第17話 日常の終わり
その日は大学もバイトも休みの休日だった。
先日の一件ですっかり疲労した俺は、柄の間の休息を過ごしていた。
家では九鬼が小狐の姿で映画を見ている。
すっかりハマったらしい。
ピンポーン。
不意に玄関のインターホンが鳴り響き、俺は玄関へと向かう。
「誰だ……?」
玄関のドアを開くと、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。
真っ赤な縁のメガネをかけ、黒髪のロングヘアー。
利発そうな顔立ちで、鼻がスッと通った美人だった。
見た感じ、二十代半ばだろうか。
見覚えのある顔だった。
ただ、どこで会ったかは覚えていない。
「えっと、どなた様ですかね」
俺が首を捻ると、女性は頭を下げた。
「こんにちは。時雨ユイと言います」
「はぁ? どうも?」
すると時雨さんは、俺に名刺を差し出した。
「私、EDGEという国の公的機関に勤めてまして。先日の配信の件でお伺いしたいことがあり参りました」
ガラガラと、平穏な日常が終わる音がした
◯
時雨さんをリビングへと通す。
隣にはコハルも座っていた。
テーブルを挟んで、二人して時雨さんと対峙する。
九鬼はチラチラとこちらを気にしながらも映画を見ていた。
室内には緊張した空気が流れている。
「改めてご挨拶を。EDGE職員の時雨ユイと申します。とは言え、初対面ではありません。アキヒトさんとコハルさんのご両親には面識が」
「親父たちを知ってるんですか?」
「同じ職場でお世話になっていました。お葬式にも出席させていただいてます」
どこかで見覚えがあると思ったら葬式か。
確かに言われてみれば、彼女の姿を見かけた覚えがある。
親父とお袋の職場の人は年配の人が多かったから、若い人は印象に残った。
「気が付かなくてすいません」
「いえ、アキヒトさんたちも大変だったと思うので気になさらないでください」
「でも、どうしてEDGEの職員さんとうちの両親に繋がりが? うちの親、ただの公務員ですけど」
「そうですか……。お話されてなかったんですね」
意味深な時雨さんの言葉に俺とコハルは顔を見合わせる。
時雨さんは少し沈黙した後、やがて口を開いた。
「ダンジョンへ繋がるゲートが世界中に出現した時に国が立ち上げたのがEDGEという組織の先駆けです。初期メンバーは公務員からも選出され、その中に守森屋さんご夫妻と私がいました」
「お父さんとお母さんがEDGEに?」
「そういうのって専門家がやるもんじゃないんですか?」
「当時のEDGEは世界中に突然現れたダンジョンに対処するために臨時的に立ち上げられた組織でした。人でも情報も何もかもが不足していたんです。もっとも、今もその状況は大きく変わってはいませんが」
「なるほど……」
人員がいないところに、無理やり公務員をあてたってわけか。
「守森屋さんご夫妻――特にお父上のトウマさんは分析力が優れていらっしゃいましたから。とりわけ熱心にダンジョンの研究を進めていました」
時雨さんは話を続ける。
「トウマさんの功績は大きいです。各国が公開するデータを分析し、ダンジョンの魔物が神話生物に類似していること、ダンジョンに未知のエネルギーが存在しており下層に進むほどその濃度が高まること。また、それに伴い下層の魔物の脅威はより高く、同時に価値の高いアーティファクトが存在する可能性も突き止めていらっしゃいました」
彼女はそう言うと、一枚の紙を差し出す。
何かの資料のようだ。
「過去にEDGEでは下層に向けて優れた戦闘能力を持つ部隊を派遣しています。今までの最高到達階層は第三層。そこで発見されたアーティファクトは、ある国の水の汚染問題を解決しました」
「それは俺も知ってます。テレビのニュースにもなってましたね」
「ただ、下層に潜った百名のうち、生還したのはわずか二名です」
「たった二人?」
俺の言葉に、時雨さんは神妙に頷く。
「ダンジョンが発生して約五年。各国でもこのアーティファクトを巡る精鋭部隊が組織され、そしてダンジョンの探索は幾度となく行われました。ですがご存知の通り、ダンジョンは無限の広さを持ちます。とても国家組織だけで調べられるものではありません。そこで冒険者という制度が発案されました。ダンジョンでの探索に限り法の制限を設けず、破格の費用を投じ、事業としても活性化させた」
「その制度を俺は利用してるって訳か……」
「ダンジョンに関する事業や研究は未だ発展途上です。むしろこれから盛り上がっていくと言えます。世界的に、ダンジョン探索の人員が足りてないんです。特に下層に潜れる人員が」
「……何が言いたいんすか?」
「単刀直入に言います。アキヒトさん、私たちに協力してください」
息を呑んだ。
時雨さんは九鬼に鋭い視線を向ける。
「先日大きな反響を呼んだダンジョン配信者たちの探索映像、EDGEでも話題になっています。九鬼という魔物は、そこで映画を見ている狐ですね?」
「ぬっ?」
何も言わずとも九鬼が魔物であることを見抜かれている。
九尾であることを気付かせぬよう尻尾を隠してくれていたが、無駄だったらしい。
言い当てられた九鬼はぎくりとこちらを向いた。
「先日の配信で、アキヒトさんたちは二層の魔物にも難なく対処していました。下層の魔物に対応できる人材を、EDGEでは探しているんです」
「でもその後、俺は一層の魔物に殺されかけてます。二層より深く潜るってことは、それ以上の危険を承知で探索しろってことですよね」
「もちろん、強制するつもりはありません。それに装備の用意や、相応の報酬など、EDGEで可能な限りサポートはさせていただきます。アキヒトさんが冒険者をされているのも金銭が目的ではないですか?」
「それは……そうですけど。ただ、この間のはイレギュラーで、普段は安全性の高い仕事に絞って活動してます。俺にもしものことがあったら、コハルを一人にしちまう」
「お兄……」
「アキヒトさんが不安に思うのもごもっともです。私もご両親にはお世話になりましたから、こんなご提案は本来するつもりはありませんでした。ただ、私の話には、まだ続きがあるんです」
「続き……?」
俺が怪訝な顔をしていると、時雨さんは別の資料を俺に差し出した。
「これは、過去のEDGEの調査をまとめたものです。この報告書ではダンジョンの第三層に『あるアーティファクト』が存在する可能性が示されています」
「あるアーティファクトって……?」
時雨さんは静かに告げた。
「死者を蘇らせるアーティファクト。『蘇生』の力を持つアーティファクトです』
思わず唾を飲んだ。
「『蘇生』のアーティファクト……?」
「ダンジョンでは巨大な魔物――いわゆるボス格の魔物が存在します。EDGEの派遣部隊がボス格の魔物を確実に駆除した。にもかかわらず、死んだはずの魔物と同個体が再び確認されたという報告が上がっているんです」
「同じ種類の魔物って可能性はないんですか?」
「発見された魔物には、EDGEの部隊がつけた傷がハッキリと確認されています」
ダンジョンでは殺した魔物は灰となって消える。
同じ傷を持った魔物が再び発見されたということは、同じ個体が何故か生きているという証明に他ならない。
「ダンジョンの深層に存在するアーティファクトの力で魔物が蘇った可能性がある。だとすれば、そのアーティファクトを見つけることが出来れば、ご両親を蘇らせることができるかもしれません。無事に発見できたあかつきには、アキヒトさんのご両親――トウマさんとスズさんに優先的に使用することをお約束します」
「親父とお袋が……生き返る?」
手が震える。
もしその話が本当だとすれば、何もかも取り戻せるかもしれない。
家族の団欒も、当たり前の毎日も。
「私も、アキヒトさんを危険にさらすことは本意ではありません。しかし、ダンジョンの深層を探索できる冒険者が枯渇しているのも事実です。あなたとその魔物なら、ダンジョンの秘密を解き明かせるかもしれない」
「ちなみに、九鬼が魔物であるってバレてますけど、EDGEから何らかの危害が及ぶ可能性はありますか」
「本来なら色々と聴取したいところですが……少なくとも私たちの味方でいてくれるなら、こちらから何かするつもりはありません」
「……ふん」
九鬼が不服そうに鼻を鳴らす。
「そんな約束なくとも、人間ごときに儂がどうにかできるとは思えんがな」
「つってもお前、地上だとすぐ魔力が切れるじゃねぇか。魔力切れの時に拘束されたらひとたまりもねぇぞ」
「うっ……」
俺は机の上の資料を眺める。
隣では、コハルが不安そうに俺の顔を眺めていた。
「お兄、どうするの?」
「すぐに返事しろとは言いませんが……」
「いえ」
俺は顔を上げた。
「やります。やらせてください」
「お兄!」
切実な顔をするコハルの頭を、俺は「すまん」と撫でる。
「ずっと考えてたんだ。もし親父とお袋が生きてたら、色んなことが変わるんじゃないかって。金の話じゃない。これから先の人生で、俺たちには頼れる人が必要だと思うんだ」
「でもお兄、さっき言ってたじゃん! 何かあったら私が一人になっちゃうって!」
「それでも……親父とお袋を生き返らせる手段があるなら、俺はその可能性に賭けたい」
俺は時雨さんを見つめる。
「俺が、『蘇生』のアーティファクトを見つけます」




