第23話 秘策
「秘策ってどうするつもりだよ」
「まだ出しておらぬ力を出す」
「まだ出してない力? お前、まだ他にも力があんのかよ」
「うむ」
俺が確認している九鬼の力は六つだ。
それらを属性にするとしたら光・火・雷・水・風・金。
あとは自身の姿を人と獣と魔物の形態に変化させることくらいだ。
これだけでも十分すぎるくらいだが、どうやら彼女はまだ力を持っているらしい。
「先ほどのアキヒトの話によれば、あの悪魔の娘が持つ力は氷と言霊じゃろう」
「言霊? 動物を使役するって言ってたぞ」
「音の力で意識に働きかけるのじゃろう。ただ不思議なのは、何ですぐに力を使わんかったのか、じゃ」
俺は少し考え、答える。
「あいつ、戦闘を楽しんでるみたいだった」
「ふむ。なるほど、暇つぶしか……。長い間ダンジョンで過ごしているから、少しでも構って欲しいんじゃな」
「そんな、子供じゃあるまいし」
如月が言うと「子供と変わらぬわ」と九鬼が答えた。
「本来なら儂らとまともに戦うメリットはないじゃろう。それをせぬのは、儂らと戯れたいからじゃ」
「そこに活路があるってことか?」
「まぁ、本来なら儂が本気を出せば一瞬で消し炭にすることはできるがのう。どうせアキヒトは嫌なんじゃろ?」
俺が頷くと、如月が不思議そうに首を捻った。
「嫌って……どうして? あいつ、守森屋くんを殺そうとしてたじゃない」
「あやつは人間の姿形をして、人の言葉を解する魔物じゃからのう。この阿呆は生ぬるいから、殺すことを躊躇って隙を突かれたんじゃ」
「誰が阿呆だ」
「お主じゃ、お主」
九鬼はぼふぼふと尻尾で俺の頭を叩くと、そっとため息を吐いた。
「まぁ見ておれ。儂があやつを無力化してやろう」
◯
先程の講義室のような大部屋に戻って来る。
俺たちの姿を確認して「また来たのか」とウィールは呆れたように肩をすくめた。
九鬼は狐女の姿のまま室内に入る。
俺と如月は部屋の外から様子を見るよう言われた。
「お宝を取るのを忘れておったからのう。取りに来ただけじゃ」
「どいつもこいつも、どうしてこの箱を欲しがる?」
「お主には無用の長物だからじゃ」
「口が減らないやつだ。まぁいい。今度こそ殺してやろう」
「お主のような雑魚に儂が殺される訳なかろう。さっきのは余興じゃ」
「よく喋る犬だ」
「儂は九尾の狐じゃ!」
九鬼が尻尾で床を撫でるとボコリと床が膨れ上がり、地面の中を巨大な龍が走るようにウィールに迫った。
土の力を発動したらしい。
初めて見る力だ。
でもあれが秘策とは思えない。
ウィールは軽々とそれを回避する。
間髪入れずに九鬼は炎龍を飛ばした。
しかし氷壁が生まれ、炎龍ごと対消滅する。
「九鬼さん、妙に自信満々だったけど本当に大丈夫なのかしら」
「負けることはねぇと思う。ただ……」
俺はジッと九鬼の背中を見つめる。
無力化するって言ったって、どうするつもりなんだ。
物量で押し切るのだろうか。
九鬼はダンジョン内ならば無制限に力を使えると言っていた。
ダンジョンでは魔力が満ち溢れるから、力を使ってもすぐに供給されるのだろう。
術を重ねて押し切ればウィールを倒すこと自体は難しくなさそうだが。
それでは彼女を生かすことはできないだろう。
九鬼とウィールの攻防は読み合いだ。
九鬼が術を放てばウィールは氷の力を使ってそれらを回避する。
一見して対等な勝負にも見えたが、よく見るとウィールは防戦一方だ。
ウィールの身のこなしはまるで猿のように身軽だった。
高い身体能力と跳躍力で九鬼の電撃や炎を回避する。
魔物でもあそこまで身軽なやつは見たことがない。
すると九鬼は今まで使ったことがない尻尾を不意に揺らめかした。
その瞬間、周囲の光量が落ちる。
「視界を奪ってやろう」
九鬼がニヤリと笑うと、室内に黒い霧のようなものが立ち込め始めた。
これは……。
「闇か」
「闇?」
「九鬼は光を生み出せる。光を作れるってことは、闇も作れるんじゃないかなって」
「すごい……。そんなことまでできるの?」
黒霧に包まれたウィールは暗闇から「何だこれは!?」と叫んでいる。
彼女も想定外だったのだろう。
そんなウィールの姿を見た九鬼はケタケタと笑い声を上げた。
「どうじゃ!? お得意の氷を儂に飛ばしてみせよ!」
「舐めるな狐ごときが!」
ウィールが叫んだ途端、パリンとガラスが割れるような音がするとともに黒霧が霧消する。
暗闇の中で氷の柱を生み出し、それを粉々に弾け飛ばしたらしい。
どう言う原理化は分からないが、氷を内側から割る勢いで霧を晴らしたのか。
「ほぉ、やるのう!」
感心したように九鬼が尻尾を揺らす。
先ほどとはすっかり立場が逆転していた。
俺や如月が見ていても分かるくらい、力の差がある。
ウィールもそれを感じていたのか、苛立たしげに拳を握った。
「遊びはこれまでだ! お前を殺し、その後ろにいる人間も血祭りに上げる!」
「ほほう? その程度の力で儂を倒せると思うてか?」
「見ていろ……!」
ウィールは思い切り息を吸い込むと叫んだ。
「動くな!」
辺りに振動が走り、俺や如月の動きが静止する。
あの時と同じだ。
完全に動きを奪われた。
だが九鬼だけは、何事もなかったかのように尻尾を揺らしたままニタニタと笑っていた。
あの顔は完全に馬鹿にしているな。
言霊がまるで効いていない九鬼を見て、ウィールは驚いたように目を見開いた。
「お前……どうして動ける!?」
「お主ごとき雑魚の術がこの最強の儂に通じると思うておるのか?」
「そんなはずない! もう一度……!」
ウィールは再び言霊を発動しようと息を吸い込んだ。
その時、九鬼が一番大きく長い尻尾を動かした。
あの尻尾を動かすのは初めてだ。
ウィールの言霊と、九鬼の言葉が重なる。
「ひれ伏せ!」
「消えよ」
刹那――
物音が、全くしなくなった。
この感覚は耳鳴りにも似ている。
死んだような静寂に幻聴すら聞こえる気がした。
体の自由が戻り、何が起こったのかと如月の方を見ると、俺の横で何か言っていた。
ただ、口パクのみで、何を言っているかが分からない。
ふざけている訳じゃない。
声が聞こえないんだ。
世界から音が消えていた。
急いで九鬼の方を見ると、彼女は驚愕するウィールに何事もなかったかのように近づいていた。
ウィールが手を前にかざし氷を生み出そうとする。
瞬く間に床に霜が生まれ、氷が生成され始めた。
すると九鬼は先程の大きな尾を再びウィールに向けた。
同時に尻尾から衝撃波のようなものが放たれ、広がる。
途端、氷の生成がピタリと止まった。
ウィールが驚きで何度も手をかざすが、何も起こらない。
まるで急に氷を作れなくなったようにも見えた。
焦るウィールを見た九鬼は俺の方を振り向くと言った。
「やれ、アキヒト」
その言葉とともに、世界に音が戻る。
俺は物陰から飛び出すと、室内に入り『剛力』の力を使って思い切り跳躍した。
風切り音が鼓膜を震わせ、ウィールとの距離が一気に縮まる。
どうやったかは分からないが、九鬼は何らかの術をもってウィールの力を無力化した。
なら眼の前にいるのは、ただの悪魔の特徴を持つ女だ。
俺の動きに反応できていない今なら、EDGEから仕込まれた近接技で無力化することができるだろう。
数秒で決める。
俺はウィールの眼の前に着地すると、素早く彼女の後ろに回り込んだ。
首に腕を滑り込ませ頸動脈を締め上げる。
俗に言う裸絞だ。
完全に油断していたであろうウィールは、抵抗する間もなく数秒で落ちた。
「……きゅう」という情けない声と共に、ウィールの全身から力が抜ける。
「儂らの勝ちじゃ」
「……だな」
倒れたウィールの直ぐ側に、アーティファクトが光り輝いていた。




