第2話 砂漠に踊る
モニターの起動によって視界が広がると同時に、席の左右へ操縦桿が自分の動かしやすい位置にスライドしてくる。
ペダルと合わせて前後に動かすことでアクセルブレーキを調節し、5本の鍵盤のようなトリガーをそれぞれ押し込むことによって武装などを切り替える。最も一般的でアナログチックな方式の操縦桿だ。
『起動できたみたいだな。一旦G.A.D.D.システム起動まで待て。操縦法はルールのトラロックとそう変わらないから説明はいいな?』
GA型はその機体性能から普通に戦闘を行えば周囲に甚大な被害を及ぼす、それを抑えるための防御システムがG.A.D.D.システムであり、これもG-システムの応用らしい。
「それは大丈夫ですけど、武器はどこを押せば?」
初めて乗るものだからこの神機の操縦桿に付いているどのトリガーが何に対応しているかなんて知りようもない。故郷で散々乗った工業モデルの神機だったら目を瞑ってでもできるが。
『今押したら格納庫がぶっ壊れるだろ! 発進してからにしな!』
「は、はい! すみません!」
耳に突き刺さるナストアの大声が痛い、指摘はごもっともだがせめて少し声を抑えて欲しい。
『G.A.D.D.システム起動まで5秒前だ。ハッチを開いて昇降機を上げろ、上部から発進させる!』
ゴウンゴウンと重厚な音を立てて、段々と格納庫の景色が下がっていく。
「ふぅ、頑張ろう」
入れ替わるように見えてくる砂漠の景色、そしてその中暴れ回る4機の神機が見える。おそらくトシだろう。
『ノア・ダンブライト、発進を許可する!』
「えっと……出ます!」
操縦桿を思い切り前に倒し、アクセルを全開に入れる。モーターが激しく回転して猛禽類の鳴き声のような高い音を響かせる。同時に襲いかかる身体への重圧、モニターの景色が一瞬で青く塗り変わっていく。
瞬間、視界が真っ白になった。
■■■
グレガリアのメンバーが駆る4機のトシが旅団のバザールを荒らす。
「オラオラブルーバード共、早く団長を出しやがれ!」
「出るわけねぇだろうけどな。整備が終わってないとはいい情報が聞けたもんだ」
「壊滅させられた屈辱を晴らしてやるぜェ!」
機銃を撃つ、あちこち踏み荒す。そうやって野蛮に場を荒らし回る4人のうち、ひとりは何かあったのか機体を停止して仲間に呼びかける。
「おい、さっきキャリアーから変なのが出たの見たか?」
「いや? そもそもキャリアーから何かが出てくる訳ねぇだろ、こいつらに使える神機は今ねぇはずだ」
だがよ……と訝しむ1名をよそに、3名は破壊をやめない。
そこへ、銀色の閃光が落ちてくる。
■■■
一瞬気を失ったが、すぐさま意識を取り戻す。モニター越しに周囲を眺めるととてつもない上空、地面が遠く感じる程度には空に上がりすぎてしまったらしい。
どこまでも青い空が視界を覆い尽くすその光景。モニター越しとはいえそれはとてつもなく美しく感じる。
『……い、おい、聞こえるか?』
「あ、はい! 一瞬ふわってしましたけど全然大丈夫です」
まじかよ、とか嘘でしょという声がマイク越しに聞こえてくる。一体何に対する反応だろうか?
『そうか……無事なら何よりだ。降りてきてくれ、敵は地上だ』
「はい!」
再度、今度は慎重に操縦桿をアクセルに入れる。
「うわわっ!?」
しかしやっぱりだがとても速度が早い。一瞬で地面がすぐ近くまで近づいてきてしまった。急いでブレーキを入れ、逆噴射で着地の衝撃を抑える。その風圧で砂煙が立ち、視界をしばし覆うが次第に晴れてくる。
『なんだァ!?』
砂煙が晴れ、着地した目の前には4機のトシが自分をお出迎えしている。そのどれもがギャングらしいスパイクが肩部分等に付き、装甲が本来のカラーである土気色とは少々違う砂漠の砂のような色に塗られていた。
通信回線がオープンになっているのか、向こう側の通信が聞こえてくる。
『銀色の神機なんて聞いてねぇぞ!』
『関係ねぇ撃て撃て!』
4機の機銃の銃口がこちらに向けられる。
「まずいっ!……あっ」
回避するために焦ってしまい、操縦桿とペダルをついついベタ踏みしてしまった。景色が一瞬で流れさり、とてつもなく離れた位置へと移動してしまったことに気づく。
『消えたァ!?』
『あんなデカイのが消えるわきゃねぇ、探せ!』
「戻らなきゃ、早くあの人たちを無力化しないと」
とはいえ無力化と言っても武器が分からない。というか武器を使ったことがないから正直加減が分からないので使うのが怖いぐらいだ。
(無力化……視界を奪えばできるかな?)
急いで元の戦場へと戻ると、近くにいたトシの背中へと回り込み、その頭部を掴む。
『おわっ!? な、何しやがる!』
ククルカンの五本の指のひとつが、トシのモノ・アイを突き破って視界を奪う。
半球のような形状とはいえ、センサー部分は嵌め込まれるように凹んでいるため掴むことは割と容易だ。
そして神機の手掌部マニピュレーターは、人の手の複雑な動きを再現する為に比較的大きめに設計されている。それも相まってトシ程度の頭部を掴んで引きちぎる程度は何ら苦ではない。
『ひ、ヒィッ!やめてくれぇ!』
ブチブチという配線がちぎれる音が響き、恐怖を搭乗者にこれでもかと刻み込む。
「ごめんなさい、こうするしかないんです!」
そのままもう片方の手でボディを抑え、まるで人形の首を取るかのように頭部を思い切り引きちぎった。
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「何やってんだい! 手掌部マニピュレーターに負荷がかかるだろ! 」
手で額を抑え、ナストアは呆れを見せる。
「面白いじゃねぇか、お前の親父が戻ってきたら喜ぶ」
「あんまり親父に調子乗らせんじゃないよ、付き合う身にもなって欲しいね」
ノアは笑いながらそれを聞き流す。彼にとってはそんな些事よりも目の前の戦いが興味深くてしょうがなかった。
■■■
『なんだァ!?』
『銀色にコーザがやられたぞ!』
『クソッタレ銀色がァ!』
機銃を構えながら残り3機のうちの2機が迫る。
「わわっ!? えーと、とりあえずコレを!」
先程引きちぎって持ったままの頭部を一方のトシへ投げつける。
『ぎゃあっ! メインカメラが!』
たまたまセンサー部へとめり込んでしまったようで、投げつけられたトシのモノ・アイがショートしたように点滅する。
もう一方へは左手に残ったトシのボディを直撃させる。
『おあーッ!? なんて真似しやがる!』
神機重みにオートバランサーが耐えれなかったのか、ボディをぶつけられたトシが無様に崩れ落ちる。
「これで……2機!」
地面に倒れ伏すトシの頭部を引きちぎり、遠くへと投擲する。
『チクショウ! ジャクハまで! チクショォォ!!』
『落ち着けタッザ! 俺にも当たるだろ!』
メインカメラを潰された方のトシが機銃をめちゃくちゃに掃射する。味方であるはずのもう1機が避けなければならないほどにはめちゃくちゃだ。
「うわっ!」
それを飛び上がって回避するが、流石にこのままでは効率が悪いし危ない。
「ノアさん! 武器は無いんですか!?」
『右の3番トリガーを押せ。何せその神機は倉庫番、今付いてるのはそれだけだ。上手く使えよ』
言われた通りに右の操縦桿の3番トリガーを押す。「Macuahuitl active.」とメッセージが表示され、ククルカンの右腕が背中へと回る。
右腕が背中に回ると同時に背面に接続されている翼の中心から柄のような棒が展開された。それを掴むと鋭利な翼が折りたたまれて変形し、1つの大きな実体剣を形成する。
それはククルカンの体躯の半分以上はあろう大剣であった。しかしそれを軽々しく片手で構える姿は、その細身からは想像できないエネルギーを持っていることを想像させるには難くない。
「大きい剣だな……慎重に使わなきゃ」
さっきも述べたように武器なんて使ったことは無い。故郷でやっていた神機を使った賭け試合で棍棒やハンマーを振り回しているのを見た事はある程度だ。
ある程度はOSが補助してくれることを信じ、操縦桿を握る。
『うおおお!!!』
狙いも定めず機銃をやたらめったらに乱射するトシへと急接近し、機銃を持つ腕を狙って剣を振り上げるように斬り捨てる。
『ぎゃあッ!!!?』
高い金属音とともに切断されたトシの腕が吹っ飛んでいく。
「いける…!」
そのまま旋回して首部分へと剣の横薙ぎを行う。綺麗に切断され、吹っ飛んだトシの頭部はなにかに誘爆したのか空中で爆発してしまう。
「3機目……!」
『タッザもやられた……残ったのは俺だけか』
残った最後のトシは機銃を投げ捨てると、腰部ブロックに装備されたアックスを抜刀する。
『段平ごときに、負けてやるかよ!』
「恨まないでくださいよ!」
バーニアをふかし突進するトシのアックスとククルカンの剣が交わる。
「ええい!」
『何ッ!?』
鍔迫り合いに持ち込めたまでは良かった。しかしアックスは品質が粗悪だったのだろう、刃ごと押し切られ頭部を切断されてしまう。
そうして視界を失った最後の一機まで無力化された。倒れ伏す4機の残骸の中、大剣を携えた銀色の機体が佇んでいた。
「勝った……」
戦いが終わって気が抜けたのか、途端に顔から汗が吹き出す。
『お疲れさん、よくやった。回収はこっちでするから降りてこい』
「……はい」
電源を落とし、キーを抜くとコックピットが開いて外の風が吹き込んでくる。ヘルメットのロックを解除して脱ぐと、大きく息を吸う。
そうして息を整えた後にヘルメットを置こうとして気づく、手が震えている。それが武者震いか、戦ったことによる恐怖によるものだったか今となっては思い出せない。
これが僕の戦いの初陣だった。
■■■
それから2日と経たずにどこかの旅団で、移動式テントのバーにてこんな噂が流れた。
「グレガリアの連中がコテンパンだってよ」
昼から安酒で飲んだくれる男にマスターであろう人物は辟易しながら返事をする。
「ブルーバードなんぞに喧嘩を売るからだ、どうせあのハチドリに負けたんだろ?」
「そうじゃないらしい、なんとも銀色の羽根つきにやられたんだとよ。しかも1人も殺されなかったとさ」
それを聞いたマスターは顔を顰める。
「あの連中まだ新しいの隠し持ってんのかい、いよいよ喧嘩を売る奴は馬鹿だね」
「そもそも統一戦争時期の軍人が率いてる旅団なんぞ物騒にきまってるよ、全くグレガリアも馬鹿だねぇ……」
その会話を聞いていた1人の隻眼の青年はコップに残った酒を飲み干すと、立ち上がって金を乱雑にマスターに渡す。
「まいど、釣りは……」
「要らん」
そう吐き捨て、振り返りもせず足速にバーのテントから出ていったしまった。
「不気味なヤツ……」
マスターは置かれた金を数えながらポツリとそう零した。
青年は先程までいた旅団から離れ、近くの岩でできた小高い丘の裏へ回り込む。
裏には大きな洞穴が空いており、そこには隻腕の黒い神機が少し砂埃を被って鎮座していた。
「戦闘神機が蘇り始めたか。ならオレも……」
黒いキーを握りしめ、彼は神機へと向かっていく。