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第28話 別離

 車に乗って家を出た。

 車内では軽快な音楽が流れている。

 少し前に流行ったJPOPだった。


 親父が運転し、助手席がお袋。

 俺とコハルは後部座席から流れていく景色を眺める。

 隣に座るコハルは、何だか期限が良さそうだ。


「おじいちゃんの家行ったら動画撮るんだー。お兄も撮影手伝ってよね」


「えっ? あぁ……」


「おじいちゃんのところ、今年も温泉入れるかしら」


「入れるんじゃないか。閉めたって話は聞いてないから」


「お義兄さんはどうするって?」


「家族で来るって話してたな」


「良かった。今年も賑やかになりそうねぇ」


 親父とお袋の会話が聞こえてくる。

 俺たちが向かっているのは父方の祖父の家だ。

 長野の温泉街近くに存在しており、かなり景色が良い。


 そう言えば毎年帰省する度に家族で温泉に入ってたな。

 そんな当たり前のことが、たった二年で遠くなっていたことに今さら気が付いた。


 でも大丈夫だ。

 今日で全部取り戻す。

 取り戻してみせる。


 俺は手を握りしめ、体の感覚を確かめた。

 アーティファクトの力は、確かに俺の中に残っている。

 精神だけ過去に戻ったと言うより、体ごと戻された感じなのだろうか。

 いずれにせよ、今の俺にとっては都合が良い話だ。


 これは異能を使うようになってから気づいたことだが、ダンジョン外では魔力があまり回復しない。

 正確には回復はするのだが、かなりゆっくりしか回復しないのだ。

 魔力が切れれば当然異能を発動させることはできない。

 頭が疲れたような感覚になるので、何となく魔力が切れたのは体感的に分かる。


 ダンジョン内ではほぼ無尽蔵に異能を使うことができるが、ダンジョンの外では違う。

 恐らく魔力の供給より消費される方が大きくなるのだろう。

 九鬼がよく魔力切れを起こして本来の狐の姿に戻ってしまうのもそのためだ。


 事故を回避するためには異能が不可欠だ。

 だからなるべく無駄遣いはせず、力の使い所を考えなければならない。

 恐らく『剛力』『鉄壁』『遅延』の異能をまとめて発動せねばならなくなるだろう。

 すぐに魔力切れになる可能性がある。

 勝負は一度限りだ。


「お兄、どうしたの? ずっと黙り込んで。顔も何か怖いよ?」


「ん? あぁ。何でもねぇよ。顔は元々だ」


「確かにそうだね」


「否定しろよ」


 自分で言ってて悲しくなる。

 するとコハルは呆れたようにため息を吐いた。


「もー、そんなに受験勉強しないと不安なの? あんなに勉強してたじゃん」


「受験生なんてそんなもんだよ。俺が勉強してない間、周りも勉強してるからな」


「真面目だなぁ」


「言っとくけどお前も来年受験だからな?」


「私は学校の成績いいから推薦使うもーん」


 適当な会話をしていると、助手席のお袋がこちらを振り返った。


「それにしても、アキヒトが急に自分も行くなんて言うの珍しいわね? お母さん嬉しくなっちゃった」


「大げさだろ」


「でもいっつも一回決めたら曲げないじゃない。頑固なんだから」


 さすが母親だな。

 しっかり見通されている。


「どの誰に似たんでしょうね」とお袋が言うと親父がハハハと快活に笑った。


「ははは、母さんそっくりだなぁ」


「今何か言った?」


「何も言ってないです」


 下らない夫婦のやり取りをしている両親を見ていると、フッと笑みがこぼれた。


「別に、ずっと勉強してたから年末年始くらいゆっくりしようと思っただけだよ」


「ふぅん? まぁ良いけど。やっぱり年末年始は家族で過ごさないとね」


 しばらく車が走るとやがて高速に入った。

 長いトンネルを抜け、地面に氷が見え始める。


「ここらへん凍結してるな。安全運転で行くか」


「気をつけてね」


「横のトラックがちょっと怖いな」


 すると、先程までは姿が見えなかったのに急にトラックが追い越し車線に現れた。

 そのトラックには見覚えがあり、俺はギュッと手を握りしめる。

 額に汗が伝う。


 これだ。

 このあと、スピードを落とさなかったトラックが倒れ追い越し車線で倒れ、車の前側を押しつぶすんだ。

 事故現場の写真は見たことがあるからよく覚えている。


 ここまで来る前に、事前にパーキングエリアでトイレ休憩を取らせてもらっていた。

 事故の時間はずらしたはずだが、無駄だったらしい。


 何となく戻ってきた時から感じていた。

 起こった事実に帰結するように物事が流れているんじゃないか、と。

 俺がどれだけ過程をずらそうが細かな修正がされてしまう。

 運命にも似た何か大きな力が働いているのかもしれない。


「親父、もっとトラックと離れた方が良いんじゃない。もし倒れてきたら巻き込まれるかもだし」


「あまりスピードを落としすぎると後ろが詰まっちゃうからなぁ。でも確かにもう少しスピード落とすかぁ」


 親父が車の速度を落とすも、中々トラックとの距離が開かない。

 状況が良くなったようには見えなかった。

 後続の車両も詰まっているからこれ以上速度は落とせなさそうだ。


 その時だった。

 トラックが不意にぐらつき始めたのは。


 心臓が高鳴り、ほぼ反射で体が動いた。


『剛力』の異能を使って拳で窓ガラスを破り、『鉄壁』の異能で体ごと外に飛び出す。

『遅延』を使って周囲に目を向けると、トラックがスリップして荷台が傾いているのが分かった。


 俺は外へ飛び出し、車の上に立つ。

 ほぼ同時に車を押しつぶそうと荷台が伸し掛かってきた。

 全身全霊の力を使って両手で受け止める。


 アーティファクトの異能を使ってもなお潰されそうになるほどの重圧が全身を襲った。

 車がへこみ、思わず押しつぶされそうになるのを『鉄壁』と『剛力』の異能で限界まで耐える。


「うわっ!」


「きゃあ!」


 親父たちの悲鳴が上がった。

 耐えろ。

 ここで俺が潰れたら、皆死んじまう。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 獣にも似た雄叫びを俺は上げた。

 ミシミシと骨が軋み、全身の筋肉から血管が浮かび上がる。

 鼻血が出て、食いしばった歯は今にも割れそうだった。


「どけえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 叫び声とともに俺は全力でトラックの荷台を投げ飛ばした。

 荷台が投げ飛ばされたトラックは転倒し、そのままガードレールへと衝突する。

 それと同時に俺たちの車も大きくスリップし壁へとぶつかった。

 その反動で俺は大きく弾き飛ばされる。


 凄まじい速度の地面に打ち付けられ、転がった。

 頭を抱えて体を丸め、なるべくダメージを最小限に抑えるようにする。

 ようやく静止した時には、何メートルも転がった後だった。


 呼吸が荒い。

 呆然として天を仰ぐと、驚くほど青い空が広がっていた。

 心臓が激しく脈打っている。


「生きてる……」


 自分の身体の色んな部分を確かめるように触った。

 腕や足が吹っ飛んだのではないかと思ったが、幸いにも全身無事みたいだ。

 本来なら死んでいてもおかしくない状況のはずなのだが。

 俺の体は奇跡的に傷一つついていなかった。

『鉄壁』の異能が俺の体を守ってくれたのだろうか。


 不思議に思い、すぐにハッとする。

 そう言えば親父たちはどうなった?

 車、壁にぶつかってたよな。


 俺が体を起こすと、ちょうど車から親父とお袋が出てくるのが目に入った。

 二人は慌てた様子で俺の元へと駆け寄ってくる。

 車の破損は大したことなさそうだった。


「アキヒト! 無事か!?」


「何が起こったの? すぐ病院呼ぶからね!」


 親父とお袋が俺を取り囲む。

 怪我はなさそうだ。

 その姿を見て、思わず「はは……」と笑みがこぼれ落ちる。


 二人とも無事だ。

 幻じゃない。

 俺は、守れたんだ。


「良かった……無事で」


 俺は親父とお袋を抱きしめる。

 嬉しくて涙が溢れてきた。

 ずっと取り戻したいと思ってた結末を、俺は手にできたんだ。


 一瞬だけ、九鬼のことが脳裏をよぎる。

 何度も助けてくれた、俺の相棒のことを。

 俺は過去を変えることができた。

 だとしたら、また未来であいつと会うことができるのだろうか。


 ふと、車の中で座るコハルの姿が目に入った。

 そこで違和感を抱く。

 コハルは車に乗り、目を見開いたまま微動だにもしていなかった。

 まるで事故を目前にして時間が止まったかのように。


 よく見ると、あれだけの事故があったのに何の物音もしていない。

 静かだ。

 静かすぎる。


 周囲を見渡すと、反対車線を走っている車が全て止まっていることに気が付いた。

 空中で落ちている途中の葉っぱも静止している。

 飛んでいる鳥も羽を広げたまま動かない。


 世界が静止していた。


 いや、そもそもあれだけ無茶したのに俺の体に傷一つついてないのもおかしくねぇか?

 少なくとも服はもっとボロボロになってるはずだろ。

 明らかに、何かがおかしい。


 もし世界が止まっているとしたら。

 何で親父たちは普通に動けているんだ。

 俺は恐る恐る、二人の方へ目を向ける。


 親父とお袋は、どこか悲しそうな笑みで俺を見つめていた。


「すまないアキヒト、時間みたいだ」


 親父が言うと、親父の向こう側に景色が透けて見えた。

 体が半透明になっていた。


「お母さん嬉しいわ。アキヒトがこんなに格好良い男の子になって」


 お袋も同じだった。

 少しずつ体が光に包まれている。


 よく見ると周囲の景色も、転倒したトラックも、何もかもが同じだった。

 光に包まれ始め、そして泡になっている。

 消えようとしているんだ。


 それは、夢の終わりを俺に想起させた。


「嘘だろ……親父、お袋」


 俺は言う。


「俺、変えたんだよ。救ったんだよ! なぁ、そうだろ!? 消えるとか言わないでくれよ! 頼むよ!」


 叫ぶ俺を見て、親父はそっと首を振った。


「ごめんな、アキヒト。父さんたち、もう行かなきゃいけないみたいだ」


「助けようとしてくれて嬉しかった。コハルをお願いね」


「何言ってんだよ……」


 親父とお袋は、俺が何をしていたのか理解しているようだった。

 まるで映画の中の世界に一緒に入ったかのようだ。

 決められた役を演じ、そして終幕を迎える共に現実へと戻っていく。


 俺がいたのは、アーティファクトが見せた仮想の空間だったのか。


「嫌だ……嫌だよ! なぁ、俺大学に受かったんだ。家事もできるようになったし、コハルも結構料理上手くなったんだぜ? 時雨さんから親父とお袋の仕事についても聞いた。会わせたいやつもいるんだ。変な喋り方だけど、すげぇ良いやつでさ。まだ、いっぱい話したいことがあるんだ。助けただろ!? 戻ってきてくれよ!」


 俺は必死になって叫ぶ。

 そんな俺を、親父とお袋は優しく抱きしめた。


「アキヒト。お前にはたくさん苦労かけるな。お前は父さんたちの誇りだ」


「あなたは前向きで強い子だから、ちゃんと顔を上げて生きていってね。お母さんもお父さんも、いつも見守っているから」


「そんな言葉いらねぇ! 戻ってきてくれよ! 一緒に居てくれるだけでいいんだ!」


 俺は泣きながら懇願した。

 でもその言葉は、きっと無駄だった。

 親父たちが光に包まれ、徐々に体が泡となって消えていく。

 アーティファクトの見せた仮想の世界が終わろうとしている。


「お前は大丈夫だ。父さんと母さんが死んだことも、必ず乗り越えられる」


「私たちにとってあなたとコハルは宝物よ。いつまでも愛してるわ」


 親父たちが消えていく。

 留めようと伸ばした手は、虚しく空を切った。


「行かないでくれ! 父さん、母さん!」


 そう叫ぶと同時に視界が光に包まれた。

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