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第20話 第三層

「はぁー!?」


 ダンジョン三層探索日。

 ガチガチの冒険者装備を身にまとった如月が、うちの庭先にあるゲートを見て目を丸くしていた。

 俺の横では狐女姿の九鬼が騒ぐ如月に白い目を向けている。


「何で!? 庭先にダンジョンの入口があんのよ!?」


「何でって言われてもな。たまたまできたんだよ」


「プライベートダンジョンってこと? もっと早く言いなさいよ!」


「いちいちやかましい小娘じゃのう」


 まさかこんなに騒がれるとは。

 もう少し早く教えておいても良かった気がする。

 そういえば何で言ってなかったんだっけな。

 何となく言わない方が良い気がして、そのままズルズル引きずってしまっていた。


「そもそも、お前二回もうちに来ておいて何で気づいてねぇんだよ。普通にリビングから見えるだろ」


「だってこんなゴリゴリの地下階段、ゲートだなんて思わないでしょ。地下倉庫の入口か何かかなって……」


 確かに言われてみればそう見えなくもない。

 民家の中にゲートができたなんて話は滅多に聞かないから、そう思うのも無理はない気がした。


「でもこのゲート、そのままで良いの? EDGEに言って管理してもらったら? ダンジョンで迷った冒険者や魔物が入ってきたらどうするのよ」


「そこらへんは儂が管理しておるから大丈夫じゃ」


「どう言うこと?」


 我が家に繋がるゲートには九鬼が細工をしてくれている。

 このゲートはまず九鬼のねぐらとなる大部屋へ繋がるが、そもそもその大部屋自体が人間や下級の魔物にはただの壁に見えるようになっているらしい。

 以前大量に小鬼ゴブリンが入り込んだこともあり、同じことが起きないよう対処したそうだ。


「良いから。もう行こうぜ」


「お兄」


 庭に出ると、リビングからコハルが声をかけてくる。

 不安げな顔だった。


「気をつけてね。絶対戻ってきて」


「おう。お袋と親父、連れて帰るからな」


 すると九鬼がもふもふの尻尾でコハルの頭を撫でた。


「コハル、約束覚えとるじゃろ? 儂がおる。安心せい」


「うん……。ありがとう、九鬼ちゃん。オトメさんも、お兄をよろしくお願いします」


「また後でね、コハルちゃん」


 俺たちはダンジョンに入り通路を進む。

 三人で歩くダンジョンには、俺たちの足音がよく響いた。


「ほんと、あなた最悪ね」


「何がだよ」


「あんなに可愛い妹に心配させるなんて」


「仕方ねぇだろ。こっちも色々事情があんだよ」


「それってさっき言ってた『お袋と親父連れて帰る』って話のこと? ダンジョンにお父さんとお母さんがいるの?」


「この小娘、本当に何にも知らされておらんのじゃな……」


「全然話してなかったからな……」


「何の話よ?」


 話すか迷ったが、ここまで来た以上、伝えても良い気がした。

 ここまで関わろうとしてくれるやつ、そんなに居ないからな。


「実は――」


 ダンジョンを進むがてら、如月に今までのことを説明する。

 ついでにずっと隠していた九鬼の正体が魔物だということも伝えておいた。

 俺の話を聞き終えた如月は目を剥いて九鬼を見る。


「やっぱり九鬼さんって魔物だったんじゃない!」


「とっくに気づいておると思っておったが、鈍いやつじゃのう」


「気づかないわよ!」


「でも配信に魔物姿の九鬼が映ってたんなら、流石にもうバレてんじゃねぇの? EDGEの職員とかも気づいてたぞ」


「九鬼さん、見た目がただのコスプレイヤーだから意外とまだ魔物バレしてないわよ。この間のコラボ配信の時も異能を使ってるって思われてたみたいだし」


「へぇ……」


 考えてみれば、ダンジョンで遭遇した人型の魔物はいずれも怪異と呼べるような姿だった。

 ダンジョンにおいて人間と魔物は一瞬で見分けがつく。

 だからこそ、人の言葉を話し、外見もただの美女にしか見えない九鬼は人間だと誤認されたのかもしれない。


「きっとこんな美人があんな化け物と一緒だなんて信じたくなかったんでしょうね。リスナーってエロいやつ多いし」


「あぁ……なるほど」


「ほっほっほ、美とは罪じゃのう」


 すると如月はどこか浮かない表情で俺の顔を覗き込んでくる。


「守森屋くんも、お父さんとお母さんが亡くなってるならもっと早く言いなさいよ」


「家の事情だ。いちいち人に言う話じゃねぇよ」


「そうだけど……水臭いでしょ」


 そう言って彼女は不服そうに口を尖らせた。

 こいつなりに気を使ってくれているのだろう。


「ありがとな、気にしてくれて」


「何のお礼よ……」


 俺がお礼を言うと、彼女は照れたように視線を泳がせた。


 話しているうちに二層の入口へと到着した。

 迷路みたいな道順さえ把握してしまえば、二層への入口は自宅からそう遠くない場所にある。


「じゃあ私、配信つけるから」


「言っとくけど、ここからは俺も九鬼も本気ガチだ。魔物の数も増えるし、危険度も高い。エンタメに昇華したり、気の利いたコメントとかできねぇぞ」


「分かってるわよ、それくらい」


 二層に入り、周囲の安全を確保すると後ろで如月が何やら声を出す。


「こんにちは、如月オトメでーす。今日はスペシャル企画! うちのスタッフと一緒にダンジョンの三層の探索へ向かうわよ! っていうか暗!」


 本当に配信しているらしい。

「色々と忙しいやつじゃのう」と九鬼も呆れていた。


 約一時間ほど歩いて、ようやく先日探索した三層の入口へと到着する。

 EDGEアプリに記録した地図があるとは言え、いちいちこの道中を歩いてこなければならないのだから大変だ。

 おまけに行きだけでなく帰りも同様の道筋を通らねばならない。

 下に行けば行くほど帰還するのは困難になる。

 ダンジョンの探索が停滞しているわけだ。


 一層から二層に繋がる道は階段だったが、今見えている道は地下駐車場にあるようなコンクリート製の下り坂だった。

 オフィスルームのような場所から突如としてコンクリートの坂道が伸びているのは、どうにも奇妙な光景だ。


牛男ミノタウロスはおらんようじゃの」


「あんなの、もう一体居てたまるか」


「さぁ、今から三層に潜るわよ。電波切れないでよね」


 静かなダンジョン内を、如月の実況音声を耳にしつつ慎重に進む。

 しばらく坂を下ると、前方に光が見えてきた。

 二層はかなり暗かったが、かなり明るい。


「これって……」


 坂道を下りきった先にあったのは廊下だった。

 リノリウムの床、左右に青いロッカーがあり、木造のドアが所々存在する。

 それはまるで――


「学校の廊下みたいね。それも海外の」


 そうだ、映画で見たことがある。

 ダンジョンの第三層は、海外の学校によく似た構造をしていた。

 廊下にロッカーが並べられ、高い天井からは蛍光灯が道を照らす。

 ただ、ある程度先までいくとフッと電気を消したように道が暗く、完全に目視することはできなかった。


「かなり魔力が濃いのう」


「魔物の気配はあるか?」


「今のところはせんな」


「進みましょ。みんな、これが三層の映像よ。かーなり貴重よね。もしかして配信者初かも」


「リスナーと喋りながら指示すんなよ……」


 呆れながらも奥へ進む。

 薄暗くて先が見えない廊下を歩くと、不思議なことに少しずつ前方が見えるようになっていった。

 三十メートルほど先は見えるが、それ以上となると真っ暗闇になる。

 どうも見える範囲に限りがあるらしい。

 そこに何かが立っていたとしても、ある程度近づかないとわからないってわけか。


 すると前を歩いていた九鬼が足を止めて俺たちを手で制した。

 思わず黙って足を止める。


 ヒタヒタと、どこからか足音がした。

 前方に廊下を横切るように道が交差している。

 ちょうど十字路の形になっていた。

 右側から、何かが歩いてきている。


(音を立てるな)


 九鬼が口パクで指示する。

 俺と如月が口を閉ざすと、大きな影がヌッと姿を現した。


 最初、それがまるで風船のようにも見えた。

 首が異様に長く、そして大きな青白い男の頭部が天井スレスレでグラついている。

 男の顔には白眼の部分がなく、まぶたの先からは漆黒が覗いていた。


 何よりも異様なのは、手足が六本ずつ生えていることだ。

 学生服に身を包んでいるがシャツやズボンが破けており、そこから手足が飛び出している。

 小さくお経のようなものをブツブツと唱えており、フラフラと覚束ない足取りでゆっくりと歩いていた。


 眼の前を歩く魔物は俺たちに気づくことなく、そのまま道を横切っていく。


 一層でも二層でも見なかった異様な魔物の姿に、俺と如月は静かに息を呑んだ。

 足音が消えたところで、ようやく息を吐き出す。


「何だよあれ……」


「この階層の魔物じゃろうな」


「あんなのただの化け物じゃない……」


「魔力の濃度が高いからのう。お主らの思う『まとも』な形をしたやつは少なくなるじゃろうな」


 たった一階層降りるだけでこんなに変わるのか。

 もし四層にでも行ったら一体そこには何がいるんだ?

 想像するだけで憂鬱になる。


 如月も同じなのか、顔を真っ青にしている。

 だが九鬼は平然として歩き始めた。


「儂がおるんじゃから余裕じゃろ。ほれ、他のが出て来ぬうちにさっさと進むぞ」


「あなたのその自身はどこから来るのよ」


「儂、最強じゃから」


 前方三十メートル程度しか視認できない廊下を三人で歩く。

 明るいから平気かと思ったが、微妙に視界が利く範囲が狭いので返って不気味だ。


 スマホを見たが、ここでも電波は最大まで届いているようだった。

 お陰で地図は機能してくれているが、普通地下三階まで降りれば少しは通信に滞りが出そうなものだよな。

 ダンジョン自体、人工物のような構造をしているから電波も供給されているのだろうか。

 相変わらずよくわからない場所だと思う。


 すると九鬼がクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。

 今度はどうした。


「濃い魔力の気配がする。この先に何かあるな」


「さっきのやつか?」


「いや、あれとは桁違いじゃ。強烈な魔力を感じる」


「ボスがいるってことか?」


「その可能性はあるが、この気配は……」


 九鬼は少し考え、口にする。


「もしかしたら、アーティファクトかもしれんのう」


 その言葉に、心臓がドクンと鼓動する。


「行こう、九鬼」


「あ、おい待たぬかアキヒト!」


 九鬼の静止を無視して俺が進むと、長く続いていた廊下が終わりを迎え、ドアが出現する。

 どうやら九鬼の言っていた魔力の気配はこの先からしているらしい。


 俺が意を決してドアを開くと、そこは大学の講義室に似た場所だった。

 階段状に机が備え付けられており、部屋の最前部に黒板と教壇が設置されている。


 教卓の上では誰かが座っていた。

 そいつは俺を見ると、教卓から飛び降りる。


「ようこそ」


 そう言ってニッと笑みを浮かべたのは、黒いワンピースに身を包んだ女性だった。


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