第52話(王城side)
「敵襲! 敵襲ー!」
「逃げろ!」
「馬鹿者、逃げるな!」
「嫌ですよ! 触られたら干からびて砂になっちまう!」
「俺はまだ死にたくないんです!」
「と、とにかく囲め! 一定の距離を保つんだ! いいか、国王陛下夫妻に近付けさせるな!」
王城は悲鳴と怒号が飛び交っていた。
敵襲と叫んではいるが、相手はたったの一人。しかも、ついさっきまで地下牢でわめいていた元娼婦の娘である。
その娘が牢を破壊し、見張りを殺害してひょっこり出てきたのだ。急いで連れ戻そうとしたが、触れた兵士がどんどん干からびて砂のように崩れ落ちる。その様を見た他の兵士たちは恐慌状態に陥った。
隊長クラスの兵が指示を出し、どうにか彼女を取り囲み槍を突きつけている。間に一メートル以上の空白があるとはいえ、全方位から槍を向けられても娘は平然としていた。
「邪魔をしないでいただける?」
娘はのんびりとした口調で言った。
「私、国王陛下に御用があるの」
「大人しく牢に戻れ」
隊長が言った。
「今ならばまだ罪も軽くて済む」
「罪?」
くつり、と娘が笑う。
嘲るような笑みだった。
「罪ねえ……。今更増えたところで、痛くも痒くもないわ」
そう言って、悠然と歩き出す。
「と、止まれ!」
兵士たちは口々に叫ぶが、娘の歩みは止まらない。城内が広い設計で助かった。うっかり刺さって怪我でもされたら事なので、兵士たちも一緒に動かざるを得ない。曲がりなりにも一応、彼女は貴族籍を持っているのだ。
「何事だ」
その動きが止まったのは、低い声が響いたからだった。
「へ、陛下……」
兵士の一人が呟く。
「下がりたまえ」
「し、しかし……!」
「下がりたまえ」
言葉が二度、繰り返される。兵士たちは渋々槍を引き、娘の後ろに回った。
国王と相対した娘は、唇に小さな孤を描いて彼を見る。
「アデル、と申したな」
国王が言った。
「脱獄の罪は重いぞ。いや、そもそもどうやって出た? 香水は没収し、鍵を持つ兵は遠ざけていた」
「魔法を使えば、簡単なことですよ」
娘が答える。後ろで兵士たちがどよめいた。
「魔法……!?」
「では、この娘も……!?」
「ああ、勘違いしないでくださいます? この子は魔法の〝ま〟の字も知らなかったのです。適性があったので、ちょっと利用させていただいただけですよ。こんなに性格が悪かったとは思いませんでしたが」
まるで他人事のような言葉に、国王も眉根を寄せる。
「……そなた、何者だ?」
娘の笑みが深くなった。スカートの裾を摘まみ、礼をする。
「ラウラ・シュミットの母、ヨハンナでございます」
「ひっ」
鋭い息のような悲鳴が国王から聞こえた。
逆に兵士たちは戸惑い、囁き合う。
「え、誰?」
「知らない……」
「ラウラ……ラウラ……どっかで聞いたことが……」
頭を悩ませる兵士たちの声に、ヨハンナと名乗った娘が失望のため息をつく。
「そう、忘れているのね。まあ三百年も前のことだし、仕方ないか」
「三百年前……?」
「あああああっ! 〝ルビーの夜〟っ!」
兵士の一人が大声を上げた。
「そうだ、婚約破棄された腹いせに王都を壊滅させた魔女の名前じゃん!」
ヨハンナがくるりと振り返る。自分を指さした兵士に手を伸ばした。
まるで握手かダンスを求めるような仕草に、兵士たちは一瞬戸惑う。
だが次の瞬間、指さしていた兵士が砂となって崩れ落ちた。
「ひっ!?」
兵士たちが三歩下がる。
「腹いせなんてひどいわ。あの子は本当に婚約者を愛していたのよ」
ヨハンナは心外そうに眉根を寄せて言った後、静かに笑みを浮かべた。
「ねえご存知? 〝魔女〟は女の魔法使いにとって最大の侮辱よ。忌み嫌われた女の魔法使いにしか使ってはいけないの。男だったら〝まじない師〟よ。覚えておいてね」
そう笑っていたヨハンナが、笑みを消して続ける。
「魔法しか取り柄のない自分が足を引っ張らないようにと、貴族教育や社交界での歩き方も、他人に頭を下げて、馬鹿にされながら学んでいったわ。立派な妃として国を守って行けるようにと。それを、嫉妬かなんなのか知らないけれど、略奪した挙句にありもしない罪を着せて処刑しようとするなんてね」
「……処刑?」
国王がやっと口を開いた。
「そんな記録、どこにもないぞ」
「あら、じゃあ誰かがもみ消したのかしら。とにかく、娘は裏切られた気持ちでいっぱいだったわ。無実の罪で殺されるくらいなら、本当に大罪人になって死んでやると思うくらいには。私がそれを知ったのは、あの子が〝虚〟に入れられてずいぶん経った後だったけれど」
「……だがおかしい。あの事件は三百年も昔の話だ。そなたが本当に母親だったとして、生きていられるはずがない」
「ええ。肉体はとっくの昔に滅びたわ。娘は早々に転生を選んだし。私も後を追おうかずいぶんと悩んだわ。……でも、二度あることは三度あるって言うじゃない? あなたたちが同じ過ちを繰り返さないか、心配で心配で。すべてを忘れて呑気に生まれ変わるくらいなら、ここで朽ちるまで監視したいと思ったのよ」
「……それで、動いたのか。シャルロット嬢との婚約が破棄されたことで」
「正確には、それよりもっと前ね。魔法使いに貴族籍を与えたって話を聞いて、昔と同じことになるんじゃないかと思ったのよ。そうしたら案の定、名のある貴族とロゼットを結婚させて、その娘を未来の王妃にさせる計画まで立てているなんて知って……。いてもたってもいられなかったわ。また不幸な魔法使いが生まれてしまう。その前に阻止しなきゃって。……あの女の子に、ずいぶんと可哀想な思いをさせてしまったのが、唯一の後悔ね。もっとやりようはあったと思うけれど……ここでの暮らしを早く忘れて、ラシガムで幸せになってほしいわ」
「…………」
誰も言えなかった。なんて身勝手な、なんて言おうものなら、砂にされてしまう。
兵士たちはそういった恐怖からだったが、国王は別の感情があった。
(今更、それほど過去の話を蒸し返されても、こちらはなにもできない)
〝ルビーの夜〟事件はすでに終わったことなのだ。
悪夢のような惨劇から救ってくれた魔法使いに大恩がある。けれど同時に、恐ろしい存在として国内では根強い偏見があるのも事実。
それを払拭するために、そしていずれは第二のラシガムとなるために、フェルディナンドとシャルロットの結婚を思いついた。皆が協力的でいてくれたら、あるいはヨハンナも納得して祝福してくれたかもしれない。
だが実際は、魔法使いを忌み嫌うウォーゲンと魔法使いのロゼットを結婚させてしまった。シャルロットを産んだ後、ロゼットは暗殺され、後妻とその娘にシャルロットは虐待された。そしてシャルロットも、助けを求める手段を知らず誰も手を差し伸べられなかった。
ラウラの時よりもひどい状況にしてしまったのだろうと、今更ながら思う。王妃は妖精新聞を通じて知ったシャルロットの境遇に心を痛め、ここのところずっと臥せっている。
「それで、我々になにを求めているのだ?」
国王は問うた。このタイミングで現れたということは、自身を通じてラシガムへなにかしらのアクションを起こさせるためだろう。彼はそう睨んだ。
「いいえ、なにも求めませんわ」
だが、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「なに?」
「ですが、強いて言うならば――」
ヨハンナが目を伏せる。
国王ははたと気付いた。
毎日きれいに磨かれているはずの石畳が、鮮やかな苔に覆われている。
まるで、一気に数百年の時間を飛び越えたように――
「この国の消滅ですね」
体から力が抜ける。兵士たちが枯れ木のように乾いた体で崩れ落ちる。鎧が錆びて朽ちていく。
国王が最後に見たのは、笑顔で両手を広げるヨハンナと、細い枝のような自分の腕だった。
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