第18話 服と記憶と
統一暦16年 7月
入国手続きを終え、ようやく入れるというところでノアに止められる。
「今日は楽しんでこい、戻る場所の座標は送っておく。ホテルは取れんから寝泊まりはキャリアーになるがな」
「了解です」
自分を見送るノアを背中に、フロートタイプのバイクの電源を入れる。
初めてブルーバードを訪れた日に壊れて以来、ずっと跨ることができなかったために懐かしさを感じる。
「ヘルメット着けた?」
「うん!」
「じゃあ僕にしっかり捕まってて」
細い腕が自分の腹部に手を回し、しっかり掴む感覚。少しばかりこそばゆいが我慢だ。
ゆっくりとアクセルをひねり、スピードを上げていく。
モーターが回転し甲高い音を立てながら走り出す。
流れる景色と共に風が突き抜けていく。やはりこの感覚は心地がいい。
「さて、どこに行こうか」
食事は下手に与えるとミライに怒られそうだ。
「オーロラはどこに行きたい?」
「えーと……服! 服が欲しい!」
「服か、わかった」
急停車して、メーターが表示されているミニモニターを操作してマップを開く。
いくつかの大通りが縦横に規則正しく並んでいるおかげでルートはとてもわかりやすい。
さぞかしチョウアンの時代は移動が楽だったのだろう。
マップに表示されたピンと現在地が結ばれ、最短ルートを導き出す。
「それじゃ行くよ」
「はーい!」
アクセルを再度捻り、街を駆け抜ける。
レトロタイプとは違い、モーターの回転音だけである自分のバイクはそれなりに静かだ。
そしてスピードが上がるまでがとても早い。
何しろ空気抵抗しかスピードを妨げるものがない。その為にすぐに速度が出るので調整が難しい。
逆に言えば、停車時は一瞬だ。
スピードを出すことと走る事がイコールなこのバイクは、止まるまでのタイムラグがほぼ無いのだ。
自分はこのバイクを国にいた頃から愛用しているので慣れたものである。
数分して服屋の前にたどり着く。フォンクォン特有の女性服が取り揃えられている店のようだ。
「いらっしゃいませー」
入るなり声がかかる。ありがたい、自分では服のことは分からないので店員に聞こうと考えていたのだ。
「すみません、この子に似合う服を選んでいただきたいんですが……」
店内を眺めて目を輝かせているオーロラを手で指す。
「かしこまりました。それでは少しばかりお連れ様をお借りいたしますね」
店員に連れられ、店内を十数分回った後に更衣室へと入っていった。
そこからさらに数十分、色々取っかえ引っ変えに着ているらしいが中々出てこない。
叔父の言葉を思い出す。「男の数十倍、女は服に迷うものさ」
そう分かっているように言う叔父は結婚はしていない。
今年で五十代後半に入ろうとしているが、酒場のウェイトレスに言い寄ってはビンタを食らって帰ってくるのが日常なほどに縁がない。
「お客様、少しよろしいでしょうか」
いつの間にか先程の店員が近くに来ていた。
「どうしました?」
「お連れ様が、お客様にも見ていただきたいとの事で」
なるほど、オーロラなら言いそうだ。
「すぐ行きます」
小走りに更衣室に行く。すると服だけでなく髪型まで可愛らしくコーディネートされたオーロラが立っていた。
表すなら咲いた白い花のような、可愛らしさと儚げさを併せ持った雰囲気を醸し出している。
「ウィッシュ、似合う?」
くるりと一回転すると、スカートがふわりと浮かび上がる。なんと可憐なのだろうか。
「とても似合ってるよ。うん、可愛い」
「えへへ、嬉しい」
満面の笑みで喜ぶその姿が眩しい。
華奢な体は簡単に手折れそうなのに、その笑みが放つ光は太陽のように強く自分を照らす。
自分に向けられるには、あまりにも眩しすぎるほどに。
「お買い上げありがとうございます!」
来ていたドレスに加えて一着色違いの物と簪を購入し、店を後にする。
一着は着たまま出てきた為に、すれ違う人はオーロラを二、三度見ていた。
「次は何しよっか?」
「私、喉乾いた」
「どこか飲食店に入ろうか、ちょうど待ってね」
一応確認としてミライに連絡を取る。
「あらウィッシュ君、何かあったのかしら?」
「オーロラにお茶などを飲ませても大丈夫かお聞きしたくて」
「飲むのは全面的に大丈夫よ。固形物はまだ少し慣れさせる必要があるからそこだけ注意すればいいわ」
「了解です。ありがとうございます」
通信を切り、ヘルメットをオーロラに手渡す。
「お待たせ、行こうか」
「うん!」
ヘルメットをつけると、スカートが引っかからないようにまとめてから後部に跨る。なんとなくだが、その所作がとても手慣れている気がする。
誰かに教えられたと言うよりも、身体に染み付いた無意識的自然さ。なんとなくだが育ちが良いように見える。
「まぁ、深く考えない方がいいか」
変に刺激すれば、あの時のように過呼吸を引き起こすかもしれない。
あの辛そうな様子はあまり見たくなかった。
格子状の道を駆け抜け、目的の店へと向かう。
最初はわかりやすくて便利かと思っていたが、ひとつの大通りに挟まれた区画を超えるまでにバイクが走行可能な道がない。意外と不便だ。
「次を右か」
曲がり角をスピードを上げてつっ切ろうとした瞬間、横から人影が出てくることに気づく。
「危ないっ!?」
思い切りブレーキを握りしめて停車する。
「すみません大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配なく」
深々とフードのようなものをかぶったその人物は、特段驚いた様子もない。
普通はぶつかりそうになったら何かしら後ろに後ずさっていたりするはずだ。しかし全くその人物は身じろぎ一つしていなかった。
「お怪我がなくて良かった……本当にどうもすみません」
「いえいえ、外国の方でしょう。この国の道路に慣れないのも仕方ないことです。お気をつけて」
軽く腰を折ってから、フードの人物と別れた。




