第27話 罪業と決意
「……やはり、アイツは生きてるのか?」
躊躇しながら尋ねるノア。いつもの彼らしくない態度がどうにも気になる。
皇帝も数秒息を深く飲み込んだ後、ゆっくりと頷いてから口を開く。
「言葉と刃を交えた上で確信しました。あれに乗っているのはレイジ先輩です」
ノアたち三人の表情が固くなる。
「元々もう長くなかったはずだ。アイツは最後のF。戦争を忘れ去って安らかに余生を過ごす道だって……」
「最後のFだからでしょう。だからあの人は戦争を忘れられない」
前にテスカトリポカのパイロットに尋ねた時、「その人が生きていたらあまり嬉しくない」とノアは言った。
その悪い予想が当たってしまったのだ。そうなればこの空気も理解できる。
そして何より、未だ自分が知らない「F」。それを知るチャンスは今しかない。
「今度こそ教えて欲しいんですけど……『F』ってなんなんですか? それにレイジって人も」
自分とオーロラ以外が顔を見合わせる。以前聞いた時もはぐらかされ、ずっと知る機会がなかった。
「これを聞けば、貴方は自分の乗っているものにすら絶望するかもしれない。それでもいいですか?」
「……はい」
怖くないわけはない。だが覚悟はある。
今なら知ることができる。そこにどんな残酷な真実があろうと、Fとは何か、あのパイロット――レイジと呼ばれる人が何者なのか知りたい。
「『F』、またの名をFormuler。帝国が作り出した、後天的にGA型神機に乗れるようになる改造手術を施した人々です」
絶句した。いくら科学が発展した未来とはいえ、それは禁忌だ。人道にも倫理にも反する。
「統一戦争時代、帝国の神機に乗っていた大半のパイロットはFでした。私たちのようなDは自然発生かつ少数。帝国としては安価かつ多くの戦力を欲していたのです」
「な、ならそれは肯定されるべき人たちじゃないですか!?」
本当だとすれば、Fと呼ばれる人々は英雄にほかならない。まるで禁忌のように扱われるのは不当だ。
「……Fが単なる人体強化に留まれば、そうなっていたでしょう」
続けようとする皇帝をノアが制し、口を開く。
「ウィッシュ、Dについてはどれぐらい知ってる?」
「ええと……初めの一人、マルキス・ゼークが現れてから次々と発見された、とは」
「だいたい当たりだ。その前後を除けばな」
端末を操作し、先程まで文章が映っていたウィンドウにいくつかの画像が映し出される。
「最初のD、マルキスが出てくる以前。GA型神機に乗れる兵士を作るために『F-1』計画が始動していた、と盗んできた記録にはある。戦争暦16年の頃だ」
診断書のような画像。それらが何枚も映し出されては切り替わる。
「しかしいくら科学が発展しても、人体の完全理解に至れるほど人類は万能じゃない。計画は絶望的だった。そんな時期に俺とレイジが帝国軍に入隊した。年齢を誤魔化してたもんでな、だいたい16のガキだったよ」
「レイジ……テスカトリポカのパイロットですよね」
「ああ。レイジ・ヴェンジェンス、俺と同じで年齢を誤魔化して軍に入った男。元はただの人間だった」
感じた違和感。黒い傷だらけの機体に対し、パイロットの声は未だに若く聞こえる。どう見ても年齢は釣り合っているようには思えない。
「マルキスが現れたのが戦争暦20年。そこから着想を得たのか知らんが、Fが誕生したのはそこから4年後だった……レイジもその時に手術を受けた一人だ」
「随分早くないですか?」
計画始動から4年間結果が出なかったのに、マルキスが登場してからたった4年で完成に漕ぎ着けている。いくらなんでもハイスピードが過ぎる。
「戦争は経済って言ってな、既に泥沼化してたから早く神機を前線投入したかったんだろうよ」
「……なるほど」
「実用化されたとはいえ、その施術方法は死と隣り合わせ。脊髄に遺伝子組み換えの薬剤を注入するんだが……成功率は高くておおよそ50%だった」
たった50%、命がかかっているにしては低すぎる。
そしてそれすらも抹消されている実態に吐き気がする。喉の奥から込み上げる何かを必死に唾液で押し返す。
一瞬手に、古い血の跡を触った時につく汚れがこびりついたような光景を幻視する。
戦場で散った命の下に、それより多くの屍が埋まっている。
神機は、知っている以上に血に塗れた機体なのだ。敵を殺すための役割以上に多くの命を吸っていた。
「それだけで終わりじゃない。分からないことも多い人体を無理やり弄り回した《《ツケ》》が回ってきた」
「ツケ……」
「具体的な症状名が出せないが故にツケとしか呼べない。症状は様々だが基本的に社会復帰はできない、最悪短命で死ぬ」
「それは一体どんな?」
「精神の暴走、急激な老化、免疫機能不全、半身不随、昏睡……ここだけでも一部の例だ」
聞くだけでもおぞましい。せっかく手術を乗り越え戦争で活躍した末路がこれだとしたら、きっと自分は国を呪って死ぬだろう。
「保証は? されたんですよね?」
忌々しそうに首を横に振る。
「されなかった。戦争終結後、今の帝王は全てを抹消した。『Fなんて最初からいなかった』とでも言うようにな」
「それに最後まで異議を唱えていたのが、ノア、私、それとレイジだったのよ」
「結局、神機とキャリアーをちょろまかしたうえで、ミライとナハイム、ジーク達と一緒に脱走することになったがな」
「その時私はもうフォンクォン建国の為に退役してたので知らなかったんです」
そう言う皇帝の声には少しばかり不満が入ってる。
「その……レイジさんは来なかったんですか?」
「アイツもアイツで脱走したが、別れたっきり会ってない。Fだったからそう長くないとばかり思っていたが――ついに会っちまった」
最後に映し出された写真、そこには焚き火を囲んで笑い合う軍人の姿が写っている。
ノア、ミライ、鈴皇帝、その横に右目周辺の皮膚が爛れている、黒髪の青年がグラスを掲げていた。
おそらく彼がレイジなのだ。きっとFの悲劇がなければ、もう一度笑いあえていたのだ。
その写真から目を逸らしたかった。だがそうしてしまえば自分も帝国と同等だ。それ故に、出来なかった。
さて、色々聞いてきた。なるほど、つまりこれはブルーバードの結成秘話に他ならない。
Fという英雄として称えられるべきだった人々に与えられた理不尽を、自分たちが仕えた国の腐敗を許せなかった人々の集まりだった。
そしてあのテスカトリポカのパイロット・レイジも、その理不尽に対する怒りを体現した存在なのだ。
名も無き英雄たちの、最後の生き残りとして。
「……でも分かりません。なんであの人が僕を殺したいのか」
恨まれるような節は、話の中のどこにも見当たらない。
あそこまでの執念を見せられる理由が全くわからない。
「それは俺にもわからん。ただ言えるのは、アイツは全ての始まりの戦争、自分たちを生み出す要因となったD、同胞の命をゴミのように捨てた帝国、そして存在意義にされた戦闘神機を憎んでるはずということだ」
「でもですよ? レイジ先輩は私に対して、『邪魔立てするならお前も』と言っていました。だとするなら、目的はおそらくウィッシュ君自体にあるのでは?」
「うーん……だとするなら、アイツは本当にウィッシュを殺す気があるのか?」
答えの出ない問いに全員が首を捻る。
良く考えれば妙な点はある。
例えば、最初はわざわざグレガリアの襲撃者を殺してから襲いかかってきた、次の時はレツを単に戦闘不能にするだけだった。
さらには左腕の新規武装、イシュタムから移植したレイ・クローをこちらに開示してから襲いかかってきた。
まるで「生き残る方法」を教えているかのような、わざとらしい動き方。
そもそもわざわざ回線を開くこと自体も不自然だ。
一体、彼の目的はどこにあるのだろうか。
「何はともあれ、レイジについても考えていかねばならんのう」
今まで黙っていたナハイムが口を挟む。確かにそうだ。背景がどうあれ、テスカトリポカとレイジは自分たちの脅威であることには変わりない。
「事情は少しわかりました。その上で僕は……テスカトリポカに勝ちたいです」
自分の腕の中で眠っているオーロラの頭を優しく撫でる。
「きっと、今以上に世界を知るなら……超えるべき壁なんだと思うんです」
勝ちたいという思いを否定してきた。
戦いに私情は持ち込むべきじゃないと思っていた。
今まではただ流されて戦ってきた。でもそれだけでは足りなくなっている。
オーロラの記憶を取り戻す旅路を歩むためには、よくないから戦うのではなく己の意思で戦わなければならない。
「最初はおっかなびっくりだった奴が、短期間で随分と大きくなったな」
表情は少しばかり複雑そうだが、ノアの声色は明るかった。
「ふむ、私直々に神機の戦いについて稽古をつけてあげましょうか?」
「冗談はやめておけ、お前にそんな暇は無いだろ皇帝陛下」
制された皇帝は不満げに引き下がる。
「ウィッシュ、お前の気持ちは受け取った。俺も少し、連絡のない旧友にパンチでも食らわせなきゃ気がすまない」
ノアが傷だらけの手を差し伸べてくる。その手を、力強く握り返した。




