第27話 回帰
さっきまで確かにEDGE支部にいたのに、何で俺は自宅にいるんだ?
九鬼やコハルたちはどうなった?
状況が分からず呆然とする。
すると「お兄」と背後から声をかけられる。
振り返るとコハルがリビングから顔を出していた。
「何やってんの、そんなところで。寒くない?」
「コハル……。俺どうなった? EDGEは? 時雨さんや九鬼たちはどこにいる?」
しかし俺の問いに「何変なこと言ってんの」と彼女は首を傾げた。
「それよりもうすぐ私たち出るよ。お兄は本当に残るの?」
「出るって、どこに?」
「どこって、おじいちゃんの家に決まってるじゃん」
「じいちゃんの家?」
「この時期におじいちゃんの家に行くの、毎年恒例じゃん。お兄はこっち残るんでしょ? 受験勉強頑張んなよね」
何の話してるんだよ。
じいちゃんの家に行く習慣は、親父とお袋が死んでから無くなったはずだ。
意味が分からないでいるとコハルの背後から「何騒いでるんだ、二人とも」と声がした。
聞き覚えのある懐かしい声。
そこで姿を見せた人物に、俺は一瞬呼吸するのを忘れた。
「アキヒト、どうしたんだ。庭なんかに出て。しかも裸足じゃないか」
「あら、アキヒト。何やってるの? 風邪引くわよ?」
「親父……お袋……」
信じられなかった。
死んだはずの二人が生きている。
もう一度会いたいと何度も思っていた二人が、眼の前で何事もなかったかのように俺を見つめていた。
そうか。
そこで気がつく。
アーティファクトが、俺の大切なものを取り戻してくれたんだ。
親父と、お袋を蘇らせてくれた。
「良かった、本当に良かった……」
目頭が熱くなり、思わず声が震えた。
そんな俺を見て皆が怪訝な顔をしている。
「嘘、もしかしてお兄、泣いてるの?」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「受験疲れかしら……」
心配そうにする三人を見て、俺は涙を拭うと思わず笑った。
「ごめん、何でもない」
家に上がると「足の裏洗ってきなさい」と言われ、風呂に向かう。
足についた汚れをお湯で落とし、ふと思った。
そう言えば、時雨さんや九鬼やウィールたちはどうしたんだろう。
風呂から出て慌てて姿を探すも、当たり前のように姿も気配もなかった。
と言うより、庭にあるはずのゲートもない。
まるで最初から存在がなかったかのように姿を消していた。
妙だ、と思った。
ふと思い立ち、スマホに目を落とす。
よく見ると今使っているものとモデルが違っていた。
だいぶ前に使っていた旧型のタイプだ。
連絡アプリを起動すると、時雨さんだけでなく如月や氷室の連絡先も消えていた。
親父とお袋が生き返ったことで世界が変わっちまったのだろうか?
いや、それ以前に何だか様子がおかしい。
家具の位置も違えば、肌寒く季節の違いも感じる。
そこで壁にかけられたカレンダーがふと目に入った。
六月だったのに、何故か十二月が開かれている。
というよりも、これは――
「二年前だ……」
カレンダーに書かれた年月は、二年前の十二月だった。
十二月三十日に赤丸がつけられており、じいちゃんの家に向かうことが記されている。
二年前の十二月三十日は、親父とお袋の命日だ
そしてスマホで確認して確信する。
間違いなく今日こそが二年前の十二月三十日なのだと。
さっき、コハルは何て言っていた?
じいちゃんの家に行くって言ってなかったか?
そこで正確な現状を把握し、全身に鳥肌が立つ。
俺は、親父とお袋を蘇らせたんじゃない。
アーティファクトの力で親父たちが死ぬ当日に戻ってきたんだ。
――それは……失われたものを取り戻す箱。
――失われたもの……?
――消えてしまったものを取り戻す力が、その箱にはある。
ウィールの言葉が思い起こされる。
もしアーティファクトが俺に与えてくれたのが、もう一度やり直せるチャンスなのだとしたら。
俺は、今度こそ守らなきゃならないんだ。
大切な家族の命を。
「アキヒト、本当に大丈夫か?」
リビングで突っ立っている俺を、親父が心配そうに覗き込んでくる。
「なぁ、親父」
「どうした?」
「今日、じいちゃんち行くんだよな」
「あぁ。前々から話してたろう」
「あのさ、やっぱり止めとかね? 雪降るとかでかなり道が悪いらしいんだ。渋滞もヤバいらしいし」
「何だ急に。自分が行けないからって拗ねてないか」
「そんな訳ないだろ」
「だいたい、止めるって言っても、もう行くって言ってあるしなぁ」
何とか止められればと思ったが、親父の返事は煮えきらない。
すでに家を出る準備も終えているようだったし、そもそも何日も前から計画していたはずだ。
そう簡単に中止させることはできないだろう。
「じゃ、じゃあさ、せめて日付ずらそうぜ! それか、新幹線にするとか!」
「今から三人分の席を取るのは無理だろう。日付をずらすって言っても、大晦日に出たら着くのも夜になるしなぁ」
「どうしたの、あなた?」
「いや、どうも交通の便が悪いらしくてな。雪が降るみたいなんだ。日付ずらしたらどうだってアキヒトが」
するとコハルが「えー?」と声を出す。
「でもさっきテレビで今年は今日は全国的に快晴って言ってたよ? 渋滞もしてるみたいだけど、そんなにだったし」
「何だ、大丈夫じゃないか」
「あ……いや……」
くそ、やっぱり止められねぇか。
親父とお袋が死んだ日は天気が良かった。
ただ、実際は気温が低く、途中で道路が凍っていてトラックがスリップしたって聞いている。
ただ、そんな現場に行かないと分からないようなことを今この場で説得するのは難しいのかもしれない。
「なぁ、頼むよ。せめて一日遅らせようぜ。事故に遭ったらどうすんだよ!」
「何だお前、そんな必死になって」
「必死になって悪いかよ! 俺は家族を心配してんだぞ!」
「大げさなやつだなぁ。あ、ひょっとして寂しいんだろぉ? 高校三年にもなって、可愛いやつだ」
「そんなんじゃねぇよ……」
いっそのこと俺が未来から来たって明かすか?
この時代は既にダンジョンが発生しているし、親父たちもEDGEの前身となる組織に所属しているはずだ。
アーティファクトの研究をしていた親父なら、俺がアーティファクトの力を使って戻ってきたと伝えても信じてくれるかもしれない。
あまり現実的でないが、やれることは全部やらないと。
どう説明しようかと考えていると、不意にコハルが何か思いついたように手をパンと叩いた。
「寂しいなら、やっぱお兄も来たら良いじゃん。おじいちゃんの家で勉強したら良いんだよ!」
コハルの提案に「良いわね」とお袋も賛同する。
「アキヒトも行きましょう。模試でも良い結果出てたし、きっと大丈夫よ」
「そうだそうだ。年末年始は家族で過ごさないとな。万一浪人しても大丈夫だぞぉ。父さんと母さん、こう見えてもしっかり稼いでるからなぁ」
「受験生にかける言葉じゃねぇだろ」
親父とお袋の受験に対する危機意識のなさに震える。
そう言えばこんな緩い感じだったな。
だから自主的にこっちに残らないとダメだって思ったんだ。
でも、そうか。
俺が一緒に行くことで、何か変えられることがあるんじゃないか?
例えばパーキングエリアでわざと時間を潰して事故の時間をずらすとか。
いや、待てよ――
ふと思いつき、意識を集中してみる。
すると、今まで見ていた世界の流れが途端に遅くなるのが分かった。
そこで俺は確信する。
使える……!
『異能』は俺の中にあるんだ。
アーティファクトの力は消えてない。
たぶんそんなに長くは無理だろうけど、この状態ならあるいは――
俺は親父に向き直る。
「分かった。やっぱり俺もじいちゃんの家に行く。すぐ準備するから、連れて行ってくれ」
「お? ようやくその気になったか」
「お兄も行くの? やったぁ。向こうでいっぱい遊ぼうね」
「おじいちゃんの家の近くに美味しいお蕎麦屋さんがあるのよねぇ。今年も温泉入って、皆で年越しそばを食べましょう」
「よぉし、年末年始も遊び倒すぞぉ」
「おー!」
「あの、俺、一応向こうでも勉強するつもりなんだけど……」
俺は自分の拳をジッと見つめた。
俺が手にした異能さえあれば。
事故を回避できるかもしれない。




