第21話 神機筋肉至上主義
翌日、ついに発表されたトーナメント表。20万人いた出場者から本戦に残ったのは僅か十人のみだ。
あれだけ人で溢れかえっていた格納庫エリアはほとんどがらんどうだった。
「最初の相手は……『マッスルスター』?」
奇天烈な名前に緊張を削がれる。捻りとか飾り気が一切感じられない。
「サードヨークからか。あそこはどうにも俗じみた奴らが多いからな」
登録機体はトシ・H型。
重量級神機に加えてエントリーネームの「マッスル」、おそらくパワータイプと見るべきだろう。
しかし見渡す限りそれらしい神機は見当たらない。
「お相手さんはもう行っちまってるみたいだな。お前もさっさと行ってこい」
「気が早い相手だな」と思いながら格納庫エリアの出口を進んでいく。
暗い通路に差すナトリウムランプの光から、太陽が放つ自然光の方向へ向かう。
それにつれて会場の歓声と共に熱気が吹き込んでくる。
リョウゴクで言うところの「花道」という概念はこんな感じかもしれない。
熱気に押されて自分まで熱くなってくる。緊張していた脳が麻痺しそうだ。
会場へ出る。その瞬間客席がさらに沸きあがる。
「遅いぞ銀色!」
「お前に賭けてるんだぞ銀色!」
激励のようなものがいくらか聞こえてくる。もし負けたら罵倒に変わるのだろう。そう考えると少し恐ろしい。
サークル場の試合場、その自分の向かいに立っている「マッスルスター」。
その機体を見た瞬間素っ頓狂な声が漏れる。
「なんだあの腕!?」
そのトシ・H型の右腕、それが左腕とアンバランスに肥大化しているのだ。
太さだけで通常の神機の腕数本はあると思えるほどに太い。
常に握られた形になり、手掌部ユニットの機能を殺してパンチへと特化させているのが見るだけでわかる。
よく見ると肘の付け根辺りにはバーニアがいくつか増設されていて、「この拳が必殺ですよ」とわかりやすく示している。
いわゆるマッスルポーズを取っている姿も相まって、緊張とか色々なものが一瞬削がれた。
「初めましてだな『スカーシルバー』!」
通信越しに聞こえる青年の声、機体の豪胆な印象と違ってその声色は爽やかそのものだ。
「私は『マッスルスター』。本名はグレアム・ケルティだ」
文脈も無く名乗られ面食らう。だが、名乗られたら返すのが礼儀だ。
「自分はウィッシュ・エンバークです。グレアムさん」
「良い名だな! よろしく頼む!」
いちいち暑苦しい。サードヨークの人間には会ったことがないが全員こうなのか?
「君には予選の時から注目していた! あの素早さ、それを叶える機体のスペック、そして何よりもそれを行える操縦技術! おそらく伝説に聞くD、まさに憧れそのものだ。出会えたことに運命を感じる他ない!」
「ど、どうも?」
こちらが全く言葉を挟む間もなくまくし立てられる。暑苦しいを飛び越えて火の中に叩き込まれたほどの熱さが通信越しに突き刺さる。
「故にウィッシュ君、私は君を全力で倒す! このトシ・マッスルカスタムでだ。だから君も全力でやろう!」
「は、はい!」
通信が終わると同時に、審判が話し始める。
「これより第二試合、『スカーシルバー』対『マッスルスター』の試合を始める!」
会場が再び沸く。同時に実況の声がどこからか聞こえてくる。
「さぁ今より始まる第二試合。注目は今大会初出場! 高速の銀色、『スカーシルバー』だァァァ!」
異名が増えていく。あまり目立ちたくないがもう腹を括る他ないだろう。
「そしてそれを迎え撃つは二年連続出場、前回三位の脳筋馬鹿野郎、『マッスルスター』!」
実況の声に応じるように再びマッスルポーズ。会場の熱気を逆に飲み干してしまいそうな、そんなスゴ味があった。
「両者構えィ!」
あの右腕の一撃を避ける事を念頭に入れ、構えは最小限に留めて、回避をしやすい体勢をとる。
対するグレアムのトシは右腕を引き中腰に構える。重量がアンバランスなはずなのによく体勢を崩さないものだ。
「武器なし、制限時間なし、機体制限なし! この一試合が全てを決める! 注目の第一試合、両者見合って……!」
「始めィッ!」
号令と共に号砲が放たれる。
「さぁ始まった! まず動いたのはマッスルスター!」
トシの剛腕のバーニアが最大出力で噴かされ、そのままの勢いで腰を回転させて空中に正拳突きを放つ。
その動作に嫌な予感が駆け巡る。咄嗟に左方向へと緊急回避をとる。
直後、自分がいた場所へと襲いかかる衝撃波。
客席はG.A.D.D.システムで守られていたようだが、その範囲外の壁には亀裂が走り一部が砕け落ちる。
「あ、ありなんですかそれ!?」
「これぞパワーと拳がたどり着いた極地! 武器は一切不要だ!」
そんな馬鹿な話があってたまるか、ファンタジーが過ぎるでしょうが。
だが冷静に見ればタネは簡単そのもの。
おそらくは空気を叩くため、肥大化した拳自体に専用の機構が組み込まれているのだろう。
あくまでも武器の定義はレーザーなどの銃器、剣や斧といった刀剣類に限られる。
なら空気を圧縮して圧力差を生み出し、それを拳で叩く事で破壊力を伴った衝撃波を巻き起こすこと、それ自体は現象でしかなく武器には抵触しない。
ある意味上手いやり方だ。
「そしてリョウゴクで学んだ『正拳突きは全ての基本』! つまりパワーの伴った正拳突きこそが、常勝不敗の万能技!」
自分の焦りをよそに、もう一度剛腕のバーニアが点火する。
「どうしたウィッシュ君、君も全力で来るんだ!」
もう一度横に回避を、と考えた。しかしトシの機動がさっきとは違う、そう気づいた。
「上だ!」
急いで飛び上がる。
コンマ数秒の後、自分のいた場所へと機体ごと拳が襲いかかっていた。
壁にモロに拳が突き刺さり、会場全体が揺れる。食らったらひとたまりもないのは一目瞭然だった。
「さすがの判断力だな! やはり私の目に間違いはなかった!」
「動きは早くないけど、読めない……!」
隙となるポイント、それを見つける必要がある。
相手の攻撃は正拳突きから繰り出される衝撃波、そして体重を全て乗せた全力のブロー。
単純な力による押し切りだが下手な技より厄介だ。
もしレイ・サーベルの1つでもあればすれ違いざまに切り落とすことだって出来る、しかしそれは「もし」でしかない。
武器なし、制限時間なし、機体制限なしの勝ち方は、砂漠の無法とは異なるのだ。
「さぁ来るんだ! 私を全力で楽しませろ!」
バーニアの点火、弓を引き絞るように腰ごと拳を引く動作……
「どう勝つ? どう回避する? どうやって……」
思考が急速に回り出す。極限の緊張の中、叔父が酒場を荒らした暴漢を撃退した時の話を思い出す。
「ウィッシュ、デカい奴ってのは離れちゃダメだ。デカければデカイほど足元や懐はどんどん疎かになっていく、刺すならそこだ」
距離を取れば拳のいい的、判断力を消耗して負けてしまう。
死にはしない試合の勝負であれど、オーロラの記憶のためにここで負けるわけにはいかない。
叔父の言うとおりが正しいとするなら、今ここですべきはインファイト。
「つまり……接近!」
放たれる正拳突きを避けるために急降下、そのまま懐へと潜り込む。
「やるな! こちらもキスの準備は出来ていないぞ!」
「おおっと!? スカーシルバーがまさかの急接近、気でも狂ったのか!?」
いくら強力な拳であれど、連発ができないという弱点自体は最初からわかっていた。
僅かに冷却と再充填が必要である以上、そこには隙が生じる。
拳を冷却し、引き切るその一瞬を突く。
そのまま頭部ユニットを掴む。相手は首を回して振りほどこうとする。だが抵抗虚しく、軋むような音と共に首部分から火花が散る。
そのまま配線ごと、首を振り下ろすように引きちぎる。
「ぐうっ!? カメラが!」
「スカーシルバー、マッスルスターの頭部ユニットをぶっこ抜く! これはかなりの有効打だ!」
なおも腕のバーニアを噴かし、攻撃を仕掛けるトシの後ろへと回る。
中途半端にバーニアが点火されて弾みがついたその体を、運動エネルギーを利用するように思い切り蹴り飛ばす。
やはり肥大化に伴ってバランスが悪いのか、まともな制御が出来ずグレアムのトシが倒れ伏す。
「えーと……降参、しませんか?」
「……首級を取られてはもはや誉もなし。君の勝利だ、ウィッシュ君」
試合終了を告げる号砲が鳴り響く。
「降参を確認! 勝者『スカーシルバー』!」
大歓声が上がる。中には悲鳴と罵倒が聞こえる気がするが無視しよう。
「まさかの前回三位をくだし、駒を進めたのは『スカーシルバー』! このダークホースは一体どこまで我々を楽しませてくれるのだろうか! その活躍に注目必至だ!」
格納庫に戻り、コックピットから出る。
一歩遅かったら負けていた状況、落ち着いた途端に汗が吹き出す。
「奇っ怪な奴だったが良く勝てたな。俺でも難しいぞ、アレは」
「叔父の話を思い出しまして」
「ほう……少々気になるが今は休め。まだ試合はあるんだからな」
水の入ったペットボトルを投げ渡される。
すぐ横のモニターの中継では第二試合が始まろうとしていた。
それを横目に水を飲んでいる自分へ、何者かが近づいてくる。
「失礼、ウィッシュ・エンバーク君は居るだろうか?」
その声で近づいて来た人物の正体がすぐに分かった。
筋骨隆々の体に反し、好青年という印象を受ける顔。おそらくグレアム・ケルティだ。
「ウィッシュは自分です」
名乗り出た自分を見るなりその顔に驚きが浮かぶ。
「若い声色だとは思っていたが、よもや少年だとは! ますます世は面白い!」
少年という歳ではないのだが。しかし、試合中も思っていたがこの男には一切の悪意がない。
どこまでも実直かつ、言葉を借りるなら筋肉馬鹿なのだろう。
ただ背中を叩く強さが尋常じゃない。悪意は無いが加減も知らないのかとても痛い。
「君の機転力は実に素晴らしかった。次勝つ為の指針が見えた気がする。感謝しよう」
「感謝されるほどでも……」
「卑下することはない。勝負を通せば我々は師弟であり友人。友人に感謝をするのは当たり前だ」
悪い気はしないがズレている。確実に全てが。
「次会うときは君を倒せるほどのマッスルを身につけてくる。また会おう」
「砂嵐みてえなやつだな……」
去っていったグレアムを見ながら、ノアはポツリと零した。自分もそう思う。
「多分、悪い人ではないんですけどね」
「妙なのに好かれたな」
「ははは……」




