第46話
「すみませんでした、急に泣き出してしまって」
「いいのよ。心の中をスッキリさせるために、泣くのは必要なことよ」
ノエルが朗らかに笑う。
シャルロットは赤くなった目をハンカチで拭い、紅茶を一口飲んでから彼女を見た。
「では、改めて、なにがあったのかをお話しします」
「ええ、こちらで整理するから、話しやすいところからどうぞ」
そうして、シャルロットは語り始めた。
◆ ◆ ◆
『妖精新聞 ラシガム版 第156017号
緊急特大号! フレイジーユより亡命した〝姿なき令嬢・シャルロット〟の壮絶な過去!
今号は全ページを通じて、フレイジーユ王国のシャルロット・ド・アルヴァリンド侯爵令嬢についてお届けします。守護精霊と未契約のまま隠蔽魔法を使い、ラシガムへ亡命をはかった令嬢の過去、そして未来への希望をお届けします。
(注:涙もろい人はバスタオルを用意してお読みください)
…………』
「いやー、もうさ。泣きすぎて頭が痛くなるって初めて経験したわ」
「あたし、次の日に目が開かなかったんだけど」
「お二人とも、途中からちゃんと息が出来ているか心配になるくらい泣いていらっしゃいましたものね」
「いや、あの場にいた全員が泣いてたからね?」
ジャネットが突っ込みを入れる。特に娘と孫への仕打ちを改めて知ったマルコ一家は嗚咽をこらえるだけで精一杯だった。
「奥さんくらいは大事にしてると思ったのにさー。評価が地の底まで落ちたわ」
エミリーもため息をつく。
母を失ったシャルロットへの仕打ちはもちろんだったが、ロゼットへの当たりの強さも相当であった。
王命による結婚だったからか、夫婦仲は最初から冷え込んでいたらしい。使用人たちも寄り付かなかったのは、家長であるウォーゲンから脅されていたからだ。クビにされたくなければ妻には近付くなと。執事であるジェフが夫の目を盗んで詫びてくれなければ、ロゼットは出奔していたかもしれない。精霊になった今は、そうしなかったことを後悔している。
それでも彼女はシャルロットを身ごもり、無事に出産した。
「まあ、一つ気になるのは〝お香〟と〝香水〟だよね」
「うん」
「はい」
三人で頷く。
祖母であるミーチェが感じ取った、侯爵家の匂い。
「『鼻が曲がるような、強烈な花の匂いだった』って言っていたよね」
「それ、シャルロットは気付かなかったの?」
「はい。長いことそこにいて、鼻が麻痺していた可能性もありますけど」
《特注の香水かしらね?》
ロゼットも首をかしげる。
《シャーリーが心配すぎたから、あいつらを尾行できなかったのが悔やまれるわ。でもそれだけひどい匂いだったら、社交界でも話題になっているはず》
「…………。あの、マルコさんは?」
シャルロットが呟いた。
「え?」
「お母様の訃報を聞いた時、侯爵家に夫婦で駆けつけたんですよね? でも、マルコさんはどうお感じになったのでしょうか」
「そりゃあ、一緒じゃないの?」
《いえ、待って。それなら父も同意しているはず。なのに、あの場ではなにも言わなかった》
「つまり?」
《父は同意していないって意味よ。あの場で話の腰を折りたくなかったから、黙っていたのよ。そのまま話に加わるタイミングを逃した》
「ちょ、ちょっと待って? 鼻が曲がるくらいの臭いだったんだよ? 無反応ってあり得る?」
長時間、香水を浴びて鼻が麻痺したならわかる。だが、たった数分、おそらく玄関先程度でこれほどの差が起こるとは考えにくい。
《ちょっと父さんたちを呼んでくる!》
「お母様、離れて大丈夫なんですか?」
《これくらいの距離なら平気よ。誰かエリックを呼んできて!》
「わかりました!」
ロゼットが窓をすり抜け、ジャネットが部屋を飛び出す。
エミリーがシャルロットに言った。
「ねえシャルロット、なんでマルコさんが香水に鈍感だって思ったの?」
「私の話が終わって、皆さんのお話を聞く時に見たんです。ミーチェさんの横でマルコさんが一瞬首をかしげたのが」
「そうだったの? よく見てるんだねえ」
「隠れている時って、けっこう時間を持て余すんです。それで、よく他人を観察していたんですよ」
グループの中でも誰が主体で話しているのか。一言も話していないのは誰か。持ち上げているのは誰か。悪意を振りまいているのは誰か。
「……それって、自分の悪口を聞くことにもならない?」
「直接じゃないので大したことではありませんよ」
「……シャルロット、これ食べる? ていうかあげる」
「え、いいんですか?」
「うん。食べて」
「では、お言葉に甘えて」
マーヤたちが作ってくれたクッキーを一枚貰う。さっくりとした軽い歯ごたえの中からバターの風味が口の中に広がる。
この家では、なんだかんだと理由をつけてシャルロットを甘やかしてくれる。毎日あちこち歩き回っているので太ってはいないのだが、こうも至れり尽くせりだと申し訳なくなってくる。
ぽつりと言葉が漏れる。
「はやく一人前になって、自立したいです」
「いや~、もうちょっと後じゃない? まずはロゼットさん以外の人と臨時契約してみないと」
「はい……」
そのためにはコミュニケーションをもう少し磨く必要がある。いまだに話を振られてようやく答えるスタンスが主なのだ。さっきのように自主的に会話に混ざれるようになるにはもう少し時間がかかる。
さくさくクッキーを食べながら待っていたら、外から騒々しい足音が近付いてきた。
「シャルロット、お手柄だ!!」
扉を打ち破る勢いでエリックが入ってくるや、そう言った。
「はい?」
飛び上がったシャルロットの両手をエリックが握り締める。
「さっきマルコさんたちと合流して、先に話を聞いてきた! ビンゴだ、人によって香水の印象が大きく変わっている。これは魔法治癒師が調合した香水の特徴だ! ありがとう!」
「ひぇ!?」
続いて抱き締められ、シャルロットの口から変な悲鳴が上がる。
「すぐにフレイジーユ近辺の魔法治癒師をリストアップしてくる! 忙しくなるから、また後で!」
そう言って、返事も聞かずにエリックは飛び出していった。あとからやってきたロゼットたちが呆然としている。
《……嵐のように去っていったわね》
「兄さん、大きな事件を掴むとテンションがものすごい跳ね上がる人だから……」
「んで、上司さんに『張り切り過ぎだ、休め』って仕事を取り上げられるまでがワンセットだよね」
姉妹が頷き合う。
「……とりあえず」
マルコが言った。
「妖精新聞にこのことを知らせておいた方がいいかな?」
満場一致で賛成となった。
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