第13話 運命と引力
イシュタムのコックピットから引きずり出されたマルティ・ネドゥミコーは、ノアに銃を突きつけられていた。
「へっ、大層なもん連れてきやがってよ……なぁノア」
その体は戦闘で思い切り岩に衝突したことにより傷つき、内出血した打撲痕が目立っている。もはや逃げることも叶わず、ただ処分を待つのみだった。
「久しいなマルティ、こうやって面と向かって会うのは」
「嬉しかねぇなぁ。こうやって最期に会うやつがお前なんかってのは……せめてリン嬢に会いたかったぜ」
「なんとでも言え」
空気を読まず軽口を叩くマルティに対し、ノアは淡々と返す。
「それにしたって、GA型なんざ連れてきたってこたァ……また戦争でもやるのか?」
「馬鹿言え、俺はもう辞めたんだ」
静かに首を振って否定する。
「口でそうは言っても、お前は結局戦ってるだろうが」
「……分かってはいる」
俯いて答える。ノアが抱える、己の矛盾を否定しきれないが為に。
「それにあの銀色のパイロット、わざとオレを殺さなかったな?」
「そうだ、俺がそう指示した。『殺すな』と」
「甘いねぇ、ノア……そんな甘い理想に浸らせてると、いつかアイツポッキリと折れちまうぜ」
傷だらけの顔でニヒルな笑いを浮かべ、嘲るようにマルティが言い捨てる。
「今はそうならない為に、俺はアイツをキャリアーに行かせた」
「見えないところでオレを始末するためかい?」
上に挙げさせられた両腕をヒラヒラとさせて、煽るように尋ねる。
「お前はやり過ぎた。砂漠の人々がお前の死を望んでる。なら無力化だけじゃあダメだ」
「そうかよ……運の尽きかねぇ」
口ではそういいつつ、マルティの顔は笑みを浮かべたままだった。
「なにか言い残すことはあるか?」
再度銃をしっかりと突き付け、ノアが問う。
「……お前は逃れられねぇぞ、ノア。戦争はまたじきにやって来る。あの帝国の、あのクソジジイは妙なことを考えてやがる」
「なんだと?」
顔をしかめる。彼にとってただでさえ最悪のものである帝国の、最悪の根源たる現帝王。それの企みなどロクなものでは無い。
「終末兵器に匹敵するモノを作っているらしいのさ、これから世界は大変だぜ」
「証拠はあるのか?」
「証拠と言えるものはねぇが……鍵はある。きっとキャリアーに送ったやつの誰かが見つけてんじゃねぇのか?」
「鍵? なんだそれは」
「さぁな……これ以上は自分で探しやがれ。ほら、さっさと殺れよ。もう一秒でも生きてるのが面倒だ」
「……そうか」
しっかりと銃を構え、ゆっくりと引き金を引き絞る。
「じゃあなノア。軍にいた時から、テメェは気に食わなかったぜ」
銃声。そして、マルティ・ネドゥミコーと呼ばれた砂漠の大悪党グレガリアの頭領は倒れた。
沈黙、それはかつて戦友だった男との永遠の別れに対する悲しみだろうか。強い風が砂を巻き込み、ノアの身体を叩いて去っていった。
「ウィッシュ達から連絡はあったか?」
銃を丁寧にしまうと近くにいたジークへと呼びかける。
「それが……」
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「女の子……?」
思わず銃を下ろす。視線の向こうにいた少女は、まるで人形かなにかのように微動だにせず座っている。
乱れて頬にかかった雪のように真白い髪、ルビーのような深い赤色をした眼、まるで宝石のように綺麗な少女。その姿に目線だけでなく、心まで惹き付けられる様な感覚を覚える。
「……」
少女はこちらを見つめてはいるものの、特にこれといった反応は見せない。認識しているのかどうかすらも分からない。
まとっていた服はボロ切れの様なもので、大きく素肌が見えてはいない。しかし目のやり場に困る程度には穴が空いていた。
「君、名前は?」
警戒されないようヘルメットを外し、ゆっくりと近づきながら尋ねる。
「私……? 分からない」
透き通ったか細い声。こちらを覗いていたように見えた瞳は焦点があっておらず、自分の状況を理解しているかどうかも分からない。
「なんでここに?」
少女は首を横に振る。
「……分からない。何も思い出せない。爆発が起きて、見張りの人もいなくなっちゃった」
「そっか……とりあえず行こう。ここは危ないよ」
鎖を撃って壊し、少女の手を取る。
「どこに行くの?」
「僕の、仲間のところ」
「仲間、分かった。行く……えーと、あなたの名前は?」
この時、初めて少女の瞳が自分を真っ直ぐと捉えた。
「僕はウィッシュ、ウィッシュ・エンバーク」
「ウィッシュ、覚えた」
少女はまるで機械のようにオウム返しな受け答えをする。けれど、握った手には人肌の温かさがある。
「ここは危ないから、僕に掴まってて」
ヘルメットをかぶり直してから、簡単に砕け散ってしまいそうな少女の体を抱き抱える。靴を履いていなかったので歩かせるのは危険だと判断した。
少女は理解したように自分の腕にしがみついて身体を支える。
「ケンプさん、アシマさん、聞こえます?」
『どしたのどしたの、1000万sandllでも見つかった?』
通信に出たのはアシマだった。こういう時のフットワークが軽い方のようで助かる。
「実はメインブリッジで女の子を発見しまして……とりあえずキャリアーに運んだ方がいいですか? それにどうやら記憶が無いみたいで」
『うーん女の子かぁ……連れ込むのは一旦団長に聞くから待ってね。ああでも外に出るぐらいならいいよ』
「了解です」
「誰と、話してるの?」
自分の方を不思議そうに覗き込みながら少女が尋ねる。
「仲間だよ」
「仲間……」
吸い込まれそうな真紅の瞳をぱちくりとさせながら、少女は言葉を何度も反芻する。
記憶が無いせいなのだろうか? 周りから受ける刺激をそのまま返している様な反応、何も無い彼女の見ている世界から、与えられた言葉で何かを見出そうとするような、そんな仕草であった。
なぜ記憶がないのかは分からないけれど、あんな所に鎖で繋がれていた以上あまり良い目にあっていたとは思えない。自分が守らなくては、と胸が締め付けられる。
できるだけ慎重にとはいえ、それなりの高さのあるキャリアーを人を抱えたまま降りていくのは中々に疲れる。あんな壊れかけのエレベーターは使いたくなかったので致し方なしとするべきだろう。
ようやく外に出ると差し込んでくる日光に目を細める。
「外……久しぶり」
同じように目を細めながら少女が呟く。
「どれくらいあそこにいたの?」
「よく覚えてない。気がついたらそこにいて……うっ」
頭を抑えて縮こまる。だんだん呼吸が早くなっているのを感じ、どうにか落ち着かせようと背中をさする。
「無理しないで、すぐに思い出す必要は無いから」
「……わかった」
ゆっくりと深呼吸をし、だんだんと落ち着きを取り戻していく。
原因は不明であるもののやはり何らかのショックを受けたせいなのだろう、無理に記憶を引き出そうとするのは危険かもしれない。
少しでも日陰にいた方が良いだろうと判断し、未だ佇んでいるククルカンの足元へと移動してから少女を下ろす。
「これ、何?」
ククルカンを指さし、少女が尋ねる。
「僕の神機、ククルカンって言うんだ」
「ククルカン……きれいだね」
「君もそう思う?」
「うん。これは優しそうだから」
足の部分に座って装甲を撫でる少女の表情は、心做しか柔らかくなっているように感じる。
『ウィッシュ、俺だ。女の子を見つけたと聞いたが』
「はい。白い髪で赤い目の女の子がメインブリッジで鎖に繋がれてまして……」
『記憶が無いんだったな?』
「ええ、何も覚えてないみたいです」
ノアは数秒沈黙する。
『そうか……とりあえずうちの医務班に見せよう。キャリアーまで連れてきてくれるか?』
「わかりました。ククルカンはどうすれば?」
『一般人を乗せるわけにはいかん、オートパイロットで帰らせる』
「了解です」
通信を切ると、いつの間にか自分のすぐ後ろに少女が立っていた。
「仲間のところに行くの? ウィッシュ」
「うん、もう1回運ぶから掴まってて」
少女をもう一度抱えると、キャリアーまでゆっくりと歩いていく。
キャリアーに着く時には、少女はか細い寝息を立てて眠ってしまっていた。
マルティとの戦いから息付く間もなく出会った少女。彼女との出会いがこれからの自分が巻き込まれていく動乱への切符だと、この時は気づく由もなかった。




