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第15話 絡新婦

 階段を上って一層へ戻って来る。

 階段から一層の床を踏んだ時、靴の裏にヌチャッと嫌な感触が走った。


「何だ……?」


 足を引き上げると、何だか粘着力のあるものが靴の裏に張り付くのが分かる。

 それは白い糸のようなものだった。

 地面一帯を白い糸のようなものが覆っている。


 そこでハッとした。


 よく見ると周囲一帯がすべて糸で覆われていた。

 壁だけじゃない。

 床から壁、そして天井に至るまですべてが糸で覆われている。


「みんなどこ行ったんだ?」


 如月の姿はおろか、コラボに参加していたチャンネルのやつらの姿も見当たらない。

 おーいと声を張ってみたが、答える者はいなかった。


 そこで気付く。

 そうだ、コメントを見れば何か分かるかもしれない。



 名無し:ナオヤとかオトメちゃんどこ行ったの?

 名無し:ナオヤの配信、女の笑い声がして画面真っ暗になったからよくわかんなかった。



 女?

 どういうことだろう。


 とりあえず皆を探そうと足を踏み出したが、糸が絡まってまともに歩けそうにない。

 こんな状態で歩いていたらすぐに動けなくなるだろう。

 仕方なく俺は肩に乗る九鬼に話しかける。


「九鬼、悪い。頼んでいいか?」


「仕方ないのう」


 九鬼が尻尾を振ると、地面の糸がサッと火であぶられ、燃えていく。

 火があたったところだけキレイに焼ききれており、この程度なら燃え広がることはなさそうだ。

 九鬼に地面の糸を焼いてもらいながら、俺は慎重に足を踏み出す。


「気をつけよアキヒト。恐らくこれは魔物の仕業じゃ。それもただの雑魚ではあるまい」


「ここらへんのぬしってことか?」


「恐らくな」


 警戒しながら歩くと、やがて糸に包まれた大きなまゆのようなものが視界に入る。

 人間が入っていそうな大きな繭だった。

 俺と九鬼は顔を見合わせると、どちらともなく頷く。


 繭に絡む糸を九鬼が尾で撫でると、サッと刃物を走らせたように繭が開いた。

 中に見覚えのある女性の姿がある。


「如月!」


 俺が頬を叩くと、「うん……」と彼女はうめき声を上げた。

 とりあえず生きているようで、ホッと安堵の息が出る。


「おい、大丈夫か!」


 俺が揺さぶると、如月は薄く目を開いた。


「守森屋くん……。ここは?」


「ダンジョンだよ。俺が戻ってきたら誰もいなくて探したんだ。お前、魔物に襲われたのか?」


「魔物……?」


 そこで如月はハッと目を見開いた。


「そうだ、突然大きな魔物に襲われて、私……!」


「落ち着け。他のやつはどうなった?」


「分からない。突然視界が利かなくなったから」


 するといつの間にか人間の姿に戻った九鬼が俺の横に立った。


「のうアキヒト。この分じゃと他のやつらも捕まっておるのではないか?」


「あり得るな」


「早くせんと餌になっておるかもしれんのう」


「不吉なこと言うなよ」


 とは言え、九鬼の言うことは最もだ。

 他のやつらの安否が分からない以上、あまりのんびりとはしていられない。


「如月、動けるか?」


「何とか……」


「とりあえずここはヤバい。俺は他の奴を探しに行くから、安全な場所に避難してほしいんだが……」


 すると如月は俺の腕を掴み、ふるふると首を振った。


「一人で行動したくない」


 彼女にしては珍しい、弱々しい言葉だった。

 この状況下だ、無理もないのかもしれない。


 ただ、今の状態の如月を連れて行って良いものか判断に迷う。

 しかし、一人行動させるのも危険な気がした。

 俺や九鬼といっしょにいた方が返って安全かもしれない。


「分かった。一緒に行こう」


 糸を焼きながら周囲を探索する。

 少し通路を歩くと、やがて大部屋へとたどり着いた。


「何だよここ……」


 そこは、蜘蛛の巣だった。

 先ほど如月が入っていたものと同じようなサイズの繭が部屋の至る場所に置かれている。

 壁や床に蜘蛛の糸が敷き詰められており、ここがこの糸の主のねぐらなのだと気付かされる。


「どう見てもヤバいなここ……」


「魔物の巣じゃな」


「不気味ね……」


「とにかく繭だ。早く開こう」


 繭に近づこうと部屋に入った時、不意に女の笑い声が周囲に響いた。

 今日の配信メンバーの中には如月以外に女子もいたはずだが、そいつの笑い声じゃない。


「一体どこから……?」


「アキヒト、上じゃ!」


 九鬼に言われ、咄嗟に転がるように部屋から飛び出す。

 するとさっきまで俺がいた場所に、上から大きな塊が落ちてくるのが分かった。

 眼の前に落下したそれは、着地するとケタケタと不気味な笑い声を放つ。


 黄色と黒色の八本の足。

 奇妙に膨らんだ胴体と尻。

 眼の前に居たのは巨大な蜘蛛だった。

 でも、ただの蜘蛛じゃない。


 そいつは、上半身が長髪の女性の姿をしていた。


絡新婦アラクネじゃ! 気をつけよ! こやつ、人を喰うぞ!」


 九鬼が叫ぶと同時に、絡新婦アラクネはこちらにお尻を向け、糸を飛ばしてくる。

 俺は咄嗟に如月を突き飛ばすと、上体を捻った。

 刹那、俺たちの頭部があった場所を通過して糸が飛び、壁にべチャリと張り付く。


 危なかった。

 あと一秒判断が遅れていたら二人とも絡め取られていた。


「如月、武器くれ!」


「分かってる!」


 如月が両手に刀を生み出し、片方を俺に投げてよこす。

 渡された刀は嘘みたいに軽かった。

 これが如月の『創造』の異能らしい。


「言っておくけどその剣、私以外の人には長持ちしないから!」


「あぁ!」


 とりあえず今はこの状況がどうにかできれば良い。

 刀の心得などなかったが、振り回すと目の前の糸を切ることはできた。

 太い糸に見えるが、見た目ほど頑丈なものではないようだ。


 すると九鬼が一歩踏み出し、絡新婦アラクネに対峙する。


「虫けらが……! 儂の炎の餌食になるが良い!」


 巨大化し、炎を生み出そうとする九鬼に「待て!」と咄嗟に声を出す。


「この部屋、他にも繭がある! いつもの火力で燃くと全員燃け死ぬぞ!」


「じゃあどうすれば良いんじゃ!?」


「風はダメなのか? 以前かまいたち出してたろ!」


「ダメじゃ! ここは空気が滞留しておる! あれは空気の流れが無いと出せん!」


「くそ……」


 こうなったら一か八かだ。

 方法は一つしか無い。


「俺は他のやつを助ける! お前はあの化け物を抑えといてくれ!」


「承知した!」


 俺が走ると同時に、絡新婦アラクネが襲いかかってくる。


「させぬ!」


 しかし巨大化した九鬼が絡新婦アラクネに体当りし、壁に押さえつけた。

 九鬼のすさまじい体当たりを受けても絡新婦アラクネは怯む様子もなく、笑い続ける。


 俺は足に絡まる糸を切りながら繭の近くに駆け寄る。

 すると、繭の影からヌッと大きな物体が姿を現した。


 蜘蛛だ。

 先程の絡新婦アラクネの子供だろうか。

 子供と言っても小型犬くらいのサイズはある。


 それを見た如月は「きゃあ!」と悲鳴を上げた。


「寄らないでぇ! わ、私、蜘蛛苦手なの!」


「言ってる場合かよ!」


 如月に迫る蜘蛛を刀で突き殺、急いで繭を開いて回る。

 すると巣への侵入に気づいたのか、次々と蜘蛛が姿を現してきた。

 かなりの数が居て、見ているだけで気分が悪くなる。


 異能を使い、蜘蛛の動きを正確に捉え、次々と飛び込んでくる蜘蛛を刀で切り落とす。

 異能を使っているとは言え、俺の体力や身体能力は普通の人間そのものだ。

 数に押され、徐々に疲れがにじみ出てくる。


「くそ……このままだとキツイな」


「守森屋くん、後ろ!」


 如月の叫び声に促され振り返ると、眼の前に蜘蛛の姿があった。

 俺が刀を使って身構えたその時。

 持っていた刀が朽ち、ボロボロと崩れてしまった。


「しまった!」


 蜘蛛が体に張り付き、俺に糸を吐き出してくる。

 すると二体、三体と次々に蜘蛛が組み付いてきた。

 重さに負け、思わず倒れる。


「守森屋くん!」


「アキヒト!」


 如月や九鬼の声が遠い。

 視界が蜘蛛で埋まり、蜘蛛の糸が体に絡みつくのが分かった。

 眼の前が暗くなり、死を覚悟する。


 コハル……すまん。


 ◯


 暗闇の中に八本のロウソクが立っている。

 そのうちの一本に火がついていた。

 ロウソクの頼りない火は、薄暗く辺りを照らす。


 するとロウソクに照らされるように、人の手が浮かび上がった。

 見覚えのある八本の手。

 それらはロウソクを指さしている。


 それが人間のものではないことにはすぐに気づいた。


 あの時と一緒だ。

 俺が初めてアーティファクトの力を得た時と。

 あの時はこの八本の手が、俺を指さしていた。


『足りぬか』


『一本では足りぬ』


『二本やろう』


『器が割れるやもしれぬ』


『なれば新たな器を探すまで』


『試してみるか』


『試そう』


 声が聞こえる。

 誰も話していないのに、頭に直接響くようだった。


 すると目の前のロウソクに、更に二つの火が灯る。

 三本のロウソクに火がついていた。


 それと同時に、俺の体の中から何かが湧き上がってくる。

 まるで地の底からエネルギーが湧き上がるかのように、体内を満たす未知の何かを感じる。


 俺の眼の前に、一本の手が差し出された。


『我らに見せよ、お前の渇望を』


 そして俺は、その手を取った。

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