第3話 契約
ククルカンと共に無事に敵を無力化したとはいえ、被害は酷いものだった。
「ああっ!?」
爆散したトシの頭部の破片が自分のバイクの胴体に突き刺さり、修理が必要になってしまった。移動のための脚を失ったも同然だ。
「坊主のバイクか?」
「はい、自分で改造した物なんです」
見るも無惨に壊れたバイクの前で嘆く自分の肩に、ノアが手をかける。
「お前さんの気持ちはわかる、だがこれが旅団ってもんだ。これから慣れてもらうぞ」
「はい……え?」
状況が呑み込めず固まる。
「ああ忘れてたな。さっき提示した3つの条件の最後の一つ、『俺たちの一員になってもらう』これがそうだ」
「ああ……だから生きて帰ってきたらって事ですか」
なるほどそりゃそうだ、生きて帰って来れる保証もない相手にこんな条件を言えるわけが無い。
「そうだ、特に今はこの旅団で自由に動かせる神機はあれしか無い。整備を急がせてはいるがな。それに砂漠じゃ噂はすぐに広がる、俺たちが生き残る為にはお前を主戦力として雇わせてもらうしかない」
少し悩む。そもそも旅に出た理由は世界を回るためだ、この旅団が移動するにしてもどう移動するのかは分からない。一箇所に留まるのは正直嫌だ。
だけど、ククルカンに乗った時に見た空はとても綺麗だった。もう一度見れるなら、ここにいる意味はあるのかもしれない。
「……わかりました。受けます」
「よし、よろしく頼むぞウィッシュ」
握手を交わす。ノアの手には傷が走っておりザラザラとした感触がする。
「それでなんですけど、どこかにガレージありませんか? これを修理したくて」
「神機用とは別にある、後で案内しよう。おい!こいつをガレージに運んでやれ!」
「へい!」
どこからか屈強な男が2人現れると、バイクを片腕で軽々と担いで去っていく。すごすぎて言葉が出ない。
「とりあえずはうちの旅団、ブルーバードについて知ってもらおう。ついてきてくれ」
「はい」
ノアの後ろについて歩く、パイロットスーツのままだったが体温管理機能のおかげか砂漠でもいくらか快適だ。
「ここがバザールブロック、比較的無事ですんだみたいだな」
あちこちで壊れたものを直す人々は少しいるが、それなりに訪れたときの様相を残している。たまに通り過ぎる人がノアに挨拶をして通り過ぎていく。
「お前は身内になるから何か買う場合は安くなる、これを印としてつけておけよ」
青い鳥の小さいバッジを渡される。多少くすんでいるが綺麗だ。そういえばコーヒーを売ってくれた店主は無事だろうか、とふと気になる。
「あのー……コーヒー屋の人は無事ですか?」
「ムマラか、それならあっちで金を数えてる」
指をさした方には小銭を1枚1枚確認する店主の姿があった。
「声でもかけるか?」
「いえ、無事ならいいんです。せっかくコーヒーを売って貰ったのに怪我なんてさせてたら申し訳ないので」
「割高で売るやつだぞ、そんなに礼儀を払わなくたっていい」
高いと思ったらそういう事か、まぁ美味しかったし満足しているので何も言わずにおく。
「次の場所に向かうぞ、ゆっくりしてると日が暮れる」
「了解です」
そこから生活ブロック、警備ブロック、ガレージのあるメカニックブロックを順に紹介されることになった。
それぞれ被害状況はバラバラだったが、人員の犠牲はほとんどなかったらしい。
それどころかまるで襲撃なんて無かったかのように、活気づいて復旧を行っていた。
巡っているうちにだんだん日が落ちていき、ほぼ夜になろうというぐらいになってようやくキャリアーの前にまで戻ってくる。
「改めて紹介するが、こいつがうちのキャリアー『アーク』だ。お前さんはここで生活するといい、ちょうど空いてる部屋もある」
中に入ろうとした時、キャリアーの入口から1人の初老の男が飛び出してくる。
「うわっ!?」
男は自分の肩を掴むと強く揺さぶって何かを早口で捲したてる。
「落ち着けナハイム、今度はどうした」
ナハイムと呼ばれた男はノアの方を向いてまた捲したてる。今度は少しゆっくりなので言葉をききとれた。
「おいノア、こいつがあのククルカンを動かしたんだな!?」
「ああそうだ。最大稼働に近い状態にまで動かして生き残った」
またもや強く揺さぶられる。
「念願だ! 念願だぞ! 感謝するぞ少年! ワシが諦めず整備していたのは間違いじゃあなかったんだ! なぁナストア!」
「わーったから……グロッキーになっちまうからそいつを離してやれよ親父」
ナストアの言葉でようやく解放されたが、あまりにも揺さぶられすぎて世界が揺れている。
「あの、この人は……?」
「ナハイム・サリィ、アタシの親父でブルーバードの主要メカニックだよ。あのボンクラにご執心だったんだ」
なるほど、扱いはともかく褒められているらしい。それならいいけれど揺さぶられるのは二度とゴメンだ。
「ところでナハイム、俺のトラロックは問題ないか?」
「ああ、遠くの山すら撃てるほどに直しておいた。他のトシはまだかかるがな」
「十分だ、前はこいつが張ってくれる」
自分の肩をバンバンと叩く。いざ言われると緊張するが、それが雇われた自分の役目だ。
「そうかそうか、DかFかはわからんがアレを動かせる人材がいるなら問題は無いな。頼むぞ少年」
自分は少年という年でもないのだがそこには目を瞑る。ところで気になったことがある。
「あのー……DとFってなんです?」
それを聞かれたノアが少し考え込んでから口を開く。
「坊主、お前さん歳は?」
「19です」
「戦後生まれって訳でもないのか……親はいるか?」
「いえ、物心着く前に戦争で死んだとしか。自分は叔父に育てられたので」
「……そうか、悪いことを聞いた」
「いえ、覚えていないので。気にしないでください」
正直本当の親に関する記憶は無い。叔父と街の人達が自分にとっての親だ。
今更それを気にする気も無い。自分にとってはどうでもいい事だと捉えていた。
「まぁ質問に答えよう。D、またはDriverとF、もしくはFormuler。GA型に乗って生きて帰れるのはこいつらだけだ」
「ああそういえば……俗に言う『Dは人類の革新』でしたっけ」
歴史の授業で習った人類の革新、Dの存在。戦争暦では彼らの活躍と犠牲があって帝国が勝利したと習った。
「でもFは聞いたことないですね、Fって一体?」
ノアはさっき以上に言い淀む。
「……それは、時が来たら教えよう。少なくとも今はお前がそのDである可能性が高いということを覚えておけばいい」
はぐらかされてしまった。Fのことも気になったが、自分が人類の革新のDだって? という事への驚きの方が大きい。そんなはずは無い、こんな凡庸でただ機械いじりが好きな自分が人類の革新だとするなら、もっとDはその辺にいていいはずだ。
「僕がD? まさかぁ……そんなまさか」
「現にお前はあれの加速に耐えた、それが何よりもの証左だ。普通の人間が乗れば内臓が破裂して死ぬからな」
そういえばそんな事もどこかで聞いた気がする。改めて今日の自分がやろうとしたこと、そして実際に成したことの恐ろしさを実感してまた手が震える。
「さて今日は遅い、一旦休め。またグレガリアが襲ってくる可能性があるからな」
「は、はい」
ナストアに案内され、簡易的なベッドだけが置かれた空き部屋に荷物を置く。
電気を消して寝転がる。目を閉じると瞼の裏に吸い込まれそうな程に青い空が浮かび上がる。
「戦いはまだ分からないし怖いけど……でも、空は綺麗だった……」
一人つぶやく。無権地帯にて、新しいものを見て、得た。
叔父が自分を旅に送り出した時の言葉を思い出す。
「広い世界を見てこい。そうしたらお前もきっと良いものを見つけられるはずだ」
それがククルカンであるのかは分からない。でもきっと、この旅団と行動を共にすることで何かを得られるはずだ。
明日への期待を胸に眠りにつく。ベッドは寝袋やバイクの座席よりはよっぽど快適だったからか、すぐに眠ってしまった。