同じだったの。お兄の高校生の頃――ほんの数年前の姿と」


「昔のアキヒトはどんな感じだったんじゃ?」


「高校の頃のお兄はバスケットをする運動部に入ってたの。すごい強豪チームのキャプテンで、全国大会にも出るくらいで……いろんな人に慕われてた」


「活躍しておったんじゃな」


「それだけじゃないの。バスケをしてる時のお兄は、目もキラキラしてて、すごく楽しそうだった。そして、ダンジョンに潜ってる時のお兄は、その時と同じくらい輝いて見えたんだ」


 コハルは儂の隣に座ると、悲しげに目を伏せる。


「お兄はお父さんとお母さんが死んでからずっと我慢してたと思う。きっと、私のために。だから私もちょっとでも力になれないかなって家事を手伝ったし、動画頑張ってたのだってお金になったら良いなって思ったからなんだ」


「いつも妙な踊りを踊っておったのはそれが理由じゃったのか」


「まぁ、楽しいからっていうのもあったけどね。でも、私がこうしてやりたいことができてるのはお兄のおかげなんだ。だからお兄にも、やりたいことをやってほしい。私のせいで我慢してほしくない。確かにダンジョンに潜るのは危険だし、心配だけど……それでお兄の新しい目標や夢がなくなる方がずっと辛い」


 コハルの言葉には迷いがなかった。

 アキヒトが妹を深く思いやっているだけ、コハルもまたアキヒトを思いやっていたのじゃろう。


「絆か……」


 ずっと前に、儂もそんなものを誰かと結んでいた気がする。

 遠く、懐かしく、何故だか温かい記憶。

 その記憶が、儂の中には確かにあった。


 絆を結んだもののために力になりたい。

 コハルの気持ちは、確かに分かる。


「コハルの気持ちは分かった。では、その想いを素直にアキヒトに伝えたらどうじゃ?」


「言ってもお兄は認めないと思うんだよね。頑固だから、一度決めたら曲げないと言うか。誤魔化すって決めたのなら、きっと最後まで嘘をつき通してしまうと思うの」


「ふむ、確かにのう。手がかかるやつじゃ。あの頭の硬い頑固者から本音を引き出すには、対等に話せる相手が必要じゃろう」


「それで、九鬼ちゃんならお兄と話せないかなって思って……」


「ふむ、儂がその役をやっても良いがのう。今のあやつに必要なのは、儂のような聞き役ではなく、少し強引な話し役の方が良い気がするな」


 そこまで考えてピンときた。


「適任がおるな」


「適任?」


「うむ」


 儂はニッと笑みを浮かべた。




 ***




「はぁ……」


 大学の食堂にて。

 私は手に持ったスマホを眺めていた。

 何度も連絡用のメッセージアプリを起動しては閉じるを繰り返している。

 連絡をすべきかどうか悩んでいた。


「ちょっとくらい経過報告して来なさいよね……」


 文句を言ったところで連絡が来ないのは分かっているのだが、この私――如月オトメをやきもきさせること自体が罪だということを彼には知ってほしい。


 守森屋アキヒト。

 私の大学の同級生だ。

 色々あって私のダンジョン配信の手伝いをしてもらっている。

 彼が絡むダンジョン配信は色々と鮮烈で、彼を組んで撮影をすると不思議と話題性が高まる。

 正直言うと、何でも自分でこなしてしまうこの私が割と頼ってしまう程度には頼りになる人だ。


 でもこのところ、彼と連絡する機会がめっきり減っていた。

 気が付いたら守森屋くんとのやり取りを読み返している。


 いや、気になっているとかそういう訳ではないのだが。

 何と言うか、ふと連絡が来ないかなとか、今何してるのかなとか、面倒な思考が挟まってくるから仕方なくスマホを開くのだ。


 やり取りを読み返してみると、いつも私からばかり連絡を入れている。

 その点も気に食わない。

 この私から連絡が来ることがどれだけ光栄なことかを彼には自覚して欲しい。


 どうでも良い人からの連絡はしつこく来るくせに、本当に必要な人からの連絡が来ないのは何故なんだろう。


「はぁ……」


 気がつけば、小さなため息が漏れる。


 先日、ダンジョンの三層で回収したアーティファクトがどうなったのかを私は知らない。

 EDGEに預けて解析してもらうと言ってそれっきりだ。


 守森屋くんは両親を蘇生するためにアーティファクトを探し続けた。

 そして、その可能性を秘めた目的の代物をようやく手にしたのだ。

 果たしてお父さんとお母さんを取り戻せたのだろうか。

 気になる。


 それだけじゃない。

 私が今計画していることについても彼には相談に乗ってもらわねばならない。

 なのにここ数日は、なかなか守森屋くんと会う機会が得られずにいた。


「連絡入れようかしら……」


 スマホを操作する手をふと止める。

 いや、毎回私から連絡を入れているし、あんまり連絡入れるとしつこいか?

 普段こんなこと気にするはずないのに、妙に気にしてしまう。


「彼は今大変そうだし……変に連絡入れるのも悪いかな。うん、そう。遠慮心あるから悩んでるの。別に怖気づいたとかじゃない」


 誰にでもなく言い訳じみた独り言を述べてしまう。

 こんな風に独り言を呟くようになってしまったのも、元を正せば全部彼の責任だ。

 文句でも言わないと気が済まないなと思っていると、外の様子が妙に騒がしいことに気が付いた。

 私は気になって窓から外を眺める。


「げっ……」


 大学の広場に目立つコスプレをした女性が立っていた。

 狐の耳、九本の尻尾、そして花魁のように肌蹴はだけた和服姿。

 かなり見覚えのある――というか見間違えようのない人物が窓の外に見える。


 私は慌てて食堂を出ると、その人の元へ走っていった。

 かなり目立っており人だかりができている。


「お主ら、如月を知っておるかのう?」


「如月って、如月オトメさん?」


「おぉ、やっぱり有名じゃったか」


 集まった学生と話す九鬼さんの元に近づく。


「九鬼さん! 何やってんのこんなとこで!」


 私が声をかけると「おお、如月!」といつになく嬉しそうな顔で九鬼さんが私を視認する。

 私は彼女の手を掴むと、その場を歩き去った。


「どこに行くんじゃ?」


「人がいないとこ! ここじゃマズいでしょ!」


 大学構内の空き教室に入る。

 一息ついた私は、ギロリと彼女を睨んだ。


「あなた魔物でしょ!? こんなに人目がつくとこ来てんじゃないわよ!」


「大丈夫じゃ、ここまでは狐の姿で来たからの。さほど目立っておらん」


「そういう話をしてるんじゃない!」


 ため息が漏れる。


「……何しにここに来たのよ」


「お主を探しておったんじゃ」


「私を?」


「アキヒトについて、妹のコハルから相談を持ちかけられてのう」


 詳しい話を聞かされる。

 あの日、ダンジョンから持ち帰ったのが『回帰』のアーティファクトだったこと。

 アーティファクトを使った守森屋くんが両親の死を受け入れたこと。


 話を聞き終えた私は、呆然としていた。

 九鬼さんは淡々と話し続ける。


「アキヒトはダンジョンに潜るのをやめると言っておった。でもそれはどうも本心では無いようじゃ」


「で、それを私に言ってどうするのよ」


「お主に説得してもらおうと思ったんじゃ。儂より立場が近いお主の言葉の方が、今のあやつには届く気がしてのう」


「何で私が……。大体、本人がダンジョンには入らないって言ってるのに、私が何か言っても届かない気がするけど」


「普段は強気なくせに、ずいぶん弱腰じゃのう。本当にお主はそれで良いのか?」


「えっ?」


「お主も、アキヒトにはダンジョンに潜ってもらわねば困るのではないか?」


「な……ど、どういう意味よ」


 鋭い九鬼さんの指摘に思わず言葉が詰まる。

 そんな私の様子を、彼女は見逃さない。


「そのままの意味じゃ。アキヒトがダンジョンに入らねば、お主は学び舎でしか繋がりが無くなる。好きな男との共通点は少しでも多い方が良いじゃろ」


「勝手に好きとか言ってるんじゃないわよ!」


「隠すでない。もはやバレバレじゃ」


「うぐぐぐぐ……」


 私は拳を握りしめ、歯ぎしりする。

 私が守森屋くんを好き?

 そんなことあるはずない。

 私はあの如月オトメなのだから。

 惚れられることがあっても、惚れることがあるはずない。

 守森屋くんに関しては……ちょっと連絡が来ないと気になったり、たまに顔を見たくなるだけだ。


 ただ、彼がダンジョンに潜らなくなると困るというのは事実だった。

 私が考えている計画には、彼が必要だったから。

 このまま彼が冒険者を辞めてしまっては困る。


「アキヒトには今、強引に手を引いてでも巻き込むやつが必要じゃ。儂にはあやつをダンジョンに連れて行く動機がない」


「それでわざわざ私を訪ねてきたって訳? あなた、案外面倒見良いのね……」


「儂はアキヒトの相棒じゃからな。それにあやつがダンジョンに入ってくれた方が、儂も活躍できて良い」


 何だそれは。

 でも実際、守森屋くんと九鬼さんがセットでダンジョンに潜ってくれる方が私にとっても好都合ではある。


 いや、でもそれ以前に。

 このまま何もせずに居るのは、如月オトメの名が廃る気がした。


「仕方ないわね……」


 私は静かに深呼吸すると、通話ボタンに手を伸ばす。


「惚れた男のためにようやく決心がついたか」


「黙りなさい」


 私が電話に耳を当てると、数コールもしないうちに相手が電話に出た。

 久しぶりに耳にするその声に心なしか胸が弾んだけれど。

 そんな気持ちは認めない。

 認めてなるものですか。


「もしもし、話があるんだけど――」

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