第4話 老兵ハチドリ
まるで圧縮された空気の塊が己に襲いかかってくるような轟音が、ぐっすりと眠っていた自分を叩き起す。
「何事!?」
数秒と経たずに扉が乱暴に開け放たれ、現れたのはナストアだった。
「敵襲だよ! 格納庫に行くからついてきな!」
「は、はい!」
寝てはいたものの幸いな事に服は着たままだったので、移動が遅れたり恥をかく目にあうことはなかった。移動途中は寝起きなことと、爆発による振動によって足がもたつく。
降りるために乗り込んだエレベーターの中にも振動が伝わり、天井から埃のようなものが落ちてくる。
「迫撃砲を使ってやがるね……うざったくてしょうがない」
「ここ、崩れませんよね?」
少々不安になって尋ねる。
「あったりまえさ、ビーム砲だって耐えるように作ってんだ」
ビームすら防げると豪語するなら信頼出来る。ただ、一介の旅団にしては少々重装備な気がしなくもないが……
「来たか、初めてにしては早かったな」
格納庫にはノアが先に辿り着いていたらしく、トラロックの前で何やら作業をしていた。
「アタシが呼んだんだよ。呑気に寝ぼけてるかもしれないだろコイツ」
酷い言われようだが、実際そうだったので反論できない。
「まぁいいさ。ウィッシュ、お前は先にククルカンで出撃しろ」
「了解です!」
既に準備していたのかナストアからパイロットスーツとヘルメットを渡される。
「俺も最終確認が終わったらトラロックで出る。そこまでもたせてもいい、倒せるなら倒しちまっていい。生き残れ、殺すな、この二つを守れればなんでもいい」
「はい!」
ククルカンに乗り込み、スーツを着てからヘルメットを被り、キーを差して起動する。二回目ではあるが少し慣れてきた。
『G.A.D.D.システム起動完了、ハッチオープン。昇降機上昇開始』
インカムから聞こえるナストアの声が告げると同時に、だんだんと格納庫の景色が下がっていく。
入れ替わりに見えてくる日の出直前の白んだ空が目に眩しい。雲一つないからか、深い青色とオレンジがかった赤い色の空が綺麗なコントラストをつけている。
『ククルカン、出撃許可!』
「えーと……ククルカン出ます!」
前のように飛び上がり過ぎないように慎重に操縦桿を操り、それなりの速度で旅団上空へと進むことに成功する。
「敵は……」
見回すとモニターにピックアップされるトシ2機の姿。彼らが持っているのは機銃と腰に差したアックスだけのようだ。
「迫撃砲を持ってない……?」
その瞬間別方向から迫る飛行物体にモニターが警告を示す。
「うわっ、別働隊か!?」
このまま自分が回避すれば下手なところに被害が出る可能性がある。3番トリガーを押して剣を抜刀すると、迫る砲弾を迎え撃つ。
「危ないだろ!」
剣で横に一閃、真っ二つに割れた砲弾はそのまま空中で爆発する。
「ノアさん!別働隊がいます、遠くから狙われてます!」
『急ぎ出撃する、それまでもたせろ!』
「はい!」
次の砲撃が来る前に地上部隊をどうにかするべく、地面に降り立つ。
『出たな銀色! ウゴー達の分の落とし前をつけさせてもらうぞ』
以前とは違い相手は通信回線を意識してオープンにしているらしい。ウゴーというのはおそらく昨日、最後に撃破した彼だろうか。
「どこの誰だかはわかりませんが、怪我しても文句は言わないでくださいよ!」
『舐めるなァ!』
自分に向かって掃射される2機の機銃をすぐに飛び上がって回避し、空中から宙返りするような高速機動で後ろに回る。
『消えたッ!?』
『後ろだジヌイニ!』
1機に反応されたものの、まだ自分の方を向いていないトシの頭部を加速の勢いのまま切り落として視界を奪う。
『うわぁぁぁ!』
音声が乱れると共に聞こえる爆発音、頭部が誘爆したらしい。
『ちぃっ! 聞いた以上に化け物だ!』
残った二機目が再度自分に機銃を掃射するのを旋回して紙一重で回避する。
「迫撃砲は……来てる!? 間に合わない――」
放物線を描いてキャリアーに迫る砲弾を、黄色い閃光が貫き消滅させる。
『待たせたな! 遠くの奴らは俺に任せろ!』
射線の元を視線でたどる。キャリアーの上に、大型のビーム・スナイパーライフルを構えたコバルトブルーのトラロックが立っていた。
「はい!」
『クソッ、ハチドリまで出てきやがった! 』
通信越しに敵の悪態が聞こえる。機銃でトラロックを狙われる前に仕留めなければ。
「あなたの相手は僕です! 」
『舐めやがって、クソ銀色がァ! 』
真正面から突撃する。自分の狙いは相変わらず頭部、視界を奪うこと。
機銃を捨て、昨日のウゴーのようにアックスを構えようとするトシに、アクセルを全開まで踏み込む。最大加速によって防御をする暇を与えず首を斬り落とす。
『馬鹿な……こんなに速いなどとッ!』
頭部ユニットを失ったために視界が奪われ、2機目のトシが崩れ落ちた。
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「おい、第4射目ビームで防がれてなかったか?」
迫撃砲を再装填するトシ・S型に乗るグレガリアの一人が仲間に訪ねる。
『んなわきゃねぇだろ、そもそも銀色の奴以外ブルーバードは動かせねえはずだ』
「そっか……ならいいか」
『無駄口叩いてないでさっさとしろ、地上のヤツらがやられちま―――』
響く爆発音。何があったか尋ねようと呼びかけても通信から聞こえるのはノイズのみ。
「おい、どうした? おい?」
頭部だけで振り返ると撃墜された仲間の機体が倒れ伏している。
「狙われてやがるのか! クソッ、さっさとコイツを撃って……ッ!?」
スコープモードに切りかえた瞬間、トシのモニターいっぱいに映り込む青色の機体。
「ハチド―――」
彼の目に最後に映った光景は、トラロックの得物から放たれる黄色い閃光だった。
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遠くで爆発音が響いたあと、少しの沈黙が訪れる。
『こっちも終わった、帰投しろウィッシュ』
そう通信で告げてからスナイパーライフルをリアクティブにすると、トラロックはハッチに吸い込まれていく。
「了解、戻ります」
ゆっくり息を吐いてから空を見上げる。すっかり太陽が登って、周りが明るくなっていた。その空もまた水色で綺麗だ。ククルカンで見る空は、やはり綺麗に映る。
帰投する為に飛び上がった時、一瞬何かモニターの端に映ったような気がした。だがそれはすぐに消えてしまった。
「鳥かな……?」
少しの間それが気になっていたが、帰投してベッドに倒れ込んだ時にはもう記憶から忘れ去っていた。