第29話 前を向くために
気が付いたら俺はEDGE支部の、あの大きな部屋に立っていた。
俺の眼の前には机の上に乗ったアーティファクトが存在している。
先程まで白く輝いていたアーティファクトからは、すっかり光が失われていた。
「ここは……戻ってきたのか?」
何が起こったのか分からず呟く。
アーティファクトの力で過去に行ったと思った。
でもそれは、全部幻だったのだろうか。
俺の頬からは、壊れたように涙が流れ続けていた。
「終わったか、アキヒト」
振り返ると、どこか悲しげな顔で九鬼が立っていた。
コハルや時雨さん、ウィールも傍にいる。
「うぅ……お兄……」
コハルも目に大粒の涙を浮かべ、泣いている俺の胸元に飛び込んできた。
俺はその体を受け止める。
「どう……なったんだ? 俺、確かに親父とお袋を助けたのに」
「分かりません。アキヒトさんがアーティファクトを発動させた時、ここと上の階が光に包まれ、アーティファクトの生み出した空間に呑まれたようです。ただ、生み出された世界には私たちは存在せず、私もアキヒトさんと同じ光景を目にしていました。アキヒトさんが過去に戻って、ご両親を助ける姿を」
「じゃあ、どうして親父たちは消えちまったんですか……」
「きっと、アーティファクトが与えたのは、お父さんとお母さんとお別れする時間だったから」
俺の疑問に答えてくれたのは、ウィールだった。
「貴様の心にあったのは、両親を生き返らせることじゃなかった。助けられなかった後悔と、そしてお別れをしたいという願いだった。もう一度両親と話す時間を、アーティファクトは与えてくれた」
「違う! 俺は親父とお袋が生き返ることを望んだはずだ! そして、もう一度家族四人で暮らすことを願ったんだ……」
そこまで言って、俺は言葉を呑み込んだ。
果たして本当にそうだっただろうか。
もちろん、親父とお袋が生き返ってくれたらこれ以上嬉しいことはない。
でも俺は、本当にそれを願ってアーティファクトに触れることができたのか?
すると九鬼が俺の前に立った。
「アキヒト、本当はお主も分かっておるじゃろう? 自分がもう、両親の死を受け入れていることに」
「何でそんなこと分かんだよ」
「分かる。儂はお主の相棒じゃ。お主は心も、魂も強い。どんな時にも恐れず、自分には手に負えぬ困難を前にしても考え、対処する。両親が死んでからそれほど時間が経っておらぬのに、お主はずっと先のことを見据えて動いておった。お主はコハルと共に生きることに目を向けていたんじゃ。両親のことを心残りにしていても、二人が死んだことは受け入れていたはずじゃ」
「だからアーティファクトは、俺の中から後悔を消すために事故の現場に立ち会わせ、最後に親父とお袋と話す時間を与えてくれたってのか……」
何だよそれ。
じゃあ俺は、一体何のために頑張ったんだ。
俺は拳を握りしめる。
握った手は震えていた。
その様子を見て「アキヒトさん」と時雨さんが声をかけてくる。
「諦めるのはまだ早計です。今回は残念ながら不発に終わりましたが……『蘇生』のアーティファクトが無いと決まったわけではありません。これからも探索を続ければ、見つかる可能性もあります」
「お兄、どうするの……?」
「俺は……」
自分の胸に手を当てる。
不思議なことに、俺の中にあった両親へのシコリはすっかり消えていた。
それはきっと、ずっと知りたかった両親の気持ちを知ることができたからかもしれない。
親父とお袋は俺とコハルを誇りだと言ってくれた。
そして、前を向いて歩けと伝えてくれた。
だとすれば、俺がやるべきなのは……。
俺は顔を上げ、コハルの肩に手を置く。
「『蘇生』のアーティファクトは諦めようと思います」
「本当に良いんですか?」
「はい。これ以上、コハルに心配かけたくないですから。これからは冒険者も辞めて、普通に暮らそうと思います」
「そうですか。残念ですが、それがアキヒトさんの選択なら、私は尊重したいと思います」
俺はぐっと伸びをすると、出口へと向かう。
「帰ろうぜ。ウィールはまだ連れて帰れないんですよね?」
「あと数日後は調査に協力してもらおうかと思います。その後、アキヒトさんのご自宅にお送りできるかと」
「分かりました。じゃあ、またな、ウィール」
「うん、バイバイ」
俺が歩き出すと、「アキヒトさん」と時雨さんは声をかけてくる。
「もし私の力を必要としてくれるなら、またいつでもご連絡ください。私で良ければ、いつでも力になりますから」
「……ありがとうございます」
俺は時雨さんに一礼すると、その場を後にした。
EDGEの支部を出た俺たちは帰路につく。
妙な沈黙が立ち込めており、すこしだけ空気が重い。
「のうアキヒト。お主はこれからどうするつもりじゃ?」
「どうって、何がだよ」
「ダンジョンじゃよ。もう潜らんのか?」
「うーん、そうだな。危ないことばっかやってコハルにも心配かけたし、今回の件で多額の報酬ももらえたからな。普通のバイトをしようかなって思うよ。カフェのバイトとかはまだ辞めてねぇしな」
「なら儂はどうなる? ダンジョン以外に手伝えることなぞないぞ」
「何もしなくても家にいたら良いじゃねぇか。お前が居ると賑やかで助かる」
「儂の美貌それ自体に価値があるということか」
「そういうことにしといてくれ」
するとコハルが不意にピタリと足を止めた。
俺は思わず振り返る。
「お兄、本当にそれで良いの?」
「何がだよ」
「本当は冒険者、続けたいんでしょ?」
「それは……」
黙る俺を、コハルは切実な目で見てくる。
そんな彼女を心配させないよう、俺は無理やり笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ。心配すんなって。余計なこと考えんな。そんなことより飯にしようぜ」
「うん……」
「儂、甘いものが食べたいのじゃ」
帰宅する間も、コハルはずっと浮かない顔をしていた。




