第14話 鬼
ダンジョンの第二層は、広いオフィスのような場所だった。
第一層は地下通路を延々歩いているような感じだったが、それとはまた違う無機質さがある。
コンクリート製のビルの内部、時折非常ベルのような赤い光が辺りを照らしている以外はかなり暗い。
「まるでホラーの世界だな」
異界、という言葉がピタリと当てはまる世界観。
耳を済ませると、どこからかヒタヒタと足音が聞こえる気すらした。
正直、薄気味悪い。
名無し:これが二層?
名無し:完全にホラーじゃん。
名無し:スタッフさん気を付けて……
名無し:早く戻ってオトメちゃん映してください。
コメントの反応も似たような状況だ。
考えてみれば、現在如月の配信には俺の声と薄暗い映像しか映ってないのか。
同時視聴者数は二万人を超えており、あまり実感は無かったがとんでもない状況に自分がいるのだと気がつく。
「暗くてあんまり見えねぇな……」
俺が呟くと「儂が光をやろう」と九鬼が尻尾をフリフリと振った。
ライトが灯されたように、辺りが光に満ちる。
「サンキュ」
名無し:見やすくなった。
名無し:スタッフって女もいんの?
名無し:喋り方可愛い。
急に九鬼が登場したからかコメントがざわめく。
姿が映ってないのだけが幸いしたな。
上のやつらにこの配信が見られていたとしたら、誰と話してたんだとか突っ込まれそうで面倒だが……まぁいいか。
一通り周囲を撮影していく。
周囲の部屋を確かめるように映して回った。
どこか空気が重く、静まり返っていた。
開けっ放しの部屋と廊下が続くオフィスの内部。
地面にはタイルカーペットのようなものが敷かれており、ますます人工的なものを感じさせる。
比較的周囲は見渡せるが、変わったものは見当たらない。
「一層と違って入口が少ないっぽいな」
撮影用とは別に持ってきていた、自分のスマホを開く。
幸いにもまだ電波はあり、EDGEのアプリは機能していた。
歩いた道は記録されるっぽいから、奥に行っても戻ることはできそうだ。
もう少し進んでも大丈夫だろう。
そう思っていると、遠方に気配がした。
思わず撮影用のスマホを向ける。
九鬼の光が届かない暗がりに、誰かが立っているのが分かった。
「人、か……?」
シルエットから男性だと分かる。
手に何か持っていると分かった。
俺たちの他にこの辺りを探索している人がいるのかもしれない。
「すいません」
声をかけると、相手がこちらに向けて歩いてくる。
距離が縮まるにつれ、相手の以上に気が付いた。
呼吸が荒く、何かをブツブツ呟いている。
少なくとも、普通じゃない。
「気をつけよ、あやつ、人ではないぞ」
九鬼の言葉に警戒する。
やがて相手の姿が明らかになった。
冒険者から奪ったと思しきボロボロの服を身にまとった長髪の男が立っている。
ただその皮膚は赤くただれ、左右の目は焦点が合っていなかった。
髪はくしゃくしゃで、涎を垂らし、手には金棒を持っている。
額からは骨が飛び出ており、角のようになっていた。
背丈は間違いなく二メートル以上あるだろう。
思わず見上げてしまうほどの巨体がそこにあった。
俺は思わず後ずさる。
リュックから飛び出た小狐姿の九鬼が俺の肩に乗った。
「これは……鬼じゃ」
「小鬼の次は鬼かよ。親玉登場って感じか……」
「関係があるかどうかは分からんがのう」
俺たちが話している間に、鬼はどんどん距離を詰めてくる。
ドスドスと足音が響き、興奮しているのが分かった。
こちらを獲物として認識したのかもしれない。
「アキヒト、来るぞ!」
「分かってるよ!」
鬼が金棒を振りかぶる。
俺が意識を集中すると、鬼の動きがスローモーションとなった。
金棒を回避するように体を捻る。
空気を切った金棒は地面を大きくえぐった。
当たったらひとたまりもないだろう。
攻撃が当たらなかったことに苛立ったのか、鬼は金棒を闇雲に振り回す。
俺はその脇を縫うようにして鬼の死角に入った。
「九鬼、頼む!」
「うむ!」
九鬼は俺の肩から飛び、たちまち巨大な九尾の狐へと変化し鬼へとのしかかる。
そのまま鬼の動きを封じ、巨大な牙で頭を噛み砕いた。
鬼の鮮血が辺りに飛び散る。
俺は咄嗟に撮影用のスマホを地面へと伏せた。
すると騒ぎを聞きつけたのか、階層の奥から更に人影が現れるのが分かった。
薄暗くて見えないが、先ほどとシルエットが似ている。
これらすべてが鬼のようだ。
「何体来んだよ!」
「まとめて消し炭にしてくれる!」
九鬼が尾から紫電を発し、辺り一帯に雷を走らせる。
駆け抜けた雷光は次々と伝播し、やがて階層にいた無数の鬼を焼き払った。
薄暗い部屋が眩い光に照らされ、数千万ボルトもの電圧を体に受けた鬼たちは瞬時にして絶命し、灰のように消えていく。
肉の焼けた匂いと、薄暗い空間、そして不気味な静寂だけがそこに残った。
「すげえ……」
思わず声が漏れる。
「こやつらはどうやらこの周辺の雑魚のようじゃな」
「上の階層だと小鬼だったのが、こっちだとこのサイズになんのか……」
下の階層が危険だと言われる理由がよくわかった。
上の階層では魔物らしい造形をしていた存在が、ここではもはや怪異だ。
ここからは魔物たちの脅威度も、見た目の異質さも、より増していくのだろう。
「とりあえずこれで安全は確保されたっぽいな」
地面に伏せた撮影用のスマホを回収する。
決定的な場面を何も映さなかったからコメントが荒れているかもしれない。
名無し:画面どうなってんの? これ。
名無し:あ、動いた。
名無し:スタッフ生きてたね。良かった。
名無し:上の階もヤバくね?
名無し:ナオヤの配信ヤバいことになってる。
示されたコメントに思わず首を傾げる。
上の階がヤバい?
どう言うことだ。
あいつらは安全な場所で俺が戻ってくるのを待ってるんじゃないのか。
胸騒ぎがした。
「上に戻ろう」




