第16話 彼女にとって
腕の中で怯えているオーロラを抱えてエレベーターへ乗り込むと、医務室へ飛び込む。
「来ると思ってたわ」
「オーロラを頼めますか?」
「もちろん。安心して戦ってらっしゃい、騎士様」
ミライへオーロラを預けようとすると、強い力で手を掴まれる。
「どこ行くの? いなくならないで……」
その手を両手で握り、真っ直ぐに目を合わせる。
「大丈夫、アイツらを追い払ってくるだけだよ。絶対に戻ってくるからここで待ってて、いい?」
言い聞かせるように告げる。不安にさせるのは心苦しいが、それでも僕は戦わねばならない。
「……わかった、待ってる」
赤い瞳には涙が滲んでいる。この子の為にも早く脅威を取り去らねばならない。
急いで医務室から出ると階段を駆け下りて格納庫へと飛び込む。
「遅い!」
ナストアの檄と共にヘルメットとスーツが飛んでくる。
「すみません、オーロラを医務室に預けていたので!」
「理由は後! 早く乗りな!」
「はい!」
コクピットへと乗り込むと、急いでヘルメットを装着してからスーツを着る。
『聞こえるか、ウィッシュ君』
「はい! よろしくお願いしますジークさん」
『大剣は補修中と聞くが前衛は君に任せる。構わないか?』
「はい!」
『なら行こう、ナストアさん』
『ハッチオープン、昇降機上昇開始!』
空は赤みがかり、太陽が沈み始めているせいか少し暗い。
『暗い場所での戦闘は避けたいな、手早く終わらせよう』
『ククルカン、トシ発信許可!』
「ククルカン、出ます!」
『ジーク・トゥーマン。トシ、出る!』
同時にキャリアーから緊急発進する。翼が無いためか速度がいつもより早い、加減を誤らないように気をつけなければ。
『目標はあれだな、銃撃を仕掛けるから当たらないように突っ込んでくれ!』
前方に見えるトシの小隊へとマシンガンが乱射される。
銃弾の隙間を縫うように複雑な軌道を描きながら、左方のレイ・サーベルをアクティブに切り替える。
「素早く終わらせる……!」
さらに操縦桿を押し込み、速度をあげる。
『ちぃっ! 来たぞ!』
『銀色かなんか知らねぇが、ここは通さねぇ! 倒せばグレガリアの新頭領だ!』
アックスを構え、バーニアを激しく吹かして突進をして来ようとしたトシの腕を衝突寸前で回避し、回転しながら斬り飛ばす。
切断された断面が熱で赤く光る。武器と腕を失った相手には明らかな動揺が見えていた。
『レイ・サーベルだとォ!? 聞いちゃいねぇぞ、逃げろ!』
「させない!」
逃走を図る手負いのトシの脚を切り落とし、頭部をも切断して完全な自由を奪う。
『優秀だな、残り二機も頼む。こっちは手が離せそうにない』
ジークのトシがアックスで敵の一機と鍔迫り合いになっている。形勢的にジークが上を取っている為、手助けの必要は無いだろう。
「はい!」
再度飛び上がると、残り二機へと急襲する。
■■■
医務室のモニター越しにオーロラは戦いを見る。
潜在的なモノ・アイや爆発への恐怖で泣き出しそうになりながらも、己が「綺麗」と評したククルカンの戦いから目が離せない。
「ウィッシュ。戦ってる……」
「そうよ、彼は私たちの中でもとても強いの」
「じゃあ、ウィッシュはヒーロー?」
「ヒーロー?」
突飛な質問に思わずミライは手を止める。
「誰かが言ってたの、怖い時、危ない時、悲しい時、ヒーローが来てくれるって」
「なら貴方にとってはきっとそうよ。ウィッシュ君は」
「ウィッシュが、ヒーローなんだ……」
いつの間にか少女の顔からは恐怖が消え、希望の象徴を見るような、期待に満ち溢れた顔へと変わっていた。
■■■
『おわーっ!?』
跳ね飛ばした頭部が誘爆して砕け散る。サーベルになってもこれだけはどうにも防げないらしい。
そのままその一機の四肢を迅速に切り落とした後、最後の一機へと向かう。
『クソッタレ、どいつもこいつもやられやがってェ!』
トシの抜刀したアックスが赤熱化して光る。
「ヒート・アックス……!」
レイ・サーベルを一瞬であれば防御する事が可能であるヒート系兵器、しかしながらアックスに比べて整備性が悪くパーツの消耗も早い為中々見かけないものだ。
『このトニー様の武勇伝の1ページにしてやるよ! 死ねぇ!』
地面をスライドするように突進してくるトシ。その攻撃を左のサーベルで受け止める。
「甘いッ!」
ガラ空きの頭部へ展開した右のレイ・サーベルを突き立てると、そのまま左方向へと引き抜く。
『メインカメラが!?』
サーベルによって抉られた部分から火花が飛び散る。もはや使い物にはならないだろう。
そのままサーベルを下方に振り下ろし、アックスを持っている腕を肘部分から切断する。武器と視界を失い、切断部から火花を散らすトシはまともに逃げることも叶わず転倒した。
「終わりかな……ジークさん、全員無力化しました」
『こっちも終わった。帰投しよう』
「はい」
ジークのトシがアックスを相手の頭部から引き抜き、納刀する。
何度も殴られ、切りつけられたのか相手のトシは装甲に幾つも凹みや切り傷ができている、中々に荒々しい戦い方だ、普段のきびきびとした姿勢からは想像が出来なかった。
『君のおかげで作戦の効率が上がって助かる』
帰投の途中、ジークがそう呟く。礼を言われてるのだろうか?
「いや、自分なんて」
『少なくともマルティ攻略作戦においては君がいなければ苦戦していた。謙遜することは無い』
「はは……」
『本当はすまないと思っている。本来君のような若者、しかも旅人にこんな事をさせる必要は無いはずだ』
「いえ、僕は……」
自分でもわかるほどに、己が戦う度に少しずつ強くなっているのを感じる。
最初に感じていた超加速による身体への重圧はもはや感じなくなっていた。その中で思う、自分が戦闘マシーンになっているのではないかと。
まだ人を殺していないだけで、いつか自分もマルティやテスカトリポカのパイロットのようになってしまうのではないか? と。
守りたいものを得たことで、自分が他人の命を軽視するような、そんな存在になったら。僕はきっとオーロラに顔向けができない。
「……僕は。できることをやってるだけです」
言葉で誤魔化しはいくらでも効く。今はそれでいい。
帰投してヘルメットを脱ぐと、ようやく息が大きく吸える。いつになく疲れている。戦いが連続しているせいだろうか。
少しぼんやりとしながらヘルメットとパイロットスーツをナストアに渡し、メインブリッジではなく医務室へと向かう。
オーロラは泣いていないだろうか、あんなに怯えた様子を思い返すと少し胸が痛い。
急くような気持ちで医務室へ入ると、腹部へと衝撃が走る。
「ごほっ!?」
「ウィッシュ!」
衝撃の正体はオーロラの頭だった。あまりにも不意打ちだった為にそのまま床へ転倒する。
「おかえり、ウィッシュ」
「た、ただいま……」
腹部の上に乗っかられてしまい立ち上がれない。ただ彼女の顔は明るく、何やら興奮気味に見える。自分の危惧しているような状態ではなかったのかもしれない。
「降りてあげなさい、ウィッシュ君が動けなくなってるわよ」
「あっ……ごめんねウィッシュ」
慌てて自分の上から避けて、近くの椅子へと座る。
「いや、大丈夫。元気は戻ったみたいだね」
ゆっくりと立ち上がり、雪のように白いその頭を撫でる。
「うん。だってウィッシュはヒーローだから」
「ヒーロー?」
「怖い時、危ない時、悲しい時に来てくれるの。ウィッシュはそうでしょ?」
ヒーロー? 僕が? という言葉を飲み込む。その肯定を受け止められる自信がなかった。
「そうかな……」
「きっとそう、ウィッシュはヒーロー」
屈託のないその笑顔を直視できない。でも、その期待に応えなければいけない。オーロラの期待を裏切るぐらいなら、己がヒーローであるという虚勢ぐらいは張ってみせる。
「戻ろうか、そろそろ夜だ」
「うん」
オーロラを引き取って、医務室から出たのだった。
■■■
「どうだミライ、ウィッシュ達は」
タイミングを見計らったのか、医務室へとノアが入ってくる。
「すっかりベッタリよ。まるで兄妹みたい」
「守るものができたんならアイツも少しは――」
「『守るものを持つことは、同時に弱さを内包すること』。そう言ってたのをお忘れ?」
氷の入った小さいグラスに琥珀色の液体が注がれ、差し出される。大人だけが口にできる、気付けとごまかしの薬だった。
「そうだったな……」
「それに彼、少し疲れてるみたいよ」
その言葉に眉をしかめた。ここにおいて疲れているというのは体力ではなく、心についてであった。
「……戦場病か?」
「そこまで深刻では無いけれどね。何かが必死に心を堰き止めているみたい」
「俺にはどうしようもない。そう言った弱さから来る病は……俺には」
次の言葉を言い出せず、琥珀色の液体を喉へ流し込む。
「血を吐きながら戦い続けるような目に、合わせたくなかったのではなくて?」
ミライの目は、厳しい監督官のごとくノアを突き刺している。
「結局、矛盾した者の願いなんざ叶わない夢かもしれん……結局俺がやらせている不殺も、その場しのぎでしかない」
「まだ彼は年若いわ、もしかしたら向き合えるかも」
「ああ。そうであって欲しい」
グラスの氷は半分溶けている。夜が更けゆくなか、砂漠の向こう、東の果てが近づいてきていた。




