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第2話 日常と来訪

 ダンジョンから出てくると、リビングでオロオロと泣きそうな顔をしているコハルの姿が目に入った。

 コハルは俺の姿を視認すると、窓を開けて飛び込んでくる。


「お兄!」


「おわっ!?」


 一瞬倒れそうになるものの、なんとかその体を受け止めた。


「馬鹿ぁ! 全然音沙汰ないし、死んじゃったかと思ったよぉ!」


「あぁ……悪ぃ」


 コハルは鼻水を垂れ流すと俺の胸元に顔を擦り付ける。

 腕を回してポンポンと背中を叩いてやっていると濡れた布の嫌な感触が胸の辺りで広がった。

 人の服で鼻水を拭くな。


「もう通報とかしちまったか?」


「まだ……。今からやろうと思ってた」


「そっか」


「電話するの?」


「いや……」


 俺はゲートをジッと見つめる。

 薄暗いゲートの奥から、先程目にした九鬼の真っ赤で巨大な瞳が浮かんで見える気がする。


 ――そのような嗜虐趣味はない。お主が下手なことをしなければな。


 九鬼は去り際、そんな風に言っていた。

 それはつまり、下手なことをすれば俺たちなど簡単に殺せるという意味でもあるのだろう。


「触らぬ神に祟りなし……か」


「えっ?」


「何でもねぇよ」


 少し考え、俺は決める。


「このゲートは、このまま置いておく」


 そうすることが一番安全な気がした。


 ◯


 何となく落ち着かないまま大学へ向かった。

 一限のある大講義室に座っていると「おはよう」と声をかけられる。

 同じ学科の友人の氷室ひむろシュウだ。


「どうしたの? 守森屋まもりやくん。何か表情が浮かないね」


 そう言いながら氷室は俺の隣に座ってくる。

 俺は「あぁ」と頷いた。


「ちょっと色々あってな……」


「色々?」


 今朝のことを掻い摘んで話す。

 その話を聞いた氷室は目を輝かせた。


「すごい! ゲートが家に生まれるなんて! しかも大型の魔物まで見たの!?」


「まぁな」


「よく助かったね」


「魔物の気まぐれだよ」


 そこで俺は、ふと気になって尋ねる。


「なぁ、人の言葉を話す魔物って聞いたことあるか?」


「人間の声を模倣して巣に誘い込むタイプはいるらしいよ」


「そうじゃなくて何つーか、普通に会話できる……みたいな」


「それは流石に知らないなぁ。もし本当にそんなのが居たとしたら大ニュースだよ」


「だよな」


「でもダンジョンの研究はまだ全然進んでないらしいし、人型の魔物とかもいるかもしれないね」


「人型ねぇ……」


 どう見ても狐だったよな、あいつ。


「そう言や、ダンジョン関連の管理してる組織があったよな」


EDGE(エッジ)でしょ? 政府が立ち上げたダンジョン調査の特務機関」


「あぁ、それだ」


 ダンジョンの調査と管理を目的とした政府の公認組織がEDGEだ。

 行方不明者の調査や、アーティファクトの引受けなんかも行っていると耳にするが、詳しい実態は知らない。

 たまにニュースで名前が出るのを聞く程度だ。


「EDGEにゲートのこと通報するの?」


「いや、それはしない。ちょっとダンジョンのことについて聞けたらいいなって思ってな」


「ふーん?」


 今朝の魔物のことがどうしても気になった。

 知性の高い魔物のようだったし、何かヒントくらい聞けたりしないだろうか。


 考えていると、不意に講義室の入口が何やら騒がしいことに気づく。

 一人の女子が教室に入ってきて、周囲がどよめいていた。


「おい、如月だぞ」


「やっぱ本物は美人だよなぁ」


「お近づきになりたい……」


 さっそうと教室に入ってきたその人物を見て、その場にいる学生が次々に声を上げる。

 隣の氷室も目を輝かせていた。


「如月オトメだ。やっぱり本物はオーラがあるなぁ」


「お前それ毎回言ってない?」


「だってダンジョン配信のトップインフルエンサーだよ!? livetube登録者数五百万人、Tinkle登録者数二百万人はいるんだから!」


 それがどれほどすごい尺度なのかは分からないが、単純に五百万人のファンが居ると考えれば途方も無い話だ。


 氷室はダンジョン配信オタクだ。

 四六時中配信の情報を追っているし、講義中に配信を見ていることもある。

 そして見た情報を全てこちらに流すものだから、配信なんか見ない俺でも自然と詳しくなってしまった。


 俺は何気なく如月オトメに目を向ける。

 金髪のロングヘアーはよく手入れされており、遠目にも目鼻立ちが整っているのが分かる。

 歩く姿や佇まいは堂々としていてオーラがあった。


 如月オトメと俺たちは同じ学年で同じ経済学部らしく、彼女のことは一年の頃から知っていた。

 だが当然ながら彼女のような有名人と俺たちが関わり合いになるようなことはない。


「同じ学部なら仲良くなれるかなって思ったけど、やっぱり遠いなぁ。守森屋くんもそう思わない?」


「別に」


 すると、不意にチャイムが鳴り響いた。

 それと同時に、教授が姿を見せる。


 如月オトメか。

 大学生のキラキラした生活の象徴みたいな人物だ。

 そんな生活、俺とは無縁だなと思った。


 ◯


「お疲れ様、アキヒトくん。今日はもう上がっていいよ」


「うっす。店長お疲れ様です」


 夜、カフェでのアルバイトを終えて従業員室に入ると、不意にスマホの着信音が鳴った。

 妹のコハルからだ。


「もしもし」


『あ、お兄? まだバイト中?』


「いや、今から帰る。どした?」


『今買い物から帰ってきたんだけど、家に変な女の人がリビングにいて。お兄の知り合いっぽいんだけど』


「変な女?」


 急いで自宅まで戻る。

 家の中に入ると「お兄、おかえり」とコハルが出迎えてくれた。


「もう、遅いよ」


「仕方ねぇだろ。んで客って?」


「やっと帰ってきたか、アキヒト」


 そう言ってリビングから姿を現したのは、和服に身を包んだ女だった。


 小さな鼻に長いまつ毛。

 パッチリとした二重の奥で輝く真紅の瞳。

 薄い唇にスッキリとしたフェイスライン。

 花魁のように着崩した和服からは、今にもこぼれ落ちそうな大きな胸が溢れている。


 そして何より特徴的なのが銀髪からにゅっと生えた獣耳と、更にその奥に見えるもふもふした九つの尾だ。


 九尾の狐女がそこにいた。


「はっ……?」


 思わず目を丸くする。

 何でここにコスプレした女性が?

 っていうか誰だこいつ?


 狼狽する俺の姿を見て、眼の前の狐女は口元を隠してクックッと笑う。


「お前、誰だよ……」


「釣れないのう。今朝はあんなに情熱的だったではないか」


「何言って――」


 そこでハッとする。


「もしかしてお前、九鬼か?」


「御名答」


 眼の前の女はにやりと口を歪ませた。


わしは九鬼じゃ。九尾の狐の九鬼じゃ」


「何でお前、こんなところにいるんだよ……。っていうかその姿」


「変かのう? お主が好みそうな姿になってやったんじゃが」


 そう言うと同時に九鬼は艶めかしい仕草で自分の身体に手を這わせ、胸を持ち上げた。

 肌蹴はだけた和服からはみ出たそれは、健康的な男子にはあまりに毒だ。


 思わず目を逸らした俺の顔を、九鬼はいたずらっぽい表情で覗き込んでくる。


「自分より大きな相手には怯まぬくせに、女には初心うぶなんじゃなぁ。たかが胸ごときで。貴様、そんななりして童貞か?」


「童貞じゃねぇよ! っていうかそんな話してんじゃねぇ!」


「この人、お兄の彼女?」


「んなわけねーだろ!」

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