第22話 極東からの刺客
トーナメントの構造上、次の自分の出番はかなり後だった。
具体的にはグレアムとの試合である第二試合の後、次の試合まで四試合を挟んでから自分の出番となった。
そしてようやく第七試合。対戦相手は「シノビ・マイスター」というリョウゴクの選手、一回戦を勝ち上がった相手を圧倒していた。
搭乗機体はエエカトル、イシュタムの派生機であり機体設計はほぼ同一。
違う点はステルス機としての光学迷彩機能と静音性。空気力学の応用によって風を切る音すら生じさせない、と聞く。
「お前、少しワクワクしてないか?」
言われてみれば裂けんばかりに口角が上がっている。
思わず笑ってしまいそうになった。恥ずかしくはないが少々自制すべきだろう。
「生でアレを見るのは初めてなので」
「相変わらずの神機マニアだな……」
「エエカトルなんぞそうそう見れんからの、分からんでもないぞ」
ナハイムも少しばかり乗り気なようだ。
神機の中でも乗り手を選ぶイシュタム系、その中でも癖があるエエカトルに乗るのは物好きだ。
試合の中継を見ていた限りでは、相手を何もさせず戦闘不能に追い込んでいた。
実況や周りの人間は「動きが見えない」と何度も言っていたが、自分にはしっかりと見えていた。
速度はたしかに早いが攻撃はシンプルそのもの、マルティやテスカトリポカとの戦いに比べれば容易い相手だ。
おそらくはその動体視力が『D』として生来備わっている自分の、人より優れた素質が伸びてきている証左なのかもしれない。
自分に感心もするが、同時に怖いものがある。
「自分が戦闘マシーンになっているのではないか」という恐れが、常について回る。
もしそれで誰かにバケモノとして拒絶されたら、恐れられて避けられたら、それが怖い。
だからそれを言い出せなかった。言い出すとて誰に相談すれば良いのだろう。
心が二つに分かれているような、そんな気分だった。
試合会場に着く。相手は既に待ち構えていた。
深緑色の装甲、黄色く発光する円形ツイン・アイのオービタル・リング。そしてイシュタム系特有の細身のボディ。
両手を合わせ、複雑に手掌部ユニットのマニピュレーターを組みあわせている。シノビという名に違わない独特の風体だ。
「これより第七試合、『シノビ・マイスター』対『スカーシルバー』の試合を始める!」
沸く会場、大会が始まってから随分と経つがよく疲れないものだ。
「いよいよ本大会も残すところ三試合! そしてその第七試合を飾る二名が場に揃いました!」
「リョウゴクより来た不可視の暗殺者、『シノビ・マイスター』!」
グレアムと違い歓声が上がっても微動だにしない、それがより強者としての雰囲気を醸し出す。
「それを迎え撃つはマッスルスターを下したダークホース、『スカーシルバー』!」
先程よりも大きな歓喜の声。すっかり注目株になってしまったらしく少々恥ずかしい。
「両者構えッ!」
号令がかかる。しかし全く動かない相手。かっこよさを超え、少々不気味にすら思えてくる。
「勝ち上がった方が決勝への切符を手にする準決勝! 決して負けられない試合が今始まる! 両者見合って……!」
「始めェィ!」
鳴り響く号砲。すぐさま構えを解き、エエカトルが縦回転しながら蹴りを繰り出してくる。
「おおっと! 早速シノビ・マイスターが姿を消した! またあの試合を見せてくれるのか!」
やはり周りの人々は見えていないらしい、自分にとっては攻撃のタイミングすらわかる程度だと言うのに。
素早く振り下ろされる足を受け、そのまま力の方向へ押し返す。
自身の攻撃を受けられたことを理解したのかエエカトルは攻撃を止め、こちらの様子を伺うようにゆっくりと距離を取る。
「一体何があったんだァッ!? 『ライトキャバリアー』を下した不可視の一撃が、ものの見事に防がれてしまっている!」
会場に伝播するどよめき。常人では理解不可能な戦いが始まっている事を、誰もが理解していた。
■■■
皇帝は試合の全てを見ていた。
そしてウィッシュが理解していたように、シノビ・マイスターの不可視の攻撃の正体である高速移動すら目に捉えていた。
「やはり、あの人の子飼いは只者では無いな」
皇帝の視線は、皇帝機イツトラコリウキのツイン・アイ越しにウィッシュの駆る銀色の機体・ククルカンへと注がれていた。
そしてオーロラを含む旅団の面々も、その試合をモニター越しに観戦していた。
「さすがはウィッシュ君。戦闘集団のリョウゴク人に警戒させるなんて中々だね」
「それにしてもあの機体良いな、俺たちも欲しい」
「ダメだよケンプ。多分僕らみたいな一般人じゃああんな立ち回りできないって」
「だけどトシよりはよっぽど奇襲に向いてる。リョウゴクに行けたら買えるかな」
機体の話に花を咲かせるケンプとアシマの横で、オーロラは画面に齧り付くように試合を見ている。
「面白い?」
「うん。ウィッシュと緑のロボット、どっちもすごい」
「……もしかして、見えてるの?」
「うん。ウィッシュ、緑のロボットのキックを止めてた」
一般人にはその攻撃がなんであったか、衝撃音の後に距離を取ったエエカトルの行動しか見えていなかった。
それをキックと、そう言ったということはあの高速の技が見えていたことに他ならない。
(もしかしてこの子は……まさか? もしかして帝国の持っていたキャリアーに居たのも……)
ミライの軍人時代の経験が、ひとつの嫌な予感として警鐘を鳴らす。
「オーロラ、ちょっと髪が乱れてるわ。結んであげるわね」
「わかった」
無警戒に背中を見せているオーロラの髪を捲り上げる。彼女のうなじ、頚椎の部分を見るためだ。
もし予感通りであれば、あのころ幾つも見てきたそれがあるはずだった。
幸いなことに予感は外れた。細い首筋は綺麗なままで傷一つもない。
(手術痕は無い。つまり『F』ではないということ。だとするならおそらく『D』……?)
不信感を抱かせないため、手早く髪をまとめる。
「はい終わり。動いてもいいわよ」
「うん、ありがとう」
不安事項は解消されたとはいえ、オーロラの素質が引っかかることには変わりは無い。
そのままモニターに齧り付いている彼女へ、もう一度話しかける。
「そうだ、少し血を採ってもいいかしら? 貴方の体調がちゃんと治ってるか見たいの」
「痛いのは怖いけど……わかった」
小さい注射器を取り出し、近くにいた旅団の一人に目線で指示を出す。
「ありがとうね。針は怖いでしょうからモニターを見ていて」
騙すようなやり方に少し心が痛む。
だが、未だに正体の分からない少女の事を少しでも知らずにはいられない。
それが少女の安全の為でもあるからこそ。
オーロラの細く、未だに白いままの腕で血管を見つけるのは容易い。
そこへ正確に針を通し、繋がったのを確認するとゆっくりと採血を行う。
赤黒い血液を少しばかり摂ると、適切に針を抜いて止血用絆創膏を取り付ける。
「もう大丈夫よ。泣かなくて偉いわ」
「うん……」
少し涙声になっているオーロラの頭を撫で、速やかに部屋から退室する。
「ミライ先生、この血液は?」
自分についてきていた医療スタッフが尋ねる。
「血液検査の後にDNA検査に回すわ。気になることがあるの」
「承知しました。検査機を持ってきます」
途中で別れ、キャリアー下層の医務室へと移る。
(ノア隊長が聞いたマルティの言葉を信じるなら、あの子は帝国の陰謀に対する「鍵」。そうだとするなら、そこに意味があるはず……)
運ばれてきた検査機へと血液を通し、その結果を待っていた。
■■■
何度かの衝突の後、再び警戒状態で向かい合う。どちらかが動けば堰は切って落とされる。
止まない歓声も音量を落とし、場に漂う神妙な空気が全てを支配していた。
しびれを切らしたのはどちらだっただろうか。動いたのがほぼ同時であったことには間違いない。
跳躍しそのままの速度で後ろへと回りこもうとするシノビ・マイスターのエエカトル。しかし見えている自分には隙はない。
自分の頭上を足が通過するその瞬間を狙い、その足を掴み取る。
そしてそのまま地面に思い切り叩きつける。
鈍い金属音が響き、軽快に機体がバウンドする。
その弾みによって、衝撃が手掌部へと伝わり握る力が弱まる。隙をつかれ逃げられる。再度間合いを開けられたが、今ので不用意に飛び上がるなんて真似はもうできないはずだ。
「シノビ・マイスターが大きくダメージを受けてしまった! 先程の一方的な試合展開はどこへ行ったのか、逆に圧倒されているぞ!」
「すぐ逃げられるのは厄介だけど、勝てる……!」
そう確信しかけた。だが、その瞬間相手が見せた動きに困惑する。
超高速の左右移動、最初はそう考えていた。
単純なサイドステップだったはずのその動きが生み出す残像。それが段々と立体映像のようにハッキリと浮かび上がる。
まるで質量を伴った残像のごとくエエカトルを複数機いるように見せている。
己の目が狂ったのか、そう一瞬誤解しかけた程に見事な分身だ。本物と偽物の区別をつけようもない。
「シノビの御業かぁっ!? まさに『分身の術』! こんな動きが常人に可能なのか!?」
おそらくは光学迷彩の応用による技術。高速移動の残像、そこへ光学迷彩によって屈折させた機体の像をコンマ数秒前にいた場所へと投影する。
操縦と光学迷彩のオンオフをほぼ同時に行うことで可能になる技。
理論上はできるだろうが、やれと言われたとてものにするには相当の時間が要る。
エエカトルはそのまま攻撃を仕掛けてくる。三方向から同時に迫る飛び蹴り、どれかは偽物だと理性が理解していても判断がつかない。
「これか!?」
蹴りによる同時攻撃を防御した、そのつもりだった。だがそれは残像だったらしく、横から思い切り蹴りを受けて吹っ飛ぶ。
「くっ、どうすれば……!?」
今までに経験したことの無い相手に慄く。
グレアムが力とすれば、シノビ・マイスターは技の相手としてこの上ない脅威だった。




