第17話 東の国へ
部屋に戻ってからの記憶はない。オーロラを寝かしつけ、ベッドに倒れ込んでしまってからは泥のように眠っていた。
何時間後だろうか、何やら右腕が痛む。筋肉痛だろうか、それになにやら妙に暖かいしふわっとしたほのかな香りがする。
さらには自分の寝息のリズムとは違う寝息のような音がしていることに気づいた瞬間、固く閉じられていた己の目がカッと開かれた。
「……やっぱり」
オーロラが自分のベッドに乗り込み、右腕を枕として眠っていた。
目の前にいきなり異性の顔があるという事実で驚いて叫び出しかけたが、起こしてしまったら可哀想なのでそれは我慢した。
さて疑問だ、なんで僕のベッドにいるのだろう?
寝かしつけた時に素直に寝てくれた為、さすがにひとりで寝れないなんてことは無さそうではある。そもそもなぜ気づかなかったのか……
腕を犠牲にしながらブツブツと考えを巡らせていると、オーロラの目がゆっくりと開かれる。
「ん……おはようウィッシュ」
「おはよう。その……なんでここにいるか聞いてもいい?」
「寂しくなった。ウィッシュの近くは落ち着くから」
「そっかぁ……よく寝れた?」
「うん」
曇りなき眼には純粋なるものしか見えない。なら自分がこれ以上追求することは何もない。
「なら良かった、もし今度も寂しかったら寝る前に言ってくれれば一緒の……」
「一緒の?」
「……一緒の部屋で寝てあげるよ」
「やったー」
さすがに一緒のベッドは無理だ。心臓とかが持たない、というか眠れる気がしない。
二人で起きて朝の支度を整えてから、食事を取りに向かう。
とは言ってもオーロラは流動食を摂るために医務室に行き、自分は食堂に行く為途中で別れることになった。
食堂に入り、既にプレートに配膳された食事を受け取る。
固めのトーストにスクランブルエッグ、軽くボイルされたウィンナーにはマスタードがしっかりついている。野菜を摂る為だろうか、付け合わせにピクルスまでしっかりとある。それなりに良い朝飯だろう。
携帯端末が円滑に使えるようになってきていることから、フォンクォンに近づいていることが分かる。無権地帯でも使えないことはない、だが国の中にいる時よりは格段に劣るため、あまり頼りにはならないのだ。
大神機擂台賽について知っておこうと、検索エンジンを開いて調べにかかる。
「本戦参加資格は『神機で試験官を倒す事』。しかも突破率が低い? 全体の参加者が十数万人近くいるのに本戦に残るのは過去最高で二十名……ええっ?」
これで年々試験官のレベルも上がっているなんて話も書かれている。挑む前から自信がなくなってきた。
「やけに面白い顔をしてるな」
自分の向かい側にノアが着席していた。
「ちょっと大神機擂台賽について調べてまして……」
「前もった調査をするのはいい事だ、何か分かったか?」
「まぁ色々わかったんですけど……僕、勝てますかね。自信なくなってきましたよ」
「やってみる前に噂だけで判断するな。お前の機体が何であるかをよく思い出すんだ」
「とは言っても……」
「あー……これはひとつ、聞いた噂なんだがな。フォンクォンは比較的新しい国のせいか使ってる神機はトシやトラロック、イシュタムの型落ちばかりなんだそうだ」
「どこからそんな話が?」
もし本当だとするならそれは軍事機密の流出に他ならない、国際問題である。
「なに、つまらん風の噂だ。信じるかどうかはともかく、少しは自信を持ってみろ。開催は明日からだ」
ノアはいつの間にかプレートを空にして、さっさと帰って行ってしまった。
医務室に寄ってオーロラを引き取ってから、メインブリッジへと向かう。
予定を聞きに行くだけなのだが、片時でも離れているのが嫌なのだとか。
そう主張出来る程度には元気にはなってきてはいる。だが、まだ他人への警戒心が強いのか自分のすぐ後ろを隠れるようにして歩く姿は外見に反して幼さがあった。
「失礼します……っと」
「ウィッシュか、何か用か?」
こちらを確認したノアが片手で煙草をもみ消す。
「あとどれ位で着くのか聞きたくて」
「トレズ、どれくらいだ?」
「あと一時間程度かねぇ、全速力なら」
意外と早い、出れるように準備を整えた方が良さそうだ。
「フォンクォンには長期で停泊する。リョウゴクに行くことも考えればアークはしばらく動かないと思ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「あとそうだな……嬢ちゃんになにか買ってやるといい。色々経験させれば、記憶も戻るかもしれんからな」
手に押し込まれるように数枚のSandll札を握らされた。
「釣りは返さんでいい」
「は、はい」
有無を言わせず送り出され、辞すタイミングを失った。
部屋に戻って軽く準備を整える。国を回るのだし、バイクを動かす準備もしておく。
「そのカギ、何?」
「僕のバイクのキーだよ。乗りたい?」
提案されたオーロラの顔がみるみる明るくなる。
「乗りたい!」
「わかった、じゃあちょっと待っててね……」
二人乗りするにもヘルメットがない。余ってるものがないかナストアに聞いてみようと通信をかける。
「ウィッシュか、要件は?」
「すみませんナストアさん、ヘルメットって余ってます?」
「ヘルメットォ? うーん……パイロット用しかないね」
「じゃあ僕の使ってるヘルメット借りてもいいですか?」
「元々あんたのもんだ、別に構わないよ」
少しの時間のあと、部屋に自分が使っているヘルメットが届く。
「じゃあ僕のお下がりだけど、乗る時はこれをつけてね」
砂塵含めた防護用にフィルターが付いたフルフェイスヘルメット。少々オーロラには大きいかもしれないが大丈夫だろうか。
「ふふ……楽しみ」
受け取ったヘルメットを抱えたり、被ってみたりして微笑む。
少しでも楽しめるように安全運転を心がけなければ。
そして十数分の後、アナウンスと共にキャリアーが停泊する。
窓の向こうにはフォンクォンの景色が広がっていた。
経済特区国家・フォンクォンは非常に新しく古い国だ、と叔父に聞いたことがある。
元はフォンクォン区と呼ばれる周辺の区との連合のような場所であり、今の状態よりかなり小さい地域だったらしい。
統一戦争で神機を駆り活躍した女傑、現皇帝こと復権皇帝である国母。
またの名をDの皇帝・李鈴玉が周辺区ごとまとめあげ、現在の形となったとの事。
その国は所々に帝国の技術が用いられているものの、その風景というのは独特のレトロさがある。
衣食住、それらを古き時代に回帰しようとしている。
古い文献に伝わるチョウアンと呼ばれる都、それの再現なのだとか。
経済特区国家という時代の先を走りながら、文化は過去を歩む国家、それがフォンクォンの特性……と、自分は本で知っている。
そして尚のこと降り立ってみると、その雰囲気というのは圧倒されるものだった。
「本で見るより圧巻だな……」
国の入り口だと言うのに、既に満腹になりそうな程の壮大な景色が広がる。
入国手続きの最中、オーロラはあちこちを見ながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
大変更新をお待たせいたしました。
13話連続更新になりますので是非ともよろしくお願いいたします。




