第24話 悪鬼再来
三十分弱の休憩を挟んだ後、ついに決勝戦の時になった。
ここで勝てば皇帝に謁見し、リョウゴクに行くための切符を得ることが出来る。
気分は優れない。しかし沈んでもいられない。
負ければオーロラの記憶や出自の秘密から遠ざかってしまう。それはきっと良くない。
一種の自己暗示の文言。そうでもしないと前に進めない。
相手は「レツ・ロンメン」フォンクォンの選手だ。
乗っている機体はトラロック。しかしノアのものとは異なり装甲色は赤色、さらに頭部ユニットの狙撃用視覚センサーと装甲の一部が撤去されている。
「トラロックで格闘だぁ?」
ノアが初めてモニター越しに試合を観戦した時に素っ頓狂な声を上げていたのが記憶に新しい。
試合場に出る。日は傾き、西側の空は少し赤みがかかっている。
二日間決して勢いの衰えることのなかった歓声は、さらに勢いを増して最高潮に達している。
「名残惜しくも訪れた決勝戦。今大会の優勝を決めるこの戦いを制するのはどちらになるのだろうか!? まずは前回三位を打ち倒し、我々に飽きない活躍を見せる来訪者『スカーシルバー』!」
配慮かは分からないが、パイロットの顔を隠してくれているのはありがたい。もし国にいる叔父に見られたらどんな顔をされるか分からない。
「そして前回準優勝。神機拳法総本山の看板を背負い、雪辱を晴らしに来た男、『レツ・ロンメン』!!」
どうにも前回大会のランカーに縁がある。前とはいえあのグレアム以上の相手、油断はできない。
「キミがスカーシルバーか」
突如入る通信、声の主はおそらく相手であるレツだ。
「私はレツ・ロンメン。試合前の挨拶と、宣戦布告の為に通信を繋げさせてもらった」
シノビ・マイスターとは一切の会話が無かったので意表を突かれた。
「よ、よろしくお願いします」
「最初に正直に言おう、私にはあの二名のような小細工は無い。しかし、キミを倒すにはそれで十分。ロンメン流の名をもって、キミを全力で倒す」
「なら、自分も全力で勝ちます」
今目の前にあるのは覚悟そのものだ。生半可な答え方は無礼と言うものだろう。
『その意気や良し。では、良い試合にしよう』
「これより決勝試合、『レツ・ロンメン』対『スカーシルバー』の試合を始める!」
太陽の赤い光が、自分とレツの間に線を引くように差し込む。
「両者構えィ!」
レツのトラロックが取る構えに圧倒される。両手を腰に当て、Vの字を逆さまにしたように足を広げた姿勢。
まるで堅牢な砦が目の前に立っているようだ、相手は装甲が一部無いはずなのに。
「ついに優勝者がここで決まる! 最後まで瞬き不可能な試合が今始まる!」
「始めィッ!」
鳴り響く号砲。幕を開けた最終試合、互いの機体の拳が交差する……そのはずだった。
突如、会場の鉄で作られた門が突き破られ、黒い何かがまばたきの間にトラロックの後ろへと接近する。
「危ない!」
「何ッ!?」
言葉虚しくトラロックは一瞬にして四肢を落とされ、音を立てて機体が崩れ落ちる。
レツの呻き声が通信越しに聞こえる。どうやら殺されてはいないようだ。
周囲から悲鳴が上がり、大会のムードは一気に崩れさる。
トラロックの後ろから現れた異形な機体。左腕を隠すように大きな布が被せられ、それが風にはためいている。
布によって印象は少々変わるが、欠けたアンテナと赤黒く輝く眼光。その二つを持つ神機を忘れたことは一度たりとも無い。
大きな爪型の武器を持つ黒い神機、テスカトリポカだった。
「なんでここに……!?」
「久しいな、新人。宣言通りお前を殺しに来た」
都合の悪いことにククルカンは武器を取り外している。剣があればどうということは無いが今はまずい。
「武器の使用に卑怯とは言うまいな。油断していた貴様の落ち度だ」
「そんな爪程度、素手でどうにでもなります!」
機体から殺気が放たれているかのような威圧感、気圧されれば始まる前から死ぬ。
「ふん、オレが無成長だと思わないことだ」
徐ろに左腕の側に着いていた布が取り払われる。
「なっ!?」
今まで欠損していたはずの左腕、その部分に新しい腕が接続されている。
そして、その手掌部マニピュレーターから、三本の光の束が伸びていく。
「イシュタムの、腕!?」
「レイ・サーベルがなければお前は無力だ。今度こそ、死ね!」
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「陛下! 皇帝陛下、侵入者が!」
口々に入る報告。慌てた様子の兵士たちの声とは対照的に、皇帝は落ち着き払っていた。
「見えている。慌てすぎだ」
その声一つで全てが静まり返る。多くの兵士たちは通信を止め、代わりに最も階級の高い兵士のみが提案役として通信を続ける。
「陛下、どういたしますか? 我々が出るべきでしょうか?」
「やめておけ」
意気揚々と挑もうとしていた兵たちの勢いは、いとも容易く削がれてしまう。
「はっ、しかし……」
「アレは化け物だ。いくら精鋭のお前たちとはいえ、死ぬぞ」
「では一体どうすれば?」
「余が出る。疾く武器の用意をせよ」
「はっ!」
再び兵士たちの声が慌ただしく響く。しかし今度は混乱ではない。
「さて、数年ぶりの運動だ。付き合ってもらうぞイツトラコリウキ」
神像のごとき荘厳な機体の瞳に、真の意味で光が灯る。
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凄まじい速度で迫る光の束による斬撃。それを紙一重で回避しながら後ずさる。
(何か武器はないのか!?)
こちらはグレアムやシノビ・マイスターのような機体の特殊機構も無く、あるのは神機の素体と同等の速度のみ。
対する相手は機体固有武器の爪と、イシュタムのレイ・クロー。
当たれば一方的にやられる状況。こちらが不利なことこの上ない。
文字通り死が迫っている。考えろ、考えなければ死んでしまう。
モニターの画角に映る全てを見る。下手な柱や建築物を盾にしたとて、神機の硬さに負けるのみだ。
何か武器代わりになるちょうどいい耐久性があるもの、それを求めている。
止まって探す暇はなく、迫る二爪の斬撃をかわすことも同時にせねばならない。
生存本能ゆえか体の血液が激しく巡り、呼吸が少し荒くなる。
「往生際が悪いぞ新人。大人しく死ね」
「ダメです。何も分かっていないのに、僕はまだ死ねない!」
巨大な鋏を彷彿とさせる爪とレイ・クローの挟撃を、地面を蹴って飛び上がることで回避する。
宙返りの要領で相手の後ろへと周り、十分に距離をとる。
「操縦技術は多少上がったようだな。マルティを倒しただけのことはある」
「なんでそれを!?」
「分からないか? この腕が」
動きを止め、左腕部をこちらへと強調するように見せつける。
それを見てハッとする。その黒いカラーと傷ついた装甲を忘れはしない。
「もしかして、マルティの」
「借りたまでだ。隻腕では限界がある故にな。急拵えだが武器のないお前一人は容易い」
「……ッ! 馬鹿にするな!」
怒りによるものか、焦りによるものかは分からない。
思い返せば自分にこんな動きができただなんて信じられない。
地面に転がっていたレツのトラロックの腕部、それを素早く拾い上げる。そして切断面を相手に向けて思いきりテスカトリポカの頭部ユニットを横殴りにする。
「ぐぅっ!?」
不意をつかれたのか体勢を崩し、よろけた相手の左腕の付け根に追撃を加える。
体勢を崩したまま、立ち上がれないテスカトリポカへとさらに続ける。
「もう一回!」
まだだ、まだ足りない。操縦桿を機体と一体になったように、操縦桿を激しく操る。
「もう一回ッ!」
対話は後だ。今は死なない為に、勝つために!
「もう一回、もう一回もう一回もう一回もう一回もう一回ッ!」
何度も何度も、金槌を振り下ろすように腕の付け根を何度も殴りつける。
武器代わりに振るうトラロックの腕が、少しずつ傷つきひしゃげていく。
「もう、一回ッ!」
再度振り下ろそうとしたが、黄色い光の束が武器代わりの腕部ユニットを刺し貫く。
「ハハハッ! 所詮Dも、オレと変わらない化け物に成り果てるんだな! 無駄なことでせっかくの武器代わりも使い潰した!」
「狙いが……なかったわけじゃない!」
「何を――ッ!?」
何回も殴りつけた左腕の付け根から火花が散り、小規模な破裂が起こる。それとともに細い黒煙が立ち上る。
ほぼ同時にレイ・クローは形を保てなくなり、プラズマの刃が霧散していく。
「急拵えで助かりました。これでもうそれは使えない」
「ハッ、それがどうした。依然としてこちらにはまだ武器がある!」
テスカトリポカは右腕の爪を振りかざし、こちらへと突撃してくる。
レイ・クローを封じたことで気が緩み、判断が遅れた。
「まずい!」
武器のひとつを封じたとはいえ、依然としてこちらは不利な状況は変わっていない。
トラロックからもう一本の腕部か脚部を拝借する暇もない。避けるにも距離が近すぎる。
「やられる!?」
どうにか動こうとしたその時だった。
目の前に何かが降り立ち、小規模の衝撃波を巻き起こす。
「これ以上、余の国で好き勝手はさせんぞ」
周囲の温度が急激に下がり、衝撃波の中心から白い煙が立ち込める。
戦場が一瞬にしてその中心にいる存在の気配に塗り替えられ、支配された。
「チィッ、イツトラコリウキか!」
戦場の悪夢、凍てつく戦乙女、皇帝機イツトラコリウキがその双頭剣の刃でテスカトリポカの爪を受け止めていた。




