第7話 隻腕の悪鬼
「あれは一体……」
漂う灰色の煙の中から、片腕の無い人型のシルエットが朧気ながら浮かび上がる。それの獣のようなツイン・アイが赤黒く発光し、こちらに狙いを定めるかのように覗いていた。
『テメェ……よくもナレシをッ!』
トシの1機が機銃を投げ捨て、アックスを握り直した瞬間、バーニアが閃光を放つ。
白い砂を巻き上げながら、巨体が一気に加速した。
『カマセよせ! そいつは危険だ!』
『ウオオオオ!!』
仲間の制止虚しく、トシが煙の中に突撃した瞬間鳴り響く切断音。アックスを握りしめたままの腕が根元から斬り飛ばされて宙を舞う。
「なっ!?」
『なんだコイツは!? パワーが違いすぎるッ―――!』
またもや起こる爆発。おそらくボディが爆散したのだろう。頭部だけがこちらへと吹っ飛んできた。
『カマセーッ!』
『隊長、あれはなんなんです!? このままじゃ俺たちも』
ソクシと呼ばれていた男の乗るトシの後ろに、その神機は既に立っていた。
「危ない!」
『へぇッ!?』
咄嗟にアクセルを全開にして前に出ると、トシへと突き刺さらんとしていた得物を剣で受け止める。
「……爪!?」
そうしてようやく見えた敵の全体像。赤黒いツイン・アイと、2本の角のような形状をした金色が目立つ頭部のアンテナ。そして右腕に鎧の様に装着されているであろう、三又に分かれた大きな金属の爪。まるで狼のような獣かリョウゴクの空想上のバケモノである鬼をイメージさせるようなフォルム。その細身を覆うのは黒曜石のような黒く深みと光沢のある装甲、その隙間にはククルカンのように薄紫色のラインが走っている。
そして何よりも印象に残るのは根元から欠損した左腕部分。そこから内側が少しばかり覗いている為に、配線や接続部が丸見えになっている。
普通の人なら一部欠損した機体なんて鼻で笑うだろう。しかし一瞬のうちに難なく2機を撃破し、自分が防がなければもう1機やられていた可能性を鑑みれば、その欠損がかえって不気味に映る。
『……なぜ守る? そいつらはお前を殺そうとする敵だぞ』
黒い機体のパイロットが通信をこちらに開いたらしい。酷いノイズ混じりではあるが青年とわかる声がこちらへと届く。
「確かにこの人達は敵ですけど……殺さずに済む道はあるはずです!」
『甘いな、既に戦場を経験して、まだそれが通じるとでも思っているのか?』
「何を……うわっ!」
爪で巻き上げるようにククルカンの剣を跳ね除けると、一瞬のうちに黒い機体が目の前から消え去る。
「消えた!?」
『ヒィッ! 何をッ!? 』
一瞬の閃光、後に爆発音が耳を襲う。
『た、隊長ォッ!』
声からしてやられたのは隊長のようだ。振り返るとあの外付けアンテナが地面に突き刺さっていて、否応なく人の死を自分に認識させる。
『これ以上邪魔立てするなら……お前も狩るぞ新人。なに、予定が早まるだけだ』
黒い機体は右腕を真っ直ぐに構え、最後の1機へと狙いを定める。
(作戦時間は残り4分、勝てるかは分からない。けど、この人を逃がすぐらいの時間稼ぎならできるはず……!)
「やれるものなら、やってみてくださいよ!」
負けじと剣を構え、トシの前に立つ。
『威勢だけは十分だな。ここで殺すには惜しいが、死んでもらうぞ……!』
爪をまっすぐに構えた黒い機体がこちらへ突進する。さすがはククルカンと同じGA型、一瞬で目と鼻の先にまで接近され、爪を突き立てられそうになる。
「早いッ!」
咄嗟に剣で受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだのまでは良かった。しかしだんだんとこちらが押されていく。腕部のパワーダンパーと連動している操縦桿が、腕が押されることによって勝手に戻ろうとする為にその感覚をより実感させる。
(パワーが負けているのか? 相手は片腕一本なはず、それでここまで押されるのは技術や小細工とは訳が違う……!)
『それなりに操縦技術はあるみたいだが、戦闘は素人もいい所だな。今のお前は機体性能で生かされてるだけだ』
さらに押されてしまい、モニターの眼前にまで爪が迫る。
(やられる……!)
そう思った瞬間、自分と黒い機体に割って入るようにアックスを構えたトシが突進してくる。
『うおおおおおッ!』
「グレガリアの人!なんで!?」
バーニアを焼き切れるまで吹かしてアックスを黒い機体に振り下ろさんとするが、黒い機体が回避したことでそれは不発に終わる。
『死に急ぎか? せっかく助かったのなら逃げれば良かっただろうに』
『目の前に仲間の仇と、命の恩人がいてしっぽ巻いて逃げれるかよ!』
再度立ち向かおうとするトシを制止し、その前に立つ。
「助けていただいてありがとうございます、でも危険ですから早く逃げてください!」
『あ、ああ……』
『お前に何が出来る? 今度こそ死ぬぞ新人』
再度モニターを確認すると作戦時間は残り2分、そこまで稼げればいい。自分は初っ端から勝つ必要はないのだ。
「負けないことなら、できます!」
『ふん……やってみせろ!』
突撃してくる黒い機体、その爪を剣で受け鍔迫り合いになるまでは同じだ。
(まともにやったらパワーで負ける、自分こそ必要なのは技術や小細工……!)
僅かに相手の体勢がが優勢になったと感じた瞬間、剣を手放し、姿勢を低くして黒い機体の内へと潜り込む。
『何ッ!』
鍔迫り合いに集中していた黒い機体は、片腕が無いこともあってボディががら空きになる。
「ええい!」
『グゥッ……!』
そこへ思い切りククルカンの拳を叩き込み、黒い機体を下がらせる事に成功する。
そのまま手放した剣をすぐに回収し、全速力で黒い機体へと接近する。
「もう一発ッ!」
狙うは頭部、いつものように視界を奪い無力化するために思いきり剣を振り下ろす。
金属音と感じる手応え。
「やった!?」
しかしすんでのところで避けられており、切断できたのは左側のアンテナだけだった。
『今のはなかなかいい、不殺に拘ってなければ勝てたかもしれんぞ』
アンテナを切り落としたためかノイズがさらに酷くなり、声に不気味さが増す。
「さっきも言いましたけど、殺す必要なんてないはずです。あの人たちも、貴方も」
『……無権地帯でそれが通じると思っているなら、お前はまだ甘い』
黒い機体は再度右腕を構え、攻撃動作を取ろうとする。
「来る……!」
『今度こそ殺す。同じ手が通じると……ッ!』
黒い機体が突如後ろを向いて飛び退いたかと思うと、コンマの後に黄色い一条の光が黒い機体がいた場所を貫く。着弾した場所の砂は硝子化していた。
『ウィッシュ、無事か!』
通信と共に前方からキャリアーが迫ってくる。どうやらノアのトラロックが放ったビームのようだ。
「はい!」
『なら良い、今援護する!』
二、三度光ったかと思うと、黒い機体目掛けてビームが襲いかかる。
『チッ……多勢に無勢か、厄介な奴が増えた』
それすらも全て圧倒的速度で回避し、黒い機体は自分から距離をとる。
『ノアの子飼い、せいぜいオレに殺されないように腕を磨いておけ。その甘ったれた考えを貫くつもりならな』
背中を向け、黒い機体が飛び立とうとする。
「逃がすとでも……!」
己も追いかけようとするものの、黒い機体は陽炎のように一瞬のうちに消え去ってしまった。
『深追いはやめておけウィッシュ、作戦終了だ』
既にタイマーはゼロになっていた
「……はい」
黒い機体が去った方向を向き、広がる砂漠を眺める。一瞬でも死を覚悟したその戦いが、強く己に刻まれたような感覚があった。
戦闘終了後、残った1機のトシは投降した。襲撃相手ということもあり、ノア達は一時的にキャリアーを停車してその処分を決めようとしていた。
「背後からうちのを狙わなかったらしいな、むしろ助けようとしたと聞いたぞ」
そのパイロットは頬のこけた中年で、とてもさっきまで敵対していた悪党には見えない。
「元々隊長に命令されてただけだ。それにこっちがやられたのはあの黒野郎だからな……グレガリアなんてクソにいるけど、俺だって恩人を騙し討ちするほど恥知らずじゃねぇ」
「そうかい……どうするウィッシュ、このまま放してやるか、捕虜にするか」
「放してあげてください。僕はこの人達に攻撃されてませんから」
少なくともミサイルを撃ってきたのも別の人だ。となれば彼に恨みはない。むしろこちらも助けて貰ったのだから貸し借りもない。このまま放してあげるのが道理だ。
「わかった」
そういうとノアは小さな袋を相手へ投げ渡す。音からして食料だろうか。
「それがあれば数日はもつ。どこへとでも行け、敵対すれば次はないぞ」
「ありがとよ……アンタもありがとうな」
ノアと自分に礼を言い、袋を受け取って立ち上がると、乗っていたトシへと戻ろうとする。
「これからどうするんです?」
「隊長が死んだ時点で俺はもうグレガリアから籍は消えてる。物資が余ってるうちにどっかの国や旅団に辿りつければ良いけどな」
「そうですか……お元気で」
そう言葉をかけた男の手が止まり、こちらを向く。その目は哀れむような、眩しいものを見るようなそんな表情だ。
「アンタ、優しすぎるな」
「平和なら人は助け合うべきですから」
少なくとも自分はそう信じている。故郷ではそうだったからこそ。
「……厳しいことを言うが、アンタはきっとどこかで挫折をする。多分人に言われたまま戦ってるだろ、俺が新兵だった頃にそっくりだ」
「あなたは……統一戦争に?」
男は頷きもせず、ただ沈む夕日に目を向けた。
「戦う理由を見つけろ、銀色。折れても言われるがまま戦ってきた俺みたいに、クズに落ちないためにも」
「……はい」
「それじゃあな、二度と会わないことを願うよ」
男は別れを告げてトシへ乗り込み、西の方へと消えていった。願わくば無事にどこかへ辿り着いて欲しい、と心の中で思う。
「俺たちも行くぞ。まだ移動の途中だからな」
「はい」
だんだんと西に傾き始めた太陽の光を背に受けながら、キャリアーへと歩いていった。