第19話 牛男
三層への入口を見つけたのは、二層の探索を初めて二週間後のことだった。
二層を奥へ奥へと進んで一時間。
不意に一際大きな部屋に入ったのだ。
天井が高く、壁に点々と非常ランプが灯っている。
他の部屋とは明らかに様子が違う部屋だった。
その奥に下層へと繋がる道らしきものが見える。
「九鬼、あれって……」
「下層への入口かもしれんのう」
「行ってみるか」
「待て」
女性姿の九鬼が尻尾で前方を照らす。
真っ暗な室内に、大きな影が立っているのが分かった。
三メートルはありそうな巨大な影が、息を荒げているのが分かる。
「……やっぱりいるよな」
この広さの部屋で魔物がいないはずがない。
今までもそうだった。
大きな部屋は魔物の縄張りであり、高確率で部屋の主が存在する。
この部屋を支配しているのは牛男だった。
巨大な頭部からは二本の角が生え、巨大な斧を手にしている。
よだれを垂らし、息が荒く、かなり興奮しているのが分かった。
三層に入るなら戦闘は避けられない。
「おおおおおおおお!!!」
俺たちを視認した牛男は大きな叫び声を上げると、そのまま斧を振りかぶってこちらに突進してきた。
巨大な体からは想像もつかないようなスピードで思わず面食らう。
俺たちが咄嗟に左右に飛び退くと、牛男はスピードを殺すことなく壁に激突した。
コンクリート製の壁が大きくえぐれるも牛男はまるで怯んだ様子がなく、そのまま尻もちをついている俺の方を振り返り斧を振り下ろしてくる。
「やべっ……!」
横に転がるのとほぼ同時に、俺がいた場所へ巨大な斧が叩きつけられていた。
コンクリートが弾け飛び、激しい衝撃に体がふっとばされる。
今まで経験したことがないほどの破壊力だった。
「アキヒト! 無事か!」
「なんとかな!」
「どいておれ、儂が叩き潰してくれる!」
「あいつの斧を喰らうとお前でも無事じゃすまねぇぞ!」
「ではこれはどうじゃ!」
巨大な九尾の狐と化した九鬼は二本の尻尾を振り雷と炎の龍を生み出す。
紫電をまとった炎の龍は、飲み込むように牛男を包んだ。
牛男が壁を震わすほどの咆哮を上げる。
「やったか!?」
「いや、まだだ!」
炎の中から飛び出た牛男が体当りしてくる。
咄嗟のことだったので反応できず、九鬼がモロに体当たりを受けてしまった。
牛男よりも遥かに巨大な九鬼が、体ごと壁へ叩きつけられる。
「うぐぅっ! 牛風情がぁ!」
「九鬼!」
こうなったらやるしかない。
俺は牛男に向けて全力でダッシュすると、足の筋肉を強化し跳躍した。
『剛力』の異能が俺の脚力を高め、全長三メートルの高さにある牛男の首にしがみつく。
牛男の首は太く、俺が両手を回してギリギリ届くレベルだった。
異常に気づいて牛男が上体を振り回してくる。
振りほどかれないよう死ぬ切でしがみついた。
異能を解放し、己の限界の力で牛男の首を締め上げる。
牛男の首がミシミシという音を立て、骨が砕ける嫌な感触がする。
苦しみに悶える牛男が斧を振り回し、自分の頭部もろとも俺を叩き潰そうとしてきた。
斧が俺にヒットする寸前に『遅延』の力を使う。
牛男の動きがスローモーションとなり、斧が俺にぶつかる直前で牛男の首から手を離した。
俺に叩きつけられるはずだった斧は牛男の頭部を破壊し、そのまま動かなくなった。
巨体が地面に倒れて灰と化し、静寂と暗闇が戻って来る。
俺と九鬼の呼吸音だけが鼓膜を震わせた。
「九鬼、無事か?」
「なんとかな。一人で倒してしまうとはやるのう、アキヒト」
「軽口叩いてないで怪我見せてみろ」
九鬼の体を持っていたフラッシュライトで照らす。
しかし彼女の体には傷一つなかった。
「壁にぶつけられる直前で体を硬化させたんじゃ。金の力も持ち合わせておるからな。ただ、流石に冷や汗が出たのう」
「お前……心配させんなよ」
ホッと安堵のため息が出た。
九鬼はジッと牛男を見つめている。
「ずいぶん無茶したな、アキヒト。もう少しで死んでおったぞ」
「あれが一番効果的だと思ったんだよ」
俺は腕の中に残る感触を確かめる。
「でも、素手だとそろそろ厳しいかもな」
◯
戦闘の疲労がある状態で進むのは危険だと判断し、その日は引き返すことにした。
家に戻って時雨さんに三層の入口を見つけたと伝えると、すぐに電話がかかってくる。
『アキヒトさん。三層の入口の件、本当ですか?』
「はい。ただ、二層の魔物でもかなり手強かったんで、三層はより警戒しながら進める感じになりそうです」
『そうですか……。わかりました。どうかお気をつけて。探索映像もありがとうございます。報酬も後日お送りしますね。恐らく、三層の入口も見つけてますし、かなりの金額になるかと』
「あの、それで相談なんすけど。武器っていただけないですか? 流石にここからは何か無いとキツイ気がしてて。報酬は減っても構いません。その分そっちにコストが回せれば」
『武器ですか。どんなものが良いとか希望はありますか?』
「俺の異能を考えると近接武器の方が良い気もしますけど……例えば銃とかってどうなんですか?」
『アキヒトさんなら支給の許可は下りると思いますが、正直個人的にはおすすめできないですね。扱うのにも訓練や知識がいりますし、過去の調査で三層の魔物に弾薬が通用しなかったという報告もあります。また、EDGEでは意外と近接武器の方が研究が進んでるんです。リスクはありますが、アキヒトさんは近接格闘術を学んでますから、併用するならナイフが良いかもしれません。特製のものを支給できます。EDGEが支給できる武器の中でも殺傷能力はかなり高い代物です』
「じゃあ、それでお願いします」
『ただ、武器の取り扱いには十分注意してください。冒険者は武器の持ち運びが認められていますが、それでもダンジョン外で携帯すれば場合によっては銃刀法違反で捕まります』
「わかりました。色々ありがとうございます」
『よかったら一度EDGEの方にも顔を出してください。しばらくお会いできてないので』
「ええ、じゃあまた」
電話を切って一息つく。
いよいよ俺も武器持ちか。
今まで九鬼に頼りっきりだったけど、ここから先はそうもいかない。
どんな危険な魔物が出るか想像もつかないからだ。
特に厄介なのは数だ。
二層の探索だけでも、魔物の数が一層とは段違いに多かった。
今のところ九鬼の能力でほとんど対処できているが、牛男みたいに九鬼の攻撃に耐えうる魔物も今後出てくるかもしれない。
あんな化け物がうようよ出てきたらいよいよマズくなる。
考えてみれば、牛男に銃を撃ってもダメージを与えることはできないだろう。
だからといってナイフで対応できるかは怪しいところだが。
「考えても仕方ねぇか……」
すぐと再びスマホの着信音が鳴った。
時雨さんかと思って見ると、如月からだった。
二層の探索をしたいから手伝ってくれとのことだ。
アキヒト:すまん、三層の探索があるからしばらく手伝えそうにない。
如月:はっ? 三層?
その返事が来るのと同時に電話がかかってくる。
『何で言わないのよ』
「何がだよ」
『三層の探索に決まってるでしょ!? そんな未知の領域、配信したら大バズリするに決まってんじゃない!』
「あのなぁ、そういう問題じゃねぇんだよ。三層を探索するのは俺の問題なんだ」
『どんな問題だってのよ!?』
「それは……」
『蘇生』のアーティファクトのことは話さないほうが良いよな。
「っていうかこの間、一層でも死にかけてたろ。配信しながら三層の探索なんかできるかよ。ミスったら死ぬんだぞ?」
『そんなの分かってる。私だってダンジョン配信に命懸けてんのよ』
「そもそもスマホの電波が届くかも分かんねぇだろ」
『私のスマホはダンジョン配信用の特別製だからたぶん大丈夫よ。っていうかそれを確かめるためにも三層に行くべきでしょ』
ちょっと理屈がよくわからない。
如月は続ける。
『下層に行くほど魔物は危険になるでしょ。いくらあなたと九鬼さんが強いと言っても戦力が心もとないんじゃない? 私がついていくのはかなりのプラスになるはずよ。こう見えても冒険者の中では手練れなんだから』
「そりゃそうだけどよ……」
どう言えば良いか迷った後に、俺は言った。
「今度は守れないかもしれねぇぞ、お前のこと」
するとしばしの沈黙の後、『……それはお互い様』と如月は言った。
『とにかく三層の探索に行くなら私も着いていくから。日程が決まったら必ず連絡しなさい。約束よ』
「あ、おい――」
俺が何か言おうとする前に電話が切れてしまう。
思わずため息が出た。
「約束、か」
ずいぶんしつこく喰らいついてきたな。
この間も家を訪ねてくれたし、如月なりに気を遣ってくれているのかもしれない。
メッセージを送ると、すぐに既読がついた。
アキヒト:心配してくれてありがとな
如月:し
如月:しんぱ
如月:しんぱいしてくる
如月:心配してるじゃない
如月:違う
如月:心配してる訳ないじゃない!
如月:って言いたかった
焦りすぎだろ。
何だかおかしくて笑みがこぼれる。
「待ってろ、きっともうすぐだ」
アーティファクトが見つけられれば、全部終わる。
多額の報酬ももらえるし、みんなに心配をかけることもなくなるだろう。
二層を探索しても、アーティファクトは一つも見つからなかった。
ダンジョンでアーティファクトを見つけることは、宝くじで高額を当てるほどに難しいことだ。
簡単に手に入るものじゃないのは分かってる。
でもきっと、見つけられる。
そんな予感がしていた。




