第51話(アデルside)
「あああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
どれだけ叫んでも、どれだけ鉄格子を叩いても、誰も来ない。最初はうるさいと怒鳴りに来た兵士もいたが、やがて来なくなった。
「なんであたしがこんな目に遭うのよ!! あたしは貴族なのよ!? 侯爵なのよ!? 出しなさいよ!! パパに言いつけてやるんだから!!」
叫びは冷たい石の壁に吸い込まれて消える。誰も来ない。誰も応えてくれない。
「なんなのよ……あたしはお姫様なのよ……」
数日前――地下牢にいるから時間の感覚が曖昧だ――、領地の屋敷に突然兵が雪崩れ込んできた。やることもなくて寝ていたアデルは取り押さえられ、目の前で引き出しからクローゼットから、あらゆるものが開けられて床にぶちまけられた。
やめろと言っても止まらない。パパに言いつけてやると言っても止まらない。どれだけ叫ぼうと、暴れようと、家じゅうのものは引っ繰り返された。
特注で作ってもらった二重底の宝石箱に隠していた香水まで探し当てられた。それがなんなのか、兵士たちは知っていたらしい。高いドレスを踏みつけても、それだけは大事に扱っていたから。
「ああ……そう、そうよ。あいつが消えてからおかしくなったのよ」
アデルは頭を抱える。
香水の力を使って射止めた王太子は、あろうことか平民に堕ちた。妖精新聞なんていうゴシップ紙が嗅ぎ付けてくれたせいで、遊びに出られなくなった。
友達なんていない。そもそもお茶会なんて楽しくなかったから別に良かった。アデルにとって大事なのは、自分を愛してくれる王子様を探すことだったから。
せっかく姉――とも呼びたくない目障りな存在から王太子を奪ってやったというのに。
まだ邪魔をするのか。
「……出てやる。ここから出て、あいつを殺してやる」
決意は固い。しかしそれを阻む牢獄はもっと硬い。脱獄のために時間をかけていたら、あっという間におばあさんになってしまう。
香水が使えないからか、母がかつて男に使っていた仕草や言葉遣いを真似てみても兵士たちの反応は鈍い。それどころか鼻で笑われてしまった。
それでも、どうにかしてこの石の牢から脱出しなければ。
その時、外に繋がるドアが開いた。食事の時間だろうか。
だが、現れたのはボロボロのローブに身を包んだ人物だった。
「誰よ、あんた?」
アデルが睨みつける。
「遅れてごめんなさい。助けにきたわ」
ローブの人物はそう言った。優しそうな女の声だった。
「ここから出してくれるのっ!?」
鉄格子に飛びつくアデルに、女は唇の前で人差し指を立てる。
「シー……。外の兵に気付かれるわ。静かに聞いてちょうだい」
口を閉じて頷くアデルに、女は頷き返す。
「知り合いの薬師から話は聞いているわ。恋の成就を手伝ってくれただけなのに、逃げるなんて薄情ね」
「……あんた、あいつの知り合いなの?」
まだ娼館にいた頃から、よく出入りしていた薬師がいる。薬師は同じ女性として親身に娼婦たちの話を聞き、それぞれに合った薬を調合してくれた。それが今までのどんな薬よりも効果があったものだから、館全体で薬師を贔屓にしていた。
その流れで、アデルも薬師とは親しかった。愛想も口も悪い人ではあったが、その人が処方してくれる風邪薬は苦くなかったし、翌朝には全快しているという嬉しいオマケ付きだった。
アデルたちが侯爵家に迎えられた後も、娼館のついでによく立ち寄ってくれた。恋愛成就に効く香水の作り方を教えてくれたのもその人だ。
だけど、シャルロットが消えてからその薬師もふっつりと姿を消した。娼館の使いが侯爵家を訪ねてきたこともあったから、町から消えたのかと思った。
女は頷いた。
「ええ。薄情よね。自分の身に危険が及ぶ前に国を出たんだもの」
その言葉にアデルは奥歯を噛む。
「なによ……あたしがこんな目に遭っているのは、あいつのせいなのに……!」
女が鉄格子の中に手を入れ、アデルの頭を撫でる。
「悲しいわね。信じていた人に裏切られるなんて」
「そいつ、今どこにいるの?」
「詳しくはわからないわ。船に乗ったって言う話を聞いたから、きっとラシガム方面へ逃げたのね」
「ラシガム?」
「魔法使いの国よ」
「……ってことは、あいつもいるのね?」
「あいつ?」
「あたしがこんな目に遭った元凶よ。さっさと消えればいいのに、まだ生きてるなんて……!」
「……ああ」
女が納得した。
「そうね。たしかに、シャルロットという少女もそこにいるわね」
「それ、本当?」
「妖精新聞に書いてあったわ。あれ、面白おかしく書いてあるけど、本当のことしか書いていないから」
「……っ」
アデルは鉄格子を強く握りしめた。
悔しい。悔しい。悔しい!
なんで自分はこんな惨めな思いをしなければならないのか。こういう思いをするのはあいつのはずなのに。
ずっと人の影に怯えて、顔色を窺って縮こまっていればよかったのに。そうすればアデルは幸せな人生を謳歌できたのに。
「復讐したい?」
唐突に女はそう言った。
「したい」
アデルは即答した。
「どうしたらできる?」
女は懐から紙を取り出す。それは不思議ときらきら輝いて見えた。
「これに署名すればいいわ。指で書くだけでいい。そうすれば、あなたは自由になれる」
アデルは飛びつくようにして、その紙に指を滑らせた。
〝アデル・ド・アルヴァリンド〟
署名が終わると、紙は光の粒子となって空中に舞い上がった。
「…………。うあっ!?」
呆然とそれを見ていたアデルは、急に頭を掴まれた。
「契約は成った」
女が呟く。
「あなたは私。私はあなた」
「な……」
「あなたの体は、私のもの」
(なに、これ……!?)
声が出ない。体が動かない。
頭を掴む手の平から、見えない質量が体の中に入ってくる。
自分が押しやられる。もう一人分の魂が入ってくるかのように、窮屈で息苦しい。
(いやだ、いやだ、いやだ! お願い、誰か、助け……!)
ローブから伸びる手がどんどん水分を失う。枯れ木のように細く皺だらけになった腕が、力を失って崩れ落ちる。
石の床に叩きつけられた腕は、砂のように砕けた。
あとには、座り込んだアデルと、力なく落ちるローブだけが残された。
「…………。ふぅ。ようやく眠ってくれたわね」
アデルはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
その場で腕や足をストレッチして伸ばす。
「あら、意外と硬いじゃない。どれだけ運動してこなかったの?」
ぶつぶつ言いながら入念に柔軟を繰り返し、体を温める。
「……さて」
ひとしきり体の準備運動を終えると、彼女はおもむろに鉄格子を掴んだ。
ピキピキと音を立てて変色し、その範囲が広がっていく。
錆で赤茶色に染まった鉄格子を軽く引っ張ってみると、面白いくらい脆く崩れた。
「へえ。魔力の器が大きそうだとは思っていたけれど、想像以上ね」
アデル――の体を乗っ取った何者かは、ほくそ笑む。
「それじゃあ、二度も魔法使いの娘を弄んでくれた王家へ、ご挨拶に行きますか」
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