第16話 覚醒
ハッと、意識が覚醒した。
声が聞こえる。
如月と九鬼の声だ。
どれくらい時間が経った?
数秒か? 数分か?
全身が震えている。
湧き上がる力に体が震えている。
目だけで状況を追ったが、先程と大きくは変わっていない。
俺の体には、依然として多数の蜘蛛がのしかかっている。
「守森屋くん! 嫌ぁ!」
「アキヒト! しっかりせぬか! 小娘、アキヒトを助けよ!」
「そんな……無茶よ。こんなにたくさんの蜘蛛を処理するなんて……」
「ええい、この間の威勢はどうしたんじゃ!」
九鬼が叫ぶも、怯えていて如月は動けていない。
そんな二人をあざ笑うかのように、絡新婦の笑い声が辺りに響いた。
九鬼は大きく歯をむき出しにする。
「もう構うものか……! 他のやつらが死のうがどうでも良い! もろとも燃やし尽くしてくれようぞ!」
九鬼が炎を解き放とうとしたその時。
どこからか獣のような咆哮が聞こえた。
ビリビリと壁まで震えるような獣の咆哮。
それが自分の声であることに気付くのにそう時間はかからなかった。
俺は立ち上がると、体に張り付いた蜘蛛を握りつぶす。
まるで真綿を握りしめるかのように、いとも簡単に蜘蛛の頭部を破壊できた。
体液が飛び散り酷く不快だったが、不思議と恐怖はない。
心臓が大きく鼓動していた。
ドクンドクンと、全身が跳ね上がりそうなくらい血流が巡っている。
「アキヒト、無事じゃったか!」
しかしその声に俺は答えず、如月に目を向けた。
彼女の周りを巨大な蜘蛛が取り囲んでおり、今にも襲いかかりそうだ。
俺は彼女の周囲にいる蜘蛛を振り払うと叫ぶ。
「如月、武器くれ!」
「えっ、武器……?」
「でけぇのだ! とにかくでかいのを頼む!」
言われるがまま如月は『創造』の力で武器を生成する。
彼女が生み出したのは中世ヨーロッパに出てきそうな両手剣だった。
それなりに大きいが、まだ足りない。
「もっとだ、もっとでかいのをくれ! 俺の体よりでかい剣を!」
「でもそんなの……流石に扱えるはず無い!」
「いいからくれ!」
「あぁ、もう仕方ないわね! やるわよ!」
如月が自らの胸部に手をかざすと、体からどでかい剣を生み出す。
それはもはや剣というよりは鉄板だった。
先が鋭く尖った巨大な鉄板に柄がついたものを彼女は生成したのだ。
如月の『創造』の力で生み出した武器はかなり軽量化される。
それでもなお、その剣と思しき代物はかなりの重量を秘めていた。
生み出された瞬間、ガランガランと大きな音を立てて剣は床に落ちる。
普通ならこんなもの、振り回せるはずがない。
だが、俺にはそれで十分だった。
今なら分かる。
俺はこの武器を扱える。
「如月、伏せろ! ぶん回す!」
俺は剣を構えると
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
横薙ぎに剣を一閃した。
ぶんと凄まじい風切り音と共に巨大な剣が地面に蔓延る蜘蛛を真っ二つにしていく。
たった一閃で、百匹以上の蜘蛛が灰と化し、消えていった。
「すごい……」
呆然とした顔で如月が呟く。
だがのんびりしている暇はない。
そのまま鉄板を叩きつけるように、俺は蜘蛛を次々と潰していった。
襲いかかってくる蜘蛛が牙を突き立ててくる。
しかしその牙は、俺の皮膚を破ることはできなかった。
圧倒的な膂力に加え、強靭な肉体が蜘蛛の攻撃をほぼ無効化していた。
辺りにいる蜘蛛を一掃し、俺は繭を抱え込むとそのまま引きちぎる。
いちいち中を開いている暇はない。
「俺がこいつらを部屋の外へ運ぶ! お前が繭を開けろ!」
俺が指示すると、如月は小さく何度も頷いた。
俺は全力で繭を部屋の外へと運び出す。
部屋の中の繭は全部で十個。
それらをすべて運び出し、俺は九鬼に叫んだ。
「九鬼! やれ!」
「ようやくか!」
九鬼が押さえつけていた絡新婦を尻尾で弾き壁へと叩きつける。
「地獄の業火に呑まれるが良い!!」
九鬼から生まれた炎龍は縦横無尽に部屋の中を駆け巡る。
炎に巻き込まれた絡新婦はこの世のものとは思えぬ断末魔を上げた。
絡新婦が焼けると同時に、周囲にいた絡新婦の子供も次々と焼けていく。
「儂に勝てると思うでないわ雑魚がぁ!」
炎の中心に立つ九鬼は、何よりも禍々しく嗤っていた。
◯
大部屋の蜘蛛が絡新婦もろとも一掃されたのを確認し、ようやく一息つくことができた。
「この部屋はもう大丈夫じゃろ」
狐女の姿になった九鬼はこちらに戻って来る。
如月は九鬼の手を取って感謝する。
「九鬼さん、来てくれて良かった。本当にありがとう」
「ほっほっほ、もっと褒めよ讃えよ」
「それに守森屋くんも、ありがとう……」
こちらを振り向く如月の目の奥には、どこか怯えのような感情が見え隠れする。
すると九鬼がジッと俺の目を見つめた。
「アキヒト、お主……また『受け取った』のか?」
「分かんねぇけど……」
俺は体の感覚に意識を向ける。
今は普通だが、体の中に何かが『ある』のは分かった。
「力が増えたのは、何となく分かる気がする」
すると如月が首を傾げた。
「力って、異能のこと?」
「あぁ。蜘蛛の集団に呑まれた時、とんでもない力が体の底から沸き上がったんだ。あんなでかい蜘蛛に牙を立てられたのに、ほとんど傷がついてねぇ」
「異能の力が進化したってこと?」
「進化したって言うより……」
ロウソクが、ボッと燃えるイメージが脳裏に浮かぶ。
「起きたって感じだったな」
俺が元々持っていた力が、流れる時の速度を遅くする『遅延』の力だとするなら。
新たに渡されたのは『剛力』と『鉄壁』と力と言えるのかもしれない。
「守森屋くんが持ってる異能って、アーティファクト一つだけ?」
「そのはずだ」
「じゃあどうして複数の異能が目覚めたのかしら……」
「さあな」
すると九鬼が「ま、良いじゃろ」と肩をすくめた。
「とにかく勝ったんじゃ。さっさと他のやつらを起こすが良い」
「そうだな」
繭を切り開くと、気絶していた配信者たちが一人、また一人と目を覚ます。
目を覚ましたやつらは、何が起こったのか理解できていないようだった。
「とりあえず死者が出なくて良かったな。これで全員か?」
「一人足りないわ。ナオヤさんがいない」
「どこに行ったんじゃあの阿呆は」
すると全く別の部屋から「助けてくれぇ!」と声がする。
足を運ぶと、生き残った蜘蛛に糸でグルグル巻きに逆さ吊りされたナオヤの姿があった。
「何じゃあいつ。一人だけ子供に狩られとるではないか」
「たぶん逃げようとして捕まったんだろうな」
「情けないのう」
「お前ら、いいから俺を助けろ!」
叫ぶナオヤを見て、九鬼がまるでいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
女性の姿のまま、九本の尾を起用に動かして吊るされたナオヤをグラグラと揺らす。
「助けてほしくば土下座するがよい! 小便を漏らし、情けなく喚き散らせ!」
「ひぃぃ! 土下座なんかできねぇよぉ! 勘弁してくれぇ!」
「ガハハハ、弱者をいたぶるのは楽しいのう! ほれほれ、早くせぬと蜘蛛に喉笛を食いちぎられてしまうぞ!」
「ゆ、許してください! 何でもします! 金も渡しますぅ!」
「小便を漏らせと言っておるんじゃ! 早うせい!」
何やら楽しんでいる。
「あの、あれ止めなくても良いの?」
「何か口挟むのも馬鹿らしくなってきたな……」
結局これ以上進むのは難しいという判断になり、俺たちは引き返すことにした。
全員クタクタでボロボロだ。
それまで自信満々だったダンジョン配信者たちの鼻っ柱は、すっかり折れたらしい。
何せ一層はもう余裕で二層に進もうとした矢先に全滅しかけたのだ。
しかも馬鹿にしていたスタッフに助けられたとあって、メンツも丸つぶれだったのだろう。
ちなみにナオヤは最終的に漏らしていた。
ただ、俺はそんなことはどうでも良くて。
とにかく仕事を無事に終えることができて安心していた。
あの時、死を覚悟した俺の脳裏に浮かんだのはコハルの姿だった。
広い一軒家でたった一人膝を抱えるコハルが浮かんだんだ。
もし俺が死んだら、あの姿は現実の物となっただろう。
俺はジッと自分の手を見つめる。
アーティファクトが俺に与えた力が、俺を助けた。
一体あれは、何だったんだ。
「じゃあ、守森屋くん、九鬼さん。今日はありがとう。報酬は後日支払うから」
「ああ、気ぃつけて帰れよ」
如月と別れてようやく家に帰って来る。
魔力切れを起こした九鬼はいつもの小狐姿に戻っていた。
「何かどっと疲れたな……」
「アキヒト、儂何か食べたい」
「はいはい」
玄関を抜けると「お兄!」とコハルが抱きついてくる。
「全然帰ってこなくて心配したんだから!」
「悪い。友達の仕事手伝ってたんだけど、色々あってな」
「それってもしかして……如月オトメちゃん?」
「何で分かんだよ」
するとコハルはスマホを俺の方へと向けた。
「げっ……」
そこで俺は絶句する。
画面には俺と、巨大な九尾になって絡新婦と戦う九鬼の姿が映っていた。
どうやら配信者たちが捕まった時、カメラだけが回りっぱなしになっていたらしい。
「儂とアキヒトが映っておる」
「動画見ようと思ったらlivetubeのトップに表示されてたよ。めちゃくちゃバズってて、切り抜きも出てたし。『如月オトメのスタッフが最強すぎる』ってタイトルで」
「マジかよ……」
恐れていたことがついに起こっちまったか。
半ば覚悟していたとは言え、正直これはかなりまずい。
「面倒なことになるなこれは……」
そしてその予感は、見事に的中する。




