第14話 更なる旅路
医務室の白いベッドの上に寝かせられた少女。まるで眠り姫のように、時が止まったように静かに眠っている。
「体に異常は無いわ。多少の栄養失調はあったけれど命に害がある程じゃない。少なくとも酷い暴力は受けてないと思う」
検査結果をカルテにまとめつつ、女医は答える。その言葉に少しばかり心が軽くなる。
「記憶が無いのは……?」
「心因性のショック、かしら。大した外傷がないとなるとそっちの領域としかね。鍵となるものがあれば、きっと堰を切ったように思い出せると推測しているのだけれど」
ペンを空中で弄びながらそう答える。
「とは言っても名前すら覚えてないんじゃなぁ……」
「名前? 服に掠れた文字があったけど違うのかしら?」
自分も知らなかったので、ノアと二人で顔を見合せて驚く。
「それをさっさと言え!」
詰め寄るノアに対し女医は、
「だって聞かれなかったもの」
としらっとして言う。それに面食らい、ノアの勢いが削がれる。
「……とりあえずその文字を教えてくれ」
メモ用紙に大きく書かれた文字は「Aurora」と読める、おそらくは帝国語だ。
「Aurora……オーロラ、ですかね?」
「名前にしては少しばかり不自然だな。ミライ、他に文字は?」
ミライと呼ばれた女医は首を静かに横に振る。
「ダメね。あったような痕跡だけ、破けちゃってるわ」
「帝国語ではあるようだがな……わからんことばかりだ」
「そうだ、帝国といえばなんですが……」
メインブリッジで見たレーゲンス帝国の国旗のマークの事を伝える。
「ふむ。あのキャリアーが帝国製だとするならば、この嬢ちゃんのルーツもそこにあるってことだが……ただ難しいな」
「何故です?」
「俺たち旅団は帝国の、特に上流階級の連中からは目の敵にされてる。それに……」
一瞬考え込んだ後に、ノアは口を開く。
「帝国が最近妙な企みをしていると聞いた。乗り込むなら協力してくれる国家をいくつか味方につけてからの方がいい」
「となると……元々行く予定だったフォンクォンに?」
「ああ、ちょうど時期も良い。面倒な手を使わずアイツに会えるはずだ」
その提案を聞き、ミライが書類から顔を上げる。
「あらいいわね。ついでにリョウゴクにも行くの?」
「そうだな。どちらにせよその為には……」
いきなりガシッと頭を掴まれる。
「お前が頼りだ、ウィッシュ」
「へっ?」
どういう事だろうと固まっていると、一枚のチラシが渡される。
「フォンクォンの……大神機擂台賽?」
「一年に一回行われる神機を使用した武器なし・手加減なし・機体制限なしの闘技大会よ」
「大会……商品がすごいとかですか?」
「いいえ、優勝すると皇帝に謁見できるし、願いを叶えてもらえるの」
思わずへぇーと感心する。皇帝に謁見できると言うだけで相当なものだ。ただ、それと自分がなんの関係が? と一瞬考える。しかしすぐにその答えがなんであるかに思い至った。
「まさか……僕に出ろと?」
「お前のククルカンなら、俺らのトラロックやトシより格闘向きだ」
「つまり、勝てと」
自分の疑問に対しノアは頷きはせず、表情も変えていない。
「下手に国家を敵に回したくないならな」
実質上の脅しだ。マルティの戦いの後であるし、もう少し休憩が欲しいとは思う。
「お前のククルカンは剣の修理が必要だ。どうせしばらくは素手かレイ・サーベル頼りになる。慣れろよ」
「……はい」
諦めも肝心、とは言ったものだ。今は目の前の少女の記憶が戻る方が重要だ。それなら何度も骨を折るぐらいの覚悟は僕にだってある。
これからの進路について話し合っていると、少女が目をぱっちりと開いて起き上がる。
「ここは……」
周りを不安げにキョロキョロと見渡し、自分の姿を確認すると、ベッドから降りて抱きついた。
「わわっ!?」
「ウィッシュ、居た」
しっかりと掴み、自分の身体から離れようとしない。まるでそれは鳥のヒナの刷り込みのように、自分を安全なものとして認識しているようだ。
「随分懐かれてるみたいね?」
「助け出したのがウィッシュだからな、不思議なことじゃあないだろうよ」
何やら生あたたかい視線を感じるが、今は少女の為に知らないふりをする。
「この人たちとなにか話してたね、ウィッシュ」
ノアとミライの方を少し見てから、自分に視線を戻す。
「この人たちが僕の仲間で、君の記憶を取り戻す方法を考えてるんだ」
「私の、記憶……」
「あー……お嬢ちゃん、少し聞いてもいいかい?」
ノアは子供に接するように目線を下げ、声色を柔らかくしている。普段の強面からは想像できない光景に少し笑いそうになるが必死に抑える。
「……いいよ」
視線だけはノアに向けつつも自分の体をしっかりと抱きしめている。警戒しているのかもしれない。
「お嬢ちゃんの服にこんな文字が書いてあったんだが、覚えているかな?」
その文字をしばらく眺めてから、首を横に振る。
「分からない。けど、少し懐かしいような気がする」
「そうか、ありがとうな」
反応を観察していたミライは、うーんと唸る。
「名前かどうかは分からないけれど、覚えがあるようね」
「そうだな……とりあえずはこれを道標としよう。よし、ずっと名前が無いのも不便だ。この嬢ちゃんの事はオーロラと呼ぼう。構わないかい?」
改めて少女に目線を合わせ提案する。やはり笑いそうになるが耐える。
「オーロラ……私の、名前……分かった」
しばらく名前を復唱してから、自分の方に向き直り瞳を真っ直ぐと見据える。
「ウィッシュも、覚えた?」
ああ、そうか。自分に名前を呼んで欲しいのかと気づく。
「うん、よろしくねオーロラ」
そう呼ばれた少女……いや、オーロラは小さく笑みを浮かべる。
記憶の喪失によって何も無い暗闇のような、前暦に語られる宇宙のような不安定な世界に放り出されていた彼女が、ようやく名前という希望になりうる道標を得た。それによる喜びなのだろう。
人形のようだった彼女に、人としての何かが戻ってきているのを感じた。
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フォンクォンへ向け、ウィッシュ達が去った後。マルティ・ネドゥミコーの墓標となったイシュタムの残骸に近づく一つの人影があった。
「……逝ったか、マルティ」
隻眼の青年は萎れた花を供え黙祷する。
「オレと違って、お前は人間のまま死んだな。幸運だ」
墓は何も答えない。ただ砂漠には乾いた風のみが吹きすさんでいる。
「そっちで先に待っているといい。その代わり、左腕は借りていく」
誰に許可を取るでもなく、一方的に告げて青年はマルティの機体で唯一無傷であった左腕に近づいていく。
それらを見守るように隻腕の機体・テスカトリポカが、コクピットを開け放った状態で佇んでいた。
「待っていると良い……新人」




