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第25話 考察

 大学の構内にてボーッと座っていると「守森屋くん」と声をかけられた。

 氷室だった。


「今日は出席なんだね」


「おぉ。何か久しぶりだな」


「冒険者の仕事はどう? すごく忙しそうだよね。この間なんて如月さんの配信にも出てたでしょ? 大変そうだなぁって思ってたんだ」


「見てたのかよ」


「そりゃもう! 言っておくけど、守森屋くんたちが三層に潜ったダンジョン配信、かなり話題になってるんだよ!?」


「いや、知らねぇけど……」


 そうなのか。

 知らない間に自分が話題の中心に居るのは何だかむず痒い。

 まぁ実際には、如月や九鬼が注目されてんだろうけど。


「とりあえず、色々一段落したから今は気が抜けてるな。久しぶりにちゃんと授業を受けようと思ったのも、気持ち的な余裕ができたってのがあるし。ただ、だいぶ休んじまったから、今さら単位取れるか怪しいけど」


「講義が被ってるやつは一応、代理で出席票出しておいたよ」


「えっ?」


 耳を疑う。

 氷室はいつもの調子でニコニコ笑みを浮かべていた。

 天使に見える。


「心の友よ……! マジですまん。ありがとう。今度焼き肉かなんか奢るよ」


「やったぁ」


 人に講義の代返をさせるようなやつは嫌いだったはずなのだが。

 まさか自分がそんな人間に成り下がるとは思ってもみなかった。

 氷室の厚意に感謝すると共に、申し訳なく思う。

 ただここは、素直にお礼を言うのが正解だろう。


「そう言えば如月さんからあの話は聞いた?」


「如月からの話?」


「実はね――」


「ちょっと、本人の居ないところで勝手に私の話しないでくれる?」


 声がして顔を上げると如月が立っていた

「詰めてよ」と言われ席を空けると、彼女は当たり前のように隣に座ってくる。

 周囲の学生たちの視線が俺たちに集中するのが分かった。

 隣に座った如月はチラチラと横目で俺の様子を伺ってくる。

 何だよ。


「守森屋くん、そ、その後どうなの?」


「どうって、何がだよ」


「あのアーティファクトと、保護した魔物についてよ! 時期的にそろそろ連絡来てもおかしくないでしょ?」


「あぁ、実はまだ何も音沙汰がねぇんだ。俺も気になってて、あまり色んなことが手についてない」


「やっぱり、そんなことだと思ったわ。EDGEなんかに渡さずに、さっさと使っちゃったら良かったのに」


「そういうわけにも行かねぇだろ。過去にアーティファクトを勝手に使用して大事故になった例もあるってEDGEの人が言ってたからな。俺が下手なことして大惨事になったら目も当てられねぇだろ」


「ふん、そんなの海外の一部の事例だけじゃない。気が小さいんだから」


「せめて慎重って言ってくれ」


 如月はそっとため息を吐くと、肩をすくめた。


「ま、実際問題、厄介なアーティファクトがあるのは確かね。私が二つアーティファクトを見つけた時も、もうちょっと使い所を選べたら良かったのに」


「使い所って、お前が見つけたのは能力を付与するタイプのアーティファクトだよな? すぐ使う以外の選択肢ない気もするけど、どうするつもりだったんだよ」


「片方売るつもりだった」


「マジで言ってる? 配信業で結構稼いでんだろ? わざわざアーティファクトで金稼ぐ必要ないだろ」


「色々と物入りなのよ。私がやりたいことのためにはまだまだお金が要るの」


 すると氷室がひょいと顔を覗かせた。


「でも、如月さんのlivetubeのチャンネル登録者数って五百万人だよね? 広告収入だけで見ても、年収的に億以上あるんじゃ……」


「そこ! 勝手に人の収入計算しないで!」


 如月はギロリと氷室を睨みつける。


「あと氷室くん。今日、また打ち合わせするから」


 如月に言われた氷室は「う、うん!」と目を輝かせた。

 かなり嬉しそうだ。


「打ち合わせって何だよ? お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


「色々事情があるのよ。言っとくけど、あなたも無関係じゃないから」


「どう言うことだよ?」


「そのうちちゃんと話すから覚悟しなさいって言ってるの。あと言っとくけど、断ることは許さないから」


「先に内容を伝えろよ……」


 俺が呆れていると、不意にスマホが振動した。

 画面に表示された名前を見て、思わず心臓が鼓動する。


 時雨さんからの電話だった。


『お待たせしました、アキヒトさん。アーティファクトの解析が完了しました。今日の夜、九鬼さんとコハルさんと三人でEDGE支部に来れますか?』


 ◯


 時雨さんから連絡を受けたあと、コハルの帰宅を待って三人でEDGE支部へと向かった。


「ほら、二人とも早くしろよ」


「待ってよ! そんなに急がなくてもいいじゃん!」


「まったく、急いてはことを仕損じるぞ? アキヒト」


「お前らがのんびりし過ぎなんだよ」


 EDGE支部の受付で手続きを済ませると、すぐに時雨さんが姿を見せた。


「お待ちしてました。こちらへ」


 時雨さんに案内されてたどり着いたのは、体育館ほどの広さがある大きな部屋だった。

 部屋の壁の上部に分厚い窓があり、その奥から誰かがこちらを観察している。

 上の階に監視ルームでも用意されているのかもしれない。


 部屋の中心には台座が用意され、見覚えのある黒い箱が置かれていた。

 俺がダンジョンから持ち帰ったウィールのアーティファクトだ。


「アキヒトさんからこちらのアーティファクトをお預かりし、解析を進めた結果、このアーティファクトからは空間と時間に働きかける力があると判明しました」


「空間と、時間……」

「つまり、このアーティファクトは時に干渉し――過去に起きた事実を変える可能性があります」


「じゃあ、やっぱりこのアーティファクトが、時雨さんの言う『蘇生』のアーティファクトなんですか?」


「そこまではまだ。ただ、少しだけ腑に落ちないこともあります」


「腑に落ちないこと?」


 首を傾げた俺に、時雨さんは頷く。


「このアーティファクトが持つ力は非常に強大です。あまりに強すぎるんです」


「どう言うことですか?」


「恐らくこのアーティファクトは一度しか発動できません」


「一度しか……」


「正確には数十年に一度、と言った方が良いでしょう。大きなプールと一緒です。内包されているエネルギーの質が大きすぎて、次にエネルギーが溜まるのに時間がかかる。少なくとも言えることは、短期間に何度も連続して使えるものではありません」


「でもおかしいじゃないですか。時雨さんの話では、EDGEの派遣部隊が殺した魔物がアーティファクトの力で蘇ったっていう話ですよね?」


「あくまでその可能性があるという話です。少なくとも、その現象を起こしたのはこのアーティファクトではないでしょう。現状、アーティファクトが作用した可能性が最も高いと言われていますが、我々が知らないダンジョンの未知の性質にるものである可能性も捨てきれません。私たちがダンジョンで解明できているのは、ほんの一部ですから」


「そんな……」


 すると九鬼がムッと顔をしかめた。


「そのような曖昧な情報でアキヒトを焚き付け、無茶させたのか。良い神経しておるのう、EDGEとやらは」


「やめろ九鬼。元々可能性の話ってのは分かってて俺は挑んだんだ」


「むぅ……」


「正確な情報が提供できていないことはお詫びします。ただ、魔物が復活したことがこのアーティファクトに起因しないのは、あの子が教えてくれたんです」


「あの子って、ウィールのことですか?」


 時雨さんがどこかに合図を出すと、部屋の入口が開いてEDGEの職員に黒いワンピースに身を包んだ女の子が連れて来られる。

 特徴的な二本の角とコウモリのような羽。

 ウィールだった。


「この数日間、アーティファクトの解析と共に彼女にも色々と話を聞いていたんです。ダンジョンのことや、このアーティファクトについて。やはり、彼女はアーティファクトを発動していませんでした」


「うん。私には、そのアーティファクトは使えない」


「使えない?」


 俺が怪訝な顔をすると、時雨さんは「そうなんです」と言った。


「これはあくまで仮説なので、九鬼さんにもお尋ねしたいところですが……アーティファクトは、魔物には扱えないんじゃないですか?」


 時雨さんに尋ねられた九鬼は肩をすくめた。


「知らぬ。少なくとも儂は、そのアーティファクトとやらを自分で使おうとしたことはない」


「でも、アキヒトさんがアーティファクトに触れた時は、勝手に力を与えられたんですよね?」


「そう言えば……確かに」


 俺だけじゃない。

 今日、大学で如月も同じようなことを話していた。



 ――ま、厄介なアーティファクトがあるのは確かね。私が二つアーティファクトを見つけた時も、もうちょっと使い所を選べたら良かったのに。



 きっと如月も俺と同じだった。

 能力付与型のアーティファクトに触れて、そして勝手に力を与えられたんだ。

 如月はアーティファクトを二個拾得していたし、本来なら片方売りに出そうとしていたとも話していた。

 そうしなかったのは、勝手にアーティファクトが異能を与えてきて使えなくなってしまったからだ。


 でも、九鬼は平然と能力付与型のアーティファクトを手に持ち、俺に渡してきた。

 それはきっと、魔物にはアーティファクトが扱えないから。

 ただ、疑問もあった。


「魔物がアーティファクトを扱えないなら、何で九鬼やウィールはアーティファクトの性質を言い当てられたんだよ? 使ってねぇんだろ?」


 九鬼は自身が持っていたアーティファクトを『人に力を与えるもの』と言っていたし、ウィールは『大切なものを取り戻す力がある』と言っていた。

 アーティファクトを使えないなら知るはずのない情報だ。

 するとウィールが「何となくわかるの」と言った。


「私がダンジョンに生まれた時、この箱はすでに私の下にあった。そして、自分が何を持っているのか漠然と知ってたの。これが宝だっていうことも」


「九鬼も同じなのか?」


「儂は力の性質を読み、言い当てることができる。儂はこの小童こぱっわよりもっとすごい」


「何さ!」


「何じゃ! やるのか?」


「こんなとこで喧嘩すんなよ」


 睨み合う二人を仲裁しながら思う。

 二人とも、生まれた時から自分が何を持たされているのか知っていたのか。

 だとしたら――


「アーティファクトって、一体何なんですかね」


「分かりません。その謎を解くにはまず、ダンジョンが何なのかについて知る必要があるでしょう。ですが、この子(ウィール)からも色々聞きましたけど、ダンジョンについてはほとんど知らないようでしたから。ただ、決められた場所で、与えられた箱を守るように言い渡されたそうです」


「言い渡されたって誰に?」


「ダンジョンを作った存在――かもしれませんね」


「ダンジョンに来るまでの記憶は、何か覚えてないのか?」


「気が付いたら、ダンジョンの中に居たそうですよ」


 何だそれ……。

 そんなの、謎だらけじゃないか。

 するとウィールは「でも」と口を開いた。


「一つだけ、覚えてることもあるよ」


「何だ?」


「夢を見たことがあるの。あれはたぶん、昔の記憶なんだと思う」


「昔の記憶って……?」


「私がダンジョンに来る前の記憶」


 ウィールは俺の顔をジッと見る。


「私は昔、神様って呼ばれてた」

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