第8話
「…………」
男が絶句する。厨房にいた料理人たちも、驚愕の表情を浮かべてシャルロットを見ていた。
当のシャルロットは、そんなにおかしなことを言ったかな、と首をかしげている。
「……えっと、ごめん。もう一回言ってくれる?」
気を取り直して男がそう言い、
「消えろと言われましたので、魔法を使って消えました」
シャルロットが返答した。
「えぇ~……」
男が頭を抱えて完全にテーブルに突っ伏す。
シャルロットはおろおろと男を見つめることしかできない。
(どうしよう、そろそろ船に行かないと出航しちゃう)
さらに思考はほぼそちらに割かれている。精霊の痕跡というものはよくわからないが、少なくとも消えてしまえば目視による追跡はできない。
まだ名前も聞かれていないし、聞かれたとしてもフルネームでなければ平民だと誤解できる。格好も平民のそれだし、まさか貴族のお嬢様とは思うまい。
「よし」
がばっと男が顔を上げた。
「場所を移そう。ちょっとじっくり話を聞かせてもらいたい」
「え……」
「言っておくけど、拒否権はないからね? 場合によっては本国……ああ、ラシガムの方だよ、そっちに連れていく可能性もあるからね」
「ラシガム」
シャルロットは反復した。魔法大国ラシガム。母の生まれ故郷。
その話を詳しく聞く前に母は他界してしまったが、王城内の図書館で知ったことがある。
魔法によって栄えた国。他国とは比べ物にならないほど豊かで安全な国。良き魔法使いを多く輩出している国。すべての魔法使いの祖国となる国。
目的地の一つではあったけれど、こんなに早くラシガムに行く機会が訪れようとは。
(ラシガムに行けるなら、船はいいかな)
乗ってみたかったけれど。ちょっとしょんぼりする。
「おいで」
男が立ち上がり手を伸ばす。その手をシャルロットはきょとんと見つめた。
「……腕、掴まないのですね」
「君が逃げるっていうならそうしたけどね。さあ」
男に促されて、シャルロットはその手を取って席を立った。
男が向かったのは、港がよく見える高台にある建物だった。石造りの四角い建物は貴族の屋敷くらい大きいが、それに比べると装飾もされておらず殺風景である。
「これはなんですか?」
シャルロットが訊ねると、男は答えてくれた。
「駐在所。要は憲兵の詰め所だよ」
男がシャルロットを連れて歩くと、門の両脇に立っていた兵士たちが驚いたような顔になった。
「エリックさん!? あれ、その子どうしたんですか? 迷子?」
「盗人の捜査は!?」
「この子が例の盗人なんだよ。ちょっと詳しく話を聞きたいから連れてきた」
「ええ……」
兵士二人がシャルロットを見る。困惑と好奇心の色が見て取れた。
その視線を遮るように、エリックと呼ばれた男がシャルロットの前に出る。
「ほら、通して。隊長には俺から報告するから」
「は、はい」
兵士たちが渋々と引き下がる。おそらくこのエリックという男、相当に立場が上のようだ。
そのままエリックに連れられて中に入った。
無駄な装飾がなく、床も絨毯が敷かれていない。足音がはっきりと響くが、それが逆に新鮮だった。
「ここ、入って」
エリックがドアを開ける。そこは小さな部屋だった。小さな机が一つと椅子が二脚。大きな窓があるため明かりがなくても十分に明るかった。
シャルロットは促されるまま、窓を背にして座る。
「さて、改めて自己紹介をしようか。俺はエリック。魔法犯罪の捜査を担当する憲兵だよ」
「シャルロットと申します」
「苗字は?」
「…………なぜ?」
「平民の子が使う敬語と、貴族の子が使う敬語は微妙に違う。さっきの自己紹介だって、平民の子は『シャルロットです』あるいは『シャルロットと言います』って出るんだよ。『申します』は貴族社会で使い慣れている証拠。……って言ってもわからないか。でも、そういう無意識の言葉遣いは、なかなか変えられるものじゃないよ」
エリックの言葉にシャルロットは自分の口元に手をやった。まさかそこから正体を推理されるとは。
「推理小説の主人公のようですね」
「よく言われる。さあ、君のフルネームは?」
エリックが再度訊ねる。
シャルロットは石を吐くように答えた。
「……シャルロット・ド・アルヴァリンドと申します」
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