第23話 修羅の如く
質量を伴った分身から繰り出される連撃。反撃は難しく、防御姿勢を取ることしかできない。
「防戦一方のスカーシルバー、さすがの機動力もシノビには勝てないのか!?」
実況の声が煩わしい。言われなくたって十分状況なんて理解している。
(どう勝つ? 分身を見破れない以上、相手が疲労するまで耐えるしか……)
あんな無茶な操縦を長時間続けるのは、いくら訓練を積んだパイロットだとしても無茶なはずだ。
ならその体力と集中力が切れ、勢いが落ちるまで耐えればいい。
キックでコックピットに衝撃が伝わって来はするものの、まだ戦闘不能になるほどのダメージは受けてない。
ならこのまま防御し続ければいずれ勝てる。制限時間は無い。そういうのも手だ、卑怯じゃない。
でも、それで良いのだろうか。それで勝てるのはここだけだ。
このままオーロラの記憶を取り戻す為の旅を続けていれば命の危険はあるし、それにこれ以上の強者に出会う可能性は充分にある。
それこそ、テスカトリポカと対話の場に立つためにはこの程度の相手には勝たなくてはいけない。
それにそんな勝ち方は正しいとしても良くない。良くない勝ち方をしたって予後が悪い。
色々言い訳はしたがハッキリと言おう、勝ちたい。そう自覚した。
「でもどうする……?」
本物と偽物の区別もできていない現状、思いだけで勝てはしない。
よく見ろ、敵を見ればどこかに隙はある。
防御は解かず、ゆっくりと目線を相手に向ける。
常人では気づけなくても、人を超えた動体視力がある自分にしか気づけない場所があるはずだ。
機体全体、依然として見破れない。
軌道、光学迷彩のせいで読み取れない。
影……そうか、影が見える!
本来光学迷彩は姿を消すために影すら見せないように光を屈折させる。
だが、分身として姿を投影する為に影が消しきれていない。もちろん分身の数だけ影はあるが、分身の下で動いている影は一つだけ。偽物の影は映像である以上静止している。
つまり攻撃の直前に影が動いた方向こそ、本体がいる。
弱点に気づけば、恐れるものはもう無い。
攻撃の合間に距離を取った相手をしっかりと見据え、ククルカンをファイティングポーズへと変える。
相手が狂ったとでも判断したのか、エエカトルは嘲笑うように五体に分身しながら蹴りを仕掛けてくる。
数は多い。しかし、どれもこれもが正面の位置にいる。
そして影はやはり消せていなかった。
わずか数フレーム、ほぼ気づけない微弱な影の動きの最後の到達点、その影と本体が線で結びつく。
「そこだ!」
繰り出された蹴りを腕で受け止める。見事に当たったようで、摩擦による煙を漂わせながら左腕部に蹴りが衝突していた。
「なんと分身を見破ったァ! スカーシルバー優位に立ったのか!?」
機体越しに伝わるシノビ・マイスターの明らかな動揺、その隙を見逃しはしない。
逃れられる前に足を右腕で掴みあげ、地面へと叩きつける。
鈍い衝突音と金属音が鳴り響き、床に少しばかり亀裂が入って欠片が飛び散る。
弾みで抜けて逃げられるのを防ぐため、叩きつける瞬間に相手の右腕部を掴んで組み伏せる。
そのまま胴体ブロックを脚で踏みつけて押さえつけ、頭部ブロックを右腕で鷲掴む。
バーニアを噴かして抵抗を試みるものの、しっかりと重さが乗っていることで動くことすら叶わない。
火花が散り、配線の切れる音を鳴り響かせながら、その頭部ブロックを引きちぎる。
ちぎれた断面から火花が散り、頭部ユニットのツイン・アイが光を失って機能を停止する。
首級のようにそれを掲げると同時に、試合終了を告げる号砲が鳴り響く。
「降参を確認! 勝者『スカーシルバー』!」
会場から押し寄せる大歓声にようやく息をつく。
手が震え、汗が吹き出し、呼吸が不規則になっている。
目に神経を集中させていたからか頭痛が少しする。それほどまでに疲れていた。
そして心のどこかしらに、今まで感じることの無かった、勝ったことによる昂揚感があった。その昂揚感が、どことなく気持ち悪かった。
「激戦を制し、決勝へ駒を進めたのは『スカーシルバー』! もはや我々の予想を遥かに超え、この男が優勝候補へと躍り出た! 決勝ではどんな試合を見せてくれるのか見ものだ!」
実況の鳴り響く中、ゆっくりと格納庫へと戻った。
「随分厄介な相手に当たったな」
コクピットから降りるなり、ノアが水を手渡してくる。
「早いだけかと思ったんですけど、あれはすごい技術ですよ」
「ふっ……そうなると、やはりお前じゃあなきゃ優勝は難しいな」
「いえ、僕は……Dなだけでしかないですから」
ククルカンの機体性能と、今まで気づくこともなかったDの素質、それだけが自分の武器だ。
そのお陰でここにいられる。
だがこの才能の行き着く先への恐れは常に消えない。
勝ちたいと思い始めている自分の心の変化もそうだ。あまり戦いたくなんてなかった自分はどこへ行ったのだろう。
人を殺してないから、まだ自分はどうにか正気を保てている。それを自覚していた。
それはノアとの契約でもあった。そしてそれ以上に、自分が人間であることの証明だった。
「おい、おい?」
「あっ!? す、すいませんぼーっとしてて……」
何度も呼びかけられていたらしい、すっかり悩みの渦に飲まれていた。
「相手が相手だったから疲れてるんだろう。決勝までに少しでも休め」
「はい、ありがとうございます」
言葉に甘えてコクピットに座り、シートへもたれかかる。
目を閉じると、まぶたには何故かオーロラの姿が浮かんだ。
しばらく彼女に会えてないせいだろうか。その寂しさも少しばかり自分を滅入らせていたのかもしれない。
■■■
ウィッシュがコクピットに入ってから数秒後、ノアの携帯端末が振動する。
少し離れた位置へ移動し、端末を開く。
「ミライか、どうした?」
「ノア……いえ、ノア《《隊長》》。今話はできるかしら?」
久しぶりに隊長と呼ばれた事から、話の重要性をすぐさま理解する。
「問題ない、周囲に人はいない」
「……オーロラの事よ」
「あの子がどうした?」
「彼女はDよ。ほぼ確実に……」
一瞬の沈黙。己の顔が険しくなるのを自覚する。
「……なぜ気づいた?」
「さっきの試合を見ていた時、あの子はエエカトルの動きを理解していたわ。囚われてたキャリアーは帝国のものでしょう? もしあの子がFだったらと思ったのよ」
「となると、なかったんだな?」
「ええ、うなじに手術痕は無かったわ。そこで血液からDNAを分析したのよ」
「そしてわかった、と」
「まだ誰にも言ってはいないわ。でも……」
誰かが気づくのは時間の問題だ。たまたまミライが気づいただけだ。
「因果とでも言うのか……? あんな無垢な子供ですら、戦いへの才能を持ち得てしまうなんて……」
神がいるなら、神を恨むだろう。
世界は戦争を忘れ去りたいのに、人々に目覚める才能は戦争を呼ぶ。
「この事実は、言うべきではないわよね」
「そうだ。誰にも伝えるな。たとえ鍵だとしても、これ以上子供に戦わせるものか……決して」
ウィッシュを戦わせている自己の矛盾。でも、戦うと望んだのは彼なのだ……せめて殺させなければ良いと己を取り繕っている。
今も思い出す。終末兵器の攻略作戦で散っていく自分より若い兵士たちの死に様を。
今も夢に見る。DもFも一般人も関係なく潰れていく統一戦争の前線を。
ウィッシュの両親は戦火の中で散ったと以前聞いた。
たとえルール人であっても、それは自分たちが不甲斐ないから起きた犠牲なのだ。
そんな半ば自分たちのせいで戦争孤児になりかけた子供を戦わせることが、元軍人の己の心を締め付けていた。
本当は、初めて会ったあの時反対すればよかった。血を吐きながら戦い続けるような、そんな目に合わせたくはなかった。
だがウィッシュのその目に宿る何かが、戦わせたくないという己の思いをどこかへ跳ね除けてしまった。
それを本人に一度たりとも口にしたことは無い。そう言うのが怖かったからだった。
そしてミライの見立て通りなら、マルティとの戦いの後からウィッシュは心が限界に近い状態にある。
もしそんな状況で迷わせることを言ってしまえば、本当に壊れてしまうかもしれない。それも恐れていた。
己のエゴのせいでDとして才能を伸ばしている彼はもう戻れない。だからせめてあの無垢な少女だけでも、戦わせたくはない。
きっとウィッシュも、そう望むはずだ。




