第5話 東へ
未明にあった襲撃に対処したことによる急な出撃の疲れで眠ってしまった。次に目が覚めた時に時計を確認したら、時刻はすっかり昼過ぎになっていた。
せっかくだし前々からやろうとしていたことをしようと部屋から出て、エレベーターで下の階へと降りてキャリアーの外に出る。見上げると太陽の位置は頂点から少し降りた程度で、差し込む日光が目に痛い。瞬きをして明るさに目を鳴らしつつ、バイクが保管されているガレージを目指してメカニックブロックへと向かう。
道中すれ違う人々の中には自分に挨拶を交わす人も何人かいて、多くは自分がククルカンで戦っていることを賞賛される。
この時の自分は余所者かつ新参者の自分が受け入れられることが意外に思った。自分の故郷では職人組合に入った新参の職人は、組合内に身内がいない場合規則の徹底を厳しく見られ、少しでも破ればすぐさま爪弾きになっていたからだ。
幼少期の自分はそれが正しいのかをずっと疑問に思っていたが、おそらくそれは悪習だったのだろう、と旅の中で感じてはいた。叔父も組合の古株ではあったが、そういった空気を嫌っていた。
そう考えると、ここの人々は随分と懐が深い。自分が元々は工業国出身のよそ者かつD、Driverであるかもしれないのに除け者にもされず化け物扱いもされない。そもそもDが世間にどう扱われてるかも分からないから差別されるかもなんてのは己の想像でしかないが。
メカニックブロックに入ったが、自分のバイクが運び込まれたガレージがどこにあるかまでは聞いていなかったので、近くの人へ話しかける。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど……」
「ん? どうしたウィッシュ」
振り返ったのはつるりと禿げ上がった頭が特徴的な中年の男だ。そしてどうやら初対面なはずなのに名前を呼ばれている。既に自分の情報は隅々に知れ渡っているらしい。機械の発達してる故郷より話の伝達が早い。
「このガレージってどっちにあります? バイク直したくって」
「それならここをそのまま真っ直ぐだ。ただそのうち移動が始まる、今行くと揺れるかもしれないぞ」
「移動? なんでまた」
「グレガリアの連中の襲撃が2度もあったからな、そろそろ安全を確保したいんだと」
となると今のタイミングで下手にキャリアーから離れているのも危ない気がする。いざ移動直前に襲われているとなった場合に出撃できないとなったら大変だ。
「ありがとうございます。なら少しキャリアーに戻りますね」
「おう、バイクはちゃんと保管しとくから安心しな。また襲われたら頼むぜ」
手を振って別れて、来た道を急ぎ足で戻る。同じ旅団の中とはいえ、ブロックに入ってしまうと地味にキャリアーから距離があるために一苦労である。
下部入口からキャリアーに入り、上部にあるメインブリッジを目指す。ノアに会って移動先を聞くためだ。
既に個人では3ヶ月ほど旅を続けている中、常に自分が地球上のどの位置にいるか、どの方向に向かっているかについては逐一把握するようにしている。癖のようなものだが、そうしないと落ち着かないのだ。
エレベーターでメインブリッジのある階へと上がる。少々高い場所にあるせいか気圧差で耳が詰まる。ククルカンに乗っている時はヘルメットが防いでくれる為にこういうのは気にならないが、普段は不快で仕方がない。
エレベーターから出てメインブリッジのドアの前に立つと自動で左右に開く。やはり中にはノアがいたし、他にも数名人がいる。
「ウィッシュか、どうした?」
ノアが振り返るとその周りにいた他の人々も振り返る、その中にはナハイムもいた。
「そのうち移動が始まると聞きまして、目的地を知りたいんです」
「ちょうど話し合っていたところだ。聞いていくか?」
「じゃあお言葉に甘えて」
近くの空いている椅子に座る。位置的にちょうど窓が見えやすくて良い。
それと同時にノア達の会議が再開される。
「やはり第一としてはグレガリアの連中を徹底的に潰すことを考えなきゃならん。向かうべきは東だろう」
ノアが開いているウィンドウはどうやらこの砂漠の地図のようだ。東側にはバッタのようなマークのピンがいくつも表示されている。
「それは重々承知しておる、だがまだトシが直っておらん。ククルカンとトラロックでは不安が残るだろう、交易を兼ねて南東の方はどうだ? 今なら機械に強いシープのやつらが滞在してるはずだ」
ナハイムが操作すると右下の位置に捻れた角の生えた羊のマークのピンが表示される。機械に強いならバイクの改造材料が手に入るかもしれない。今度は壊れないように防御機構をつけたいのだ。結構興味がある。
「急ぎとは言わんが交易なら北東の方にいる遊牧のゴート達に会っておきたいな。そっちの方で取れる食糧があと半年分しかねぇ」
髭を薄く蓄えた中年は右上の山羊のマークのピンをピックアップする。個人的ではあるが遊牧民には会ったことがないので少し興味が湧く。
「東に行くんなら増えた金を整理したいからフォンクォンに寄りたいね。本当なら西のルールかアルメレか海を超えたリョウゴクの方が安くていいんだけども」
砂漠の先の地域が赤く表示される。星と花の描かれた国旗が特徴の経済特区国家フォンクォンだ。これもまた自分は未踏であるが故に訪れたい国の1つだった。
色々意見は出ているものの、東の方向へ向かっていくことは確からしい。
「そうだな……ウィッシュ、お前はどう思う?」
「自分ですか?」
「ああ。お前も一員だろう、意見を言う権利は平等だ」
そうは言っても急に振られるのは困る、今出た意見のどれもは自分にとって魅力的な案ばかりだ。どれを優先させるかとなると悩む。
あとはそう、グレガリアについて自分はそこまで知識はない。旅を始める前に注意した方がいい集団として教えられた程度だ。
「その、参考にしたいのでグレガリアについて教えて貰っても? あんまり詳しくないもので」
「いいだろう。地図からもわかるとは思うが、グレガリアは色んな場所にいる。今多くは東側に集中しているがな。潰しても潰しても湧いてくる無権地帯の害虫だ」
「なんでそんなに沢山いるんです?」
「グレガリアは勝手に増えるからだ。沢山とは言っても奴らはボスから暖簾分けしただけの末端。ボスに比べりゃ旅団と呼ぶのもおこがましいが、それでも奴らは一応1つの旅団だ。個々は雑魚だがキリがない」
ウィンドウが切り替わり、地図全体がグレガリアのマークに染まる。
「これが数ヶ月前、俺達と他の旅団で掃討を行う前の影響領域だった」
「砂漠全体を……!?」
「そうだ。当時は西側をギーサ・レオーレ、東側をマルティ・ネドゥミコーの二人のボスが別れて暴れ回っていた」
ウィンドウが再度さっきの地図へと戻る。
「俺達はギーサを潰した事で西側におけるグレガリアの脅威を9割減らした。だが奴らは蛇のようにしぶとい。頭であるマルティが残っているからか中々消えないんだ」
「だから東へ向かい、マルティを倒しグレガリア自体を撲滅する……ってことですか?」
「そういうことだ。厄介な相手だから中々手を出せなかったが、お前が来たことにより攻略の糸口が見えた。故に今度こそ根から断ち切る」
ノアの声からはそれが本気であることが伝わってくる。つまるところ、おそらくどの行き先を選んでも最終的にグレガリアとの衝突は避けられないということになるのではないだろうか。となれば……
「なるほど、なら僕は南東ですかね」
「理由を聞いても?」
尋ねるのは髭の中年。
「どちらにせよグレガリアとの衝突が必然だとするなら、ナハイムさんの意見は正しいと思うからです。それに僕のバイクを直したいのと、改造材料が欲しいので」
バイクの件も伝わっていたのか、フォンクォン行きを希望していた糸目の男と髭の男は納得したような様子を見せる。
「団長、オレ達も南東行きに異論はねぇ。飯の件は食材を選ばなきゃ2年はもつ」
「どうせフォンクォンに行くにも奴らを何とかしなきゃ苦しいしね、ウィッシュ君に賛成だ」
言葉を聞き終え、ノアは頷く。
「よし、目的地は南東・シープの滞在地付近だ。すぐに出発させるぞ」
ノアによってアナウンスがメインブリッジを通して飛ばされ、ブルーバードの全体に移動の指示が伝えられる。
「結構揺れるからしっかり座っとけよ!」
10数分の後、髭の男がそう叫んでから思い切り舵を切る。すぐに地響きのような轟音と共にキャリアーが旋回し、南東の方向へと船首を向ける。
「前方障害物なし、重力波観測レーダーに異常なし」
「全ブロック格納確認完了、チェックリストオールグリーン」
「アーク発進!」
霧笛を鳴らし、ついにキャリアーが動き出す。GAシステムのエンジン音を低くしたような駆動音が鳴り響いたかと思うとスピードが上がっていき、窓の外の景色が早く流れていく。
初めての経験に言葉が出ない。ただその様子を眺めているだけで楽しく、心が踊る。
そうして始まった東への大移動、これがまた一つの転機であった。