第26話 神様のお墓
「神様って、どういうことだよ」
ウィールの口にした言葉に、一瞬聞き間違いかと思った。
だが真剣な彼女の様子を見て、ふざけているわけでも聞き間違いでもないのだと知る。
ウィールは淡々と語った。
「そのままの意味。私は昔、女神として人と暮らしてたみたい。たくさんの人に知恵を授けて、大切なことを教えていた」
「ただの夢じゃないのか、それ」
「違うと思う。すごくリアルだったから。あれは夢というより……記憶だった」
「分かんねぇけど、じゃあ何でその『神様』が悪魔の姿でダンジョンにいんだよ」
「それは……知らない」
あまりに突拍子もない話だ。
それに何の根拠もない。
ウィールは子供だから、自分を大きく見せようとしているだけなんじゃないか。
俺が内心そんなことを思っていると、横にいた九鬼が浮かない顔をしていた。
小さく「神様……」と呟いている。
「どうしたんだよ九鬼。まさかお前も、自分が神様だったなんて言い出さないよな?」
「もしそうじゃとしたら、お主はどうする?」
「えっ?」
九鬼は真剣な表情を浮かべる。
「儂も時折、夢を見る。夢の中で儂は人間と暮らしており、そして人間は儂に供物を捧げていた。夢の中で儂は、皆に『神様』と呼ばれておった」
「何だそれ……。お前もウィールも神様を自称するのかよ」
「自称するつもりはない。儂はただ、自分が見たことを述べておるだけじゃ。最初にアキヒトと出会った時、どこかで見覚えのある顔じゃと思った。それはきっと、儂が人間と暮らしていた時の記憶が理由じゃ。儂は、お主によく似た人間と共に過ごしていた。そやつはお主と同じように儂の目を真っ直ぐ見て、儂を恐れなかった」
「だからお前は、俺のことを一目で気に入ったってのか?」
「それが全てではないが、発端になったことは確かじゃろう。少なくとも、もう一度会いたいと思う程度には興味を持った」
初めて九鬼に会った時、妙に俺を気にかけてくれることに疑問を持った。
あれは、俺と昔の縁者とやらを重ねて見ていたからかもしれない。
でも、それならますます分からなくなる。
ウィールも九鬼が、元神様だって?
もしそれが本当だとしたら、ダンジョンはまるで――
「神様のお墓……みたいですね」
俺が思っていたことを、時雨さんが代弁した。
「お二人の話はとても興味深いです。ダンジョンに神話生物に類似した魔物が多いことと何か関係があるのかもしれません。神様が集められたのがダンジョンであり、そして神様の世界にあった宝物がアーティファクトだとしたら。……荒唐無稽ですが、何だか納得できるような気もしますね」
もしそれが本当なら、俺たち冒険者は魔物を殺しているつもりで、実は神様を殺し続けてたことになる。
「ただ」と彼女は続ける。
「いずれにせよ、今の段階では決定的なことは言えそうにありません。それに今日の本題はそこではありません。色々とお話しましたが、今日の本題はこのアーティファクトをアキヒトさんに実際に使用していただくことにあります」
「そう、ですよね」
「しかしながら、どんな影響があるか分かりません。先ほどもお伝えしたように、このアーティファクトには凄まじい力が秘められています。このような広い場所を用意したのもそのためです」
時雨さんは何かを確かめるように、俺の顔をジッと見つめた。
「アキヒトさん。このアーティファクトはあなたのご両親を――トウマさんとスズさんを助けられる可能性を秘めています。ただ一方で、使い方を誤れば死のリスクすらあると私は考えています。このアーティファクトを使うなら、そのリスクは把握しておいてください」
「えっ」とコハルが声を出す。
「お兄、死んじゃうの? 嫌だよ!? 絶対嫌! 私を一人にしないで!」
「馬鹿、死なねぇよ。あくまで可能性だ。何がどうなるか分からねぇから、それだけの覚悟をしろってことですよね?」
「はい」
俺はコハルの頭をガシガシと乱雑に撫でた。
「安心しろ。必ず親父とお袋を助けて戻って来る。信じてくれ」
「そんなの……信じられないよ。何が起こるかも分からないのに、信じるなんて無理だよ」
コハルが嫌がるのも無理はない。
たった一人の家族を失う可能性があるなら、俺だって絶対了承はしない。
でも、俺はそれでもこの機会に賭けたかった。
それで、何もかもを取り戻せるなら。
「言ったろ? 大事な妹一人ぼっちにするわけにはいかねぇからな。死んでも生きて返ってくる。俺が今まで約束破ったことあったか?」
「無いけど……」
「アキヒトは阿呆じゃのう。死んだら生きて帰れんじゃろ」
「それくらいの気合で行くって話だよ」
迷いがないわけじゃないけど、心は決まってる。
もう後戻りするつもりはない。
俺は時雨さんに言った。
「やらせてください」
「わかりました。では、皆さんはこの部屋から退避を。上の階に観察室があります。そこに移動してください」
言われるがまま全員が退避し、部屋にいた他のEDGE職員も部屋を出る。
だだっ広い部屋の中心に俺一人取り残された。
暫く待つと、部屋の上方にあるガラスの向こうにこちらを覗く九鬼たちの姿が見える。
すると、室内にあるスピーカーから時雨さんの音声が響いた。
『アキヒトさん。私の指示に従ってアーティファクトを発動させてください』
「分かりました」
『では、アーティファクトに手を翳してください。何を取り戻したいのかを具体的に頭の中にイメージして、そして、カウントダウンの零の合図でアーティファクトに触れてください』
言われた通り、俺はアーティファクトに手を翳すと、頭の中にイメージを浮かべた。
元気に生きて、俺やコハルと一緒に暮らす親父とお袋の姿を。
『カウントします。三、二、一……零!」
その声と共に、俺はアーティファクトに触れた。
刹那、アーティファクトがまとっていた光が急速に強まり始める。
光はどんどん拡散し、俺を飲み込み、更に体育館ほどの広さがある部屋をすべて包みこんだ。
「何だ……!?」
眼の前が真っ白になり、思わず目をつむる。
…………
…………
…………
しばらく静寂が満ちた。
どうなった……?
全身の感覚に意識を這わせ、慎重に状況を確認する。
どこからかスズメの鳴き声が聞こえた気がした。
風が俺の頬を撫でてくる。
空気が妙に冷たい。肌寒さを感じた。
今は六月なのに、まるで冬みたいにも感じる。
俺は恐る恐る目を開けた。
見覚えのある庭と一軒家が目に入る。
俺が立っていたのは、自宅の庭だった。




